第91話 探検家

――羽族という種族の話をしよう。


羽族は文字通り背中に翼が生えた人型の種族である。

彼等の姿を目にするのはとても稀で、全体的に人口の数も少ない上に、最大の特徴である白く美しい翼による見目麗しさもあって、希少な種族でもある。


国土の四割は砂漠で覆われた国。カサ・ロサン王国から更に南東へ下った強力な魔物が蔓延るジンソル樹海、付近の村人はジンソル樹海を魔の森と呼ぶ。中心に聳える標高3900メートル越えの大山の頂上に羽族の集落を作り、現在はそこで過ごしている。森に生えた木から食べられる食材、果物を育て、偶然にも山の高地に出来た程よい大きさの湖で栽培した魚など食べたりと質素に生活している。


昔は僅かながら交流はあったが、今の羽族は決して他種族と関りは持とうとせずに、少数種族として集落に暮らす羽族同士助け合ってきた。


理由は至極簡単。翼を持つ種族なだけあって、鳥の様に自由に空を飛ぶことが出来る。そこに目を付けた帝国や他国の人族が大量の人材と、莫大な資産を投与して大規模の羽族奴隷狩り、通称『翼狩り』を始めたのだ。


今の場所とは異なる山の奥地で村を作りそこで暮らしていた羽族は人族による奴隷狩りに遭い続ける被害に恐怖し、自分たちの村を捨てて今の集落に移動した。


それから大山の天辺に作られた里で静かに暮らしていた。



「長様ぁ!人間がッ!人間が麓で倒れていた!オラどうしたらいい!?」


今から凡そ25年前。ひっそりと暮らしていた羽族の集落にて一つの変化が起こった。



ルードサイファ・フォン・シャルロックはスターヴェスト太陽国の地方貴族、シャルロック男爵家の四男として生を受けた。シャルロック家は太陽国の北に位置する教国ロスチャーロス、その国境近くを領地として預かる歴史ある男爵家。ルードサイファが生まれた頃には少しばかりの領地と領民を抱えるだけの弱小男爵領。ありていにいえば、没落貴族の一例に過ぎなかった。上の兄弟たちが才能もあり優秀な人材だった事もあり四男のルードサイファにとってシャルロック家は食うに困らぬ程度の恩恵と、自由に未来を選ぶことを許してくれる恵まれた環境であった。ルードサイファが幼いころ、彼は太陽国を守る騎士に憧れを持っていた。太陽国の騎士には他の国では採掘出来ない珍しい鉱石が使われたオレンジ色に輝く全身鎧は子供の憧れ、絶賛し、尊敬される存在。若きルードサイファも漏れなく国を守る鉄壁の騎士となる為屋敷の物置部屋に落ちていた木剣を持ち出し、裏庭で朝から夜まで降り続けた。


彼が五歳になった時に習得出来るステータス魔法には運よく剣術スキルも表示され。四年後、ルードサイファが九つになる頃には剣の才能を見込んだ領主の父がCランク冒険者に剣術の家庭教師の依頼を出す程になっていた。


それがルードサイファに一つ目の転機を迎えた。


彼の父親が剣術の家庭教師として雇った冒険者はランキャスター王国の生まれ、これまで幾度の国を渡り、様々な場所へ行った経験があると剣術の稽古後にルードサイファに教えてくれた。


まだ領地の外に出たことが無かった彼は冒険者の話す冒険談に興味を持った。栄えた王都の事、ダンジョンに現る魔物に殺されかけた事、太陽国と敵対する国家の様子、とある村で実際に行われる残極非道な儀式の話、一度だけ目にしたSランク冒険者の化け物じみた実力。


世界が狭かったルードサイファにとって冒険者が語った話は正に胸を躍らせ男のロマンに引かれる話ばかりだった。


ルードサイファが15になる頃には、剣で敵う者は領地の何処にも見当たらないほどだった。現れたゴブリンの群れを蹂躙し領地の民からは感謝され、オークの首を一閃で刎ね魔物から得られた素材を家族に貢献してきた。……そして、遂に。


――キンッ!


 武器を宙へ弾き、無手となった相手の肩に歯を潰した長剣を乗せた。


「…一本。俺の勝ちで良いですよね先生?それともこの状況から魔法で対抗しますか」


「っふ…いえ、貴方の勝ちですルード。今の貴方は私から見ても立派な剣士です。よく今まで頑張ってきましたね」


「ッツ!?よっしゃあぁ!!」


 六年間続いた家庭教師は教え子の黒星で終了を迎えた。



「先生…今まで、本当に今までありがとうございました」


 神妙な顔つきを家庭教師の冒険者を玄関まで見送る。


 ルードサイファも理解していた。冒険者が屋敷の扉から出た途端、もう一生会えない事実を。ルードは四男ながらも太陽国に認められた貴族、対する一時的に雇った冒険者は家名を持たない平民。それが二人の間に存在する身分差の現実。誰が何を言おうとも変わることの無い真実。剣術の師と弟子の関係も終わる。


「ふふ、そんな顔をしないでください。私は貴方に剣を教えられてとても楽しかった。貴方は立派な騎士となります。戦場で名を残せる程の実力を持っております。自信を持ってください」


「先生…」


 餞別品と渡された重々しい刻印の刻まれた剣を手に取り不安になりつつも堪え、力強く彼の目を合わせる。


「あ、それと私Cランク冒険者では無く、実はAランクなんですよ。それじゃお元気で」


「え…?せ、先生!今何か重要な事を言いませんでしたか!?先生ぃ~!」


 これが後のSランク冒険者、獅子族カインオルトを見た最後の姿であった。



「王都の訓練学校へ向かうのか」


「はい。明日王都行きの馬車に乗って行きます」


「そうか…お前には剣豪の才がある。心配は無いがせめて兄弟と母親には一言伝えておけ。後これは餞別だ。途中の旅路に役に立つであろう」


「ありが…感謝している。親父が俺を自由にしてくれたから迷わず剣の道に進む事が出来た」


「ははは、何水臭い事を言ってるんだ、成人もまだの童が」


「と、歳は関係ねえだろ…、笑うなよ」


「はは、いや~すまんすまん。…ルードサイファ、お前は立派な騎士へとなるだろう。しかし、お前は私の大事な子供だ。いつの時もお前の帰りを待っているよ」


「…わっているよ」


 こうして一人の青年、ルードサイファ・フォン・シャルロックは生まれ育った領地を飛び出し。王都サンレゼットへ向かった。金が尽きる前に王都まで辿り着き彼は、早速とばかりに訓練学校へ足をむけて門戸を叩いた。



「(もう十年…か。時が過ぎるのは早いな。俺も歳を取る訳だ)」


 ルードサイファが15の時に騎士となってから早十年の年月が経っていた。訓練学校の生徒たちでは彼に敵うことは出来ず。あっという間に学校最強の称号を我が物にした。


 訓練相手に困ったルードサイファは、更なる強き実力者を目指して休みの日には王城の訓練場まで足を運び。現役騎士団と一緒に交じり力を付けていった。


 その際にたまたま見学中だった騎士団長の目に留まったルードサイファは、無事実力を認められ15と言う普通では考えられない若さで騎士となった。

 王都で太陽王国軍に所属するようになってからも、許される自由な時間は剣を振ることに充て続けた。


 とある村に出現し始めた盗賊団を壊滅したり、ダンジョンから溢れた魔物から村を守るため三日三晩休まずに魔物を討伐したり、東の小国との戦争に駆り出されたり。


 剣を振るうことしか考えていなかったルードサイファは与えられら自室でオレンジ色輝く太陽の紋章が彫られた鎧を油布で磨いていた。


「(俺はこのままで本当に良いのか?騎士団に不満は無い。しかし…今の気持ちをどう表現していいのか分からない)」


 ゆっくりと流れる時間の中で、鎧を磨くルードサイファ、すると突如、彼の脳内に昔の記憶が蘇ってきた。


「(先生…冒険……冒険者ッ!?)」

 

 鎧を磨く手を止め、ガバッと頭を上げた。


「(そうだ!俺は冒険者になりたかったんだ!なんで、何で今まで気付かなかったんだ!?)」


 そこからルードサイファの行動は速かった。王城へ向かい騎士団長の執務室へ進むと、辞表を渡し。騎士の鎧と剣を返した。騎士団長は何とか引き留めようと頑張ったが、希望に満ちたルードサイファの目には無駄だった。


 騎士ルードサイファから、無職のルードサイファとなった彼は即座に冒険者ギルドの扉を開いた。


「え~とですね…ルードサイファ様の年齢で冒険者ギルドに登録するのは…ちょっとですね~。しかも元騎士様だった方となるとですね~」


「っむ、冒険者になるのは厳しいのか?」


 だが、そこからは上手く事を進められなかった。


 紹介状が無い限り冒険者に登録すれば、皆最低ランクのFランクからのスタートとなる。


 どれだけの実力を持っていようとも、ルールは変わらない。


「ガハハハハッ!!受付嬢はこう言いたいんだよ!25を過ぎたオッサンは登録するのが遅すぎたってな!」


「ふむ、そうか。なら仕方ない、邪魔したな」


 冒険者に成れなかったルードサイファだったが彼は決して諦めなかった。


「(冒険者に成れなくとも冒険は禁止されていない。そうだ、俺は自由だ。自由に翼を飛ばせるんだ!冒険者に成れなくても探検は出来る!今から俺は探検家ルードサイファだっ!)」


 それからは自身の事を冒険組合に属さない探検家と名乗り、国を跨いで各地を探検し始める。


 道中村に寄り、言い伝えの伝承などを詳しく聞いて回ったり。襲ってきた盗賊を返り討ちにし、報復にアジトを襲って財宝を手にしたり。ダンジョンで手に入れた魔物の素材を冒険者に通さず、直接店に売ったりして正に自由奔放な生活を送っていた。


「(…………これでよし!っと。やっと一冊目が書き終えた)」


 尻が痛くなる程の揺れを感じながらも一度、紙から羽ペンを放し足元に下ろした魔法鞄マジックバッグに入れる。


「おい兄ちゃん、随分集中して筆を執っていたが何を書いてたか聞いてもいいか?」


 次の目的地へ向かう馬車で一緒になった男性の一人が熱心に分厚い本にカリカリとペンを走らせていたルードサイファに尋ねる。


「構わない。俺は探検家のルードサイファ。これまで探検してきた都市や国、潜ってきたダンジョンの内部等を文章として書いていたんだ。と、言っても今さっき一冊目を終えたばかりだが」


「スゲーなまだ若えぇのに、それに探検家か?初めて聞いたが冒険者とは異なるのか?」


「本質は一緒さ。未知なる場所へ向かい、命を狙う魔物を討伐する者。一つ違うのは冒険者ギルドに登録していない事ぐらいかな」


「ふーん、色々有るんだな。ルードサイファは組織に入らないのか?」


「…残念ながら断れたんだ。だが規律を気にせず自由に行動出来るのは俺に合っているらしい」


「そうか。すまねぇ、変な事を聞いてしまって」


「平気だ」



 ルードサイファが騎士団を抜け、探検家となり三年が経った。

 冒険者ランクに例えるとAランクの実力とステータスを兼ね備えた彼に立ちはだかる壁は無かった。


 冒険者ギルドに登録していない彼はパーティーを組む事も無く、ソロでダンジョンに挑み。攻略する日々。


 そんな彼がとある都市の付近に存在する洞窟型の上級ダンジョンを潜っている時だった。

 愛剣を右手に持ち。左手に持った魔道具カンテラで暗い洞窟内を照らしながら前へ進む。


 一歩、更に一歩前へ進む、そして程良い広さの空洞を見つけた。長時間の戦闘で疲れが溜まっていた彼が部屋の中に入った。


「――ッツ!?罠部屋か!罠感知は発動しなかったぞ!」


 少しの休憩を取ろうと部屋の中心まで足を踏み込んだ途端、部屋全体を包む魔方陣の輝きが地面から現れた。


 即座にダンジョンに設置された罠だと直感したルードサイファが咄嗟に後ろに振り向き、入ってきた扉から出ようと駆け出す。


 しかし、彼が部屋の外へ出ることは叶わず、白く輝く魔方陣の光が全てを覆う。


 輝く光の円陣が収まると、ルードサイファの姿は何処にも居なかった。



「こ、ここは…何処だ?辺境の森なのか…?それにしても濃い魔力が満ちている」


 魔方陣が見せた眩しい光に思わず目を閉じたルードサイファがゆっくりと瞳を開け、周りの風景を確認する。何処を見渡しても一面を埋め尽くす、緑の大森林。風が木々を揺らし、耳を澄ませば木の葉の擦れる音までが聞こえて来る。鳥などの小動物の鳴き声は聞こえてこない。


「罠感知が作動しないランダム転移魔方陣の罠だったか。迂闊っ!」


 両手で剣を構え、暫くその場でジッと息を殺して待つ。十数分が経ち魔物の気配が寄ってこないと分かると剣の構えを解き、地面に置いたカンテラを魔法袋に入れると傍に高く聳え立った立派な樹木に背中を預ける。


「それよりここは何処なんだ、これ程濃密な魔素が集まった森は見たことも聞いたことも無い。もしかすると南の大陸か?そういえばダンジョンで見つけた便利な魔道具を持っているんだった」


 生活魔法で生み出した水で喉を潤し、冷静に今の居場所を確かめたい彼は魔法袋から一つの魔道具を取り出した。


「えぇ~っと正しい使い方が分からん。どの針が北だ?」


 取り出した魔道具は手の平サイズの木箱に収められた黄金色の羅針盤。木箱の蓋を開け、どことなくデザインを気に入っていた羅針盤をグルグル回したり、振ったり、動かしたりしてみるが、方位磁針の読み方を知らないルードサイファは非常に困った表情が顔に出ていた。


「…困ったなぁ。ふむ、ここはくぐり抜けてきた直感を頼りにあっちの方角へ進んでみるか」


 羅針盤の使い方を早々に諦めた彼は袋に仕舞、鞘から剣を出した状態で草木をかき分け、前へ前へと進む。



 進んだ先で起こる出来事の数々、この時ルードサイファは知る由もなかった。

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