第94話 探検家と羽族 その2

 ルードサイファが羽族の村で目を覚めて三日が経った。苦痛なく歩けるまで回復した彼だったが、剣を振るうのはまだ難しいと言うことでアルマの兄アロンの狩りを手伝いは身体が万全になってからとなった。


「おはようございますルード。もう少しでご飯が出来上がりますよ」


 羽族の翼から取れた羽毛を原料に作った寝具でぐっすり快眠したルードサイファが目を覚まし、美味しそうな匂いに釣られてキッチンへ辿り着く。そこには服を汚さないようにエプロンを付けた天使の姿があった。


 余程料理が好きなのか、楽しそうに鼻歌を歌いながら器用に包丁で野菜を切っている。感情と背中から生えた翼は連動しているらしく、パタパタと喜びの舞を恋に落ちた一人の人族に披露している。木窓から風が吹くたびに金色の髪が耳の辺りで揺れる。


 無意識にじっと眺めていたルードサイファの気配に気づいた天使の正体アルマが後ろへ振り向き、キッチンの端っこで固まっている彼に声を掛けた。


 三日前、ルードサイファの事をアルマと兄アロンの二人が彼をルードと言い始めた。何でも人族の長ったらしい名前は呼ぶのが面倒だったらしいとか。


 実質、段位が男爵と低いながら貴族の一員として育ったルードサイファは今まであだ名なんて言われたことは無く、案外彼自身気に入っている。


「おはようアルマ、先に手を顔を洗って食卓で待っているよ。君の作る料理は絶品だから大盛りしてくれると嬉しい」


「ふふふ、そんなに褒めても何も出ませんよ?…少しご飯の量が増える程度ですよ」


「量が少し増えるだけで俺は幸せ者だ。もし助けが必要なら遠慮なく教えてくれ」


「はいはい、その前に身体を直してからにしてくださいね?」


「分かった、分かった。出来るだけ早く万全になるよ」


 ルードサイファがアルマとアロンの兄妹と出会ってほんの三日しか経っていないが、彼は二人を信用していた。命を助けたのも大きいが、人族である彼を咎めることも無く友として接してくれる。


 里に住む大人の羽族はルードサイファの姿を見ても決して話そうとしないし、近寄らない。遠くに離れてコソコソと陰口をたたくだけ。羽族の長老にも一応挨拶に行ったが、良い雰囲気とはならなかった。


 それどころか今でも人族を睨んでいる節もある。しかし、人族であるルードサイファに好印象を持った羽族も存在していた。


 それはアロンと同じ森へ降りて魔物や動物を狩る戦士と呼ばれる者達だ。彼等にとって人種は些細な事で、一人で森の奥地まで辿り着く実力を持ったルードサイファを羽族の戦士たちは歓迎してくれた。


「いい食べっぷりね。今日も広場へ行くのかしら?」


 裏庭にある井戸から透き通った冷たい水を顔から被り寝起きから完全に目覚め、食卓に置かれた朝食へ視線が固定される。そこにはトーストが焼けた香ばしい匂いと、紅茶ポットからのたてたばかりのほろ苦い香りが、食卓の周りに生温かく立ち込めていた。


 待ちきれんばかりと天使の様な絶世の可愛らしさを持った彼女にお礼を言い、颯爽とトーストを抱かえて食べ始める。


 満足そうに心置きなく味わうルードサイファの顔を見ながら、ゆったりと優しい笑顔を魅せるアルマが話しかける。


「むぅ、ンンぅ…ああ、勿論だ。体調は完璧とは言い難いが、散歩が出来ないほど体力は落ちぶれていない。それにガキ共に昨日の続きを語らないといけないからな」


 大人の羽族達は初めて見る人族に怯え、恐れている。しかし、まだ歴史を知らない若者や子供達は自身とは全く異なる種族に興味深々であった。


 初めて子供たちが集まる広場へ出向き、ルードサイファを囲むようにわんさかと集まってきた子達に探検家の事、今まで数多くの国へ旅してきた事を語り始めると一瞬にして外を知らない子供達の心を奪った。


「ふふふ、そうね。ルードのお話は興味深くて私は好きよ。今日も一緒に付いて行って良いかしら?」


「もッ、勿論!勿論だとも!アルマが聞いてくれるなら俺の物語りにも熱が入る」


 そう早口で答えたルードサイファだったが、彼の顔は赤く染まり胸が轟くように躍っていた。


「(アルマは俺の話が好きなのか!なら彼女の期待に応えるため今日はどの旅の話を語ろうか)」


 思わず熱が入る。



「ルードおじさん!こっちこっち!」


「ルードさん待っていましたよ~」


「今日も旅のお話聞かせてぇ!」


 アルマと横に並び、ゆっくりとした速度で村の広場へ向かうと既に翼を生えた集団が彼を待っていた。歳いかない子供達に、十代半ばの男女も瞳を輝かせ彼を待ち望んでいた。


 種族故なのか知らないが、羽族の髪の色は金色が殆どだ。しかも、金の絹糸みたく魂を奪われるほどの美しさを持っている。


「(恐らく髪色も人間に狙われた一つの理由かもしれないな)」


「すまん、すまん。アルマが作ってくれた朝飯が美味しすぎて遅くなってしまった!あっはっは!」


 自身の先祖を恨みたくなるが決して顔に出さないようおどけた声で晴れやかな笑声をもらす。


「あぁー!アルマ姉ちゃん顔真っ赤っかだぁ~!」


「コラっ!少しはデリカシーを持ちなさい!」


「アルマ?」


 ちょっかいを掛けられたアルマの顔を確かめるが、彼女は顔をプイっと逸らしてルードサイファから隠している。だが、隠れていない耳は赤く染まっている。


「ねぇ早く話聞かせて!」


「続き!続き!」


 羽族の子供達にせがまれて苦笑交じりに広場の一角に集まった集団の手前に腰を下ろした。気付けば今まで隣にいたアルマの姿も集団の中に交じっている。


「分かった。分かったから、それじゃ今回話すのは俺が今まで旅をして来た中で一番住み心地が良かった国について話そう。珍しく人族以外に大勢の他種族が住まう国。その国の名前はランキャスター王国。実はランキャスター王国の初代国王は何と異世界から――」



 ルードサイファが羽族の集落に住み着いてから二年が経った。


 彼が負った怪我は二週間程で完全に治り。約束通りアロンと一緒に森へ降りて魔物や動物の狩り、食べれる食材の採集を手伝った。彼の実力は村の中でもピカイチで、半年も経てば村人の大人達からの受けを良くなっていった。


 ルードサイファの話す旅物語りに興味を持っていた子供達は今度は彼の剣術へ目が移り変わり、結局剣を教えることになった。


「いや~今日も大量だったな!ルードのおかげて食卓も豊かになった!」


「ははは、アロンも他の戦士同様に素の動きは良いからな、少しコツを教えるだけで上達するのは早かったからな」


 今日も森へ出向き狩りを終えた二人が玄関の扉を開く。


「あら?ルードにアロン、今日も狩りご苦労様。もうすぐご飯が出来上がるから先に手を洗って待っていて」


 家の中へ入った瞬間、香ばしい匂いが二人を包みキッチンから女性が姿を見せる。


 出会って二年が経とうと変わらず大輪の花のように美しい女性。背中ら純白の翼が上下に揺れて感情を表している。その女性の腹部は服の上からも分かるほど膨らんでいた。


「今戻ったよアルマ。調子はどうだい?苦しかったら教えてくれよ」


 愛する天使を見た瞬間、顔に喜色が表れるルードサイファ。アルマのお腹の中には二人の愛の結晶がすくすくと成長していた。


 種族は違えど、二人の愛する気持ちは本物だった。


 しかし、幸せの運命も長続きはしなかった。


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