第93話 探検家と羽族
「(ん……眩しい…)」
炎暑を思わせるような強い陽光が瞼に張り付く。眩しさのあまり、深い深い睡眠から目覚めた一人の男性はゆっくりと目をあける。目の前の視界には木の板が貼られている天井が入ってきた。視界に入る燦爛と輝く太陽の日差しが眩しい。
「(部屋?ここは…何処だ?宿…には見えないが)」
輝く太陽の光でしっかりと意識が冴えた男性、ルードサイファは少しの痛みを感じながらも身体を起こし、周りを見渡す。部屋の大きさはそれ程広くは無いが、配置された木製の家具は今まで見たことも無い独特の造りをしており、コレクターに売れば良い値段は付くであろう。机の上には彼の私物である魔法袋と剣が置いてあり、盗まれていないことに思わず肩の荷が下りたように、ほっと吐息を漏らす。
寝ていたベッドの真横には木窓が開かれ、ひんやりとした空気が部屋に入り込んで肌を優しく包み込む。
風に導かれる如く彼の視線は木窓へ向けられる。
「(おおぉ!何と素晴らしい)」
木窓の向こう側に広がる景色に、思わず目頭が熱くなる。
一面を埋め尽くす、緑の大森林。眼下には薄く、輝く絨毯みたいな雲がいちめんに広がっている。集落なのか広場に幾つもの家屋が立ち並んでいる。彼が今まで旅をしてきた中で一、二を競う美しき景色。
「(山の天辺を切り開いた集落なのか…?あの禍々しい森の中に村を開拓した話なんて聞いたことも無い。それに…)」
さらに深まる彼の疑問は今まで寝ていたとされるベッドの寝心地の良さ。ルードサイファが今まで泊まった事のある宿のどれよりも柔らかく、手を押し込むと反発無くゆっくりと沈んでいく。没落寸前とは言え貴族階級の生まれ。平民よりは裕福な家庭で育ち、寝床も普通よりは大きくそして柔らかった。しかし、このベッドはこれまで馬小屋の藁に寝泊まりしていたかと錯覚するほどに柔らかい。
掛かった毛布の手触りも素晴らしく。再度目を閉じれば数秒で夢の中へ旅立つことだろう。
――コンッコンッ――
「失礼しますよ~。あら?おはようございますお寝坊さん。お怪我の方は平気でしょうか?」
素晴らしき毛布の手触りを堪能していると。突如部屋の扉からノックが聞こえてきた。聞こえてきたノック音に返事をする前に扉が開かれ、一人の女性が部屋へ入ってきた。
「……」
「え~っと…大丈夫ですか~?言葉通じてます?」
「……」
掛け毛布を持ち固まったままのルードサイファに部屋へ入ってきた女性が困惑しながら尋ねてくる。
「う…」
「う?」
固まっていたルードサイファの口がゆっくりと開かれる。
「う、美しい!!」
「へあぁ!?」
彼は中へ入ってきた女性に心を奪われていた。
腰まで伸ばしたシャンパンゴールド色の髪。瞳の色も髪と同じ黄金色の目は少しキリッと鋭く。体型は小柄だが肉付きがよく、細い手足でスタイルは非常に良い。肌は雪のように白く、口は小さくて桜色。
服装は動きに特化した格好をしているが、服に使われた素材は一目見れば高級品だと直感する。
…そして、極めつけが。
彼女の背中から生えた一対の白い翼。
女性の人間離れした美貌にルードサイファは一瞬で恋に落ちた。彼女はまるで天使だ!、と。
「え、あ、え~と…お怪我は平気ですか?」
怪我人が放った最初の一言に困惑し、オドオドしながらも手に持つ水と綺麗な白い布が入った桶を一旦机に置いた彼女がベッドの傍の椅子に腰を落とし、可愛らしく首を傾げ彼の安否を聞いてくる。彼女から漂う自然の香りが鼻から体中の隅々までいきわたる。
「あ、ああ。違和感は多少残っているが、痛みは感じない。俺は貴女に助けてもらったらしいな、感謝する」
両腕と腹に巻き付いた包帯を確かめ。彼の命を救い手当までもしたのであろう、椅子に腰かけた翼が生えた女性に礼を言った。
「ふふ、どういたしまして。それより私も驚きましたよ、三日前森へ狩りに出掛けた兄が人族で傷だらけの貴方を背負ってきたときは」
それから手当をしてくれた女性は蛇の毒で倒れたルードサイファの見つけた状況を詳しく話してくた。
「そっか。俺は三日も寝ていたのか…。なら貴女の兄殿にもキチンとお礼を言わないとな。…おっと自己紹介がまだだったな、俺の名はルードサイファ。探検者として活動している者だ。森にはとあるダンジョンを探索中、転移魔方陣型の罠に引っかかり気が付けば森に飛ばされていた。本音を言うとここが何処の大陸ですら不明だ」
「…成る程、それは大変でしたね。集落の者ですら森に降りるのは選ばれた戦士のみ。良く生き残れましたね。それと私の名はアルマと申します」
「アルマ…。素敵なお名前だ」
「えっ?あ、その…ありがとうございます」
「……」
「……」
二人の無言が続き、両者目を合わせたまま一向に動かない。今鏡でも見ればルードサイファの顔は真っ赤に染まっているだろう。そして、アルマと名乗った女性もほんのり頬を赤く染めている。
だが、無言で見つめ合う瞬間はそう続かなかった。何故なら――。
「おーいぃ!アルマぁ~!今戻ったぞ!!」
廊下の向こうからバタン!と激しく扉が閉じる音と共に屈強な男らしい太い大声が響いてくる。
その男の叫び声が聞こえた途端、じっと目を合わせてたアルマは即座に廊下の方へ振り返った。
「兄さん!怪我人の殿方が目を覚ましました」
「そっか!今行く!!」
アルマの声に答えると、ドスッドスッと床を抜けそうになるほどの鈍い軋み音を豪快に鳴らしながら此方の部屋へやってきた。
「おう人族のお前!やっと目ぇ覚めたか!?森でぶっ倒れているお前を見つけた時は流石の俺も驚いたぞ!がっはっは!!」
部屋の中へ入ってきたアルマの兄の姿にルードサイファは内心驚愕していた。二メートルは超す巨漢であり。顔立ちはアルマの血が流れるせいなのかとても整っており。長く伸びすぎた金髪はボサボサ乱れたまま後ろに流し、頭には部族の伝統文化なのか純白の羽で作られた髪飾りを付けている。顔は小顔だが、反する肉体は筋肉で一杯である。服装はこれも仕立てが奇妙にも良い素材が使われており、言葉は悪いが人里から離れた辺境の場所では無理のある格好だ。勿論男の背中からも一対の白い翼は生えている。
魔物の骨を削り装飾したのであろう長槍を肩に掲げた彼はもし、ルードサイファが変な行動を取れば即座に攻撃を仕掛けるだろう。
「ははは、俺は貴殿に助けてもらったらしいな。心より感謝する、お礼と言っては何だが金はそこの魔法袋に入っている。好きな金額を伝えて構わない」
「がはっはっは!どうってことよ!それに金は要らねぇ。お前も窓から村の景色を見たかもしれないが、俺たちの集落には金を消費する習慣が無えぇからな!お前さんの感謝の気持ちだけだ十分だ」
「そう…なのか?ふむ、それならもし人手が必要なら声を掛けてほしい。俺は今まで剣の道を進み、旅を続けてきた。狩りの手伝いぐらいなら俺も力になるだろう」
「まぁ!それは心強いですね、兄さん」
「そうだな、森の奥地まで辿り着ける実力は持っているらしいからな。勝手にしな」
「あはは、それは助かる。まだ名乗っていなかったな。俺はルードサイファ。各地を巡り旅を続けている探検家だ」
ルードサイファはもう一度自分の名を教えると、右手を前へ差し出す。
その意味を理解したのかアルマの兄は傍まで近寄り、差し出された手を強く握り締めた。
「宜しくなルードサイファ。俺はアロン。一応村を守る戦士って所か?がっはっは」
「ああ、俺の方こそ宜しく。それで…今まで気になっていたのだが」
そう言い難そうにするルードサイファの目線は木窓から見える景色へ向けられていた。
「ここは…何処なんだ?それに長年旅をしていたが、それに二人のように背中ら天使の翼が生えた種族など見たことも聞いたことも無い」
それから彼はベッドの横に置かれた椅子に座り、ルードサイファの手当てをしているアルマと伝えた話をもう一度話した。
話をジッと黙って聞いていたアロンは話が終えると、何故か頭を頷いた。
「成る程な。だからあの場所で一人倒れていたのか。お前がこの村を知らないのも無理は無い。俺達羽族は人族との交流を絶ち、誰も辿り着かない山奥に引っ越してから数百年は優に経っているからな」
「羽族…初めて耳にする種族名だ」
それからアロンは昔に起こった出来事を話した。
遥か昔、他の種族と少なからず交流は有った。しかし羽族の外見に目を付けた人族の王は彼等の神秘的な翼を欲し、大規模の奴隷狩りが始まった。
同族が殺されている姿に恐怖した残りの羽族は元の住処を捨て、強力な魔物が住み着く森の先に聳える大山に住処を移した事。
移動する際、魔族の幹部が手を貸し誰一人掛けることも無くここまで辿り着いたとこと。
それを聞いたルードサイファは心から後悔した。思わず羽族の二人に謝る。
「すまない。俺達人族がそんな非道な事を行ったなんて。謝っても何か変わる事なんて何も無いが、本当にすまない」
「気にするな、確かに村の中には今でも人族を恨んでいる奴は居るが。もう昔の話だ。お前が謝罪する事は無い」
「……そう、か…。そう言ってくれると俺としては報われる」
「二人とも、気難しい話はここまでにしておいて昼ご飯にしませんか?三日も寝込んでいたルードサイファさんもお腹空いているでしょ?」
「そうだな!あれだけ重症だったんだ。たらふく食え、食え!アルマの作る料理は絶品だぞ!」
ルードサイファの手を引き上げ、ベッドから立ち上がせる。
彼の強引さに無理矢理ベッドから立ち上がされたルードサイファも思わず苦笑交じりに頷いた。
「あはは、実は目を覚ましてから腹が減って減って仕方なかったんだ。では、有難く頂こう。アルマが作る料理は俺も楽しみだ」
「ふふふ、二人を満足するために腕によりをかけて作らせていただきますね!っさ、食卓で待っていてください」
こうして人族ルードサイファと羽族の生活が始まった。
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