第90話 本戦 決勝戦 その3

「風の魔力を『風弾エアバレット』!」


 相手の足元へ指した勇者アキトが魔法を唱える。彼の指先から放たれた風の弾丸が撃ち込まれて、地面が爆ぜる。空に勢いよく上がる土煙に覆われ姿が見えなくなる漆黒の格好に身を包む召喚術士アルル。


 空に舞う土煙が消える前に勇者は前に飛び出し、白銀に輝く聖剣を振るう。


―ガンッ!―


 煙の中から金属がぶつかった硬い澄んだ音が響き、土煙の中から盾の部位召喚で剣を受け止めたアルルと、停められた長大な白い盾事術者を吹き飛ばそうと剣に力を籠める勇者の姿が現れた。


 思いの他大盾の部位召喚が堅かったらしく、押し込んでいた剣を一度引き次に思い切り振り上げる。


「ここだっ!」


 防御力が比較的薄い盾の下部から上空へ流す如く振り上げられた盾は弾かれた。


 防御が崩されがら空きになった隙を勇者は見逃がす何て事は無く、上手く腕を曲げ振り上げた剣を今度はアルルの肩目掛けて振り下ろす。


「『幻影ミラージュ』」


 勇者が剣を振るい召喚術士アルルは肩から真っ二つになって煙のように薄っすらと消えて無くなった。アルルが発動した幻影は幻術魔法の初級魔法。


 使用者の姿形を作り出し、敵を錯乱させる魔法。初級魔法の為MP消費も僅か、魔法効果も優秀な属性。


「ッツ!幻術魔法!?」


 斬った手応えが無く煙のように消えたアルルの姿に幻術の魔法と本能で感じ取った勇者は声を荒げ、キョロキョロと周りを見渡し、消えたアルルの姿を探す。


「召喚…」


「そこだ!!」


 彼の背後から聞こえてきた相手の声に咄嗟に反応した勇者は後ろに振り向きながら聖剣を突き刺す。


 魔力を肉体に纏い、身体強化を使用している今の勇者の攻撃はCランク冒険者すら目を追うことも難しい程の早く、鋭い突き。


――ギンッ!


 突き出した白銀の刃と銀の刃が重なり合い、甲高い音が観衆の間を突き抜ける。

 煌めきが連鎖し、風が舞い、めまぐるしい速度で二つの鎧に身を包んだ影が止まった。


 一人は聖なる黄金鎧に身を包んだ地球から召喚された勇者アキト。


 もう一方は召喚術士アルルがアルルが召喚した『聖騎士ホーリーナイト』。二メートルは超える騎士。全身を包む重厚な鎧。輝く程の純白で、フルフェイスの兜の奥には黄色い光が揺らめいている。


 両手には銀色に輝く二本の長剣をクロスするように相手の突きを防いでいた。


『あっ~と!アルル選手、ここにきて遂に聖騎士が登場した~!司会室からも強い力を感じられる。戦況的に二対一となった勇者アキト選手!どうやって打開するのか見ものです!』


『…あの召喚騎士の動き、何処かで見たことがあるな。一癖ある二刀流に変わった構え。記憶が曖昧だ』


 今大会初めて召喚して見せる聖騎士に試合を見守る観客達もその圧倒的な力を結界越しに感じ取ったらしい。



 決勝戦が開始され早くも20分が経過していた。あれから両者、未だに勝敗を決める決定打を当てることは出来ずいた。


 攻防が凄まじい勢いで入れ替わり、舞台の立ち位置を他に、宙に、空に置きながら二名が攻撃を重ねる。その姿に、観客達すら息を凝らして観戦していた。ステージは戦いの応酬による余波によってボロボロになっていた。


 アルルが召喚した一体目の聖騎士は勇者が放ちだした『風刃エアーブレード』あ兜に直撃し、顔が吹き飛ぶと消えて居なくなった。


 だが、アルルは聖騎士の他にも数々の生物を召喚し続け、勇者に休みを与える時間を与えなかった。


「アンジュリカ様、ティトリマ様どうぞ。当家ご自慢のストロベリーシュークリームです。お替りも御座います」


 二人の激戦をショウはぼんやりとした様子で眺めていた。するとキッチンで何か準備をしていたナビリスが彼等の傍まで近づき、皿に乗せたスイーツをテーブルに置いた。

 途端にテーブルから漂う甘い香りに銀弧の膝に腰かけたアンジュの目が一点に定まる。瞳は輝き、今にも食べたそうな表情を見せている。


「アンジュリカ殿下、ティトリマ殿下。先ずは私が」


 思わずアンジュが目の前に出されたシュークリームを手に取ろうと腕を伸ばした途端。扉付近から今まで微動だにせず佇む騎士の一人が前へ進んでくる。


 初めて見たナビリスの美貌に先程まで見事見惚れていた若き騎士が、ここぞとばかりに毒見役を申し出る。


 王族は当然として、貴族も料理は料理人がやり、使用人が運ぶ。しかし、王族から見える所で直接作り、作った本人が運んできた。

 あからさまに毒殺を疑うと言うのは少々問題があるのだ。


 ナビリスはそんな細かいことは気にしない。女神の彼女は甘味を作ることに興味を持っているだけ。毒見で気が済むのならすればいい。その程度でナビリスの気も変わらない。


「う、美味い!こんな物を口にしたのは初めてだ。とても美味しいですナビリス殿、もし宜しければ――」


「美味しいぃー!ティトリマお姉様!食べてみてください!お姉様も好きなお味です!」


 女神直々の料理に感動した騎士の若者が何か伝えようとするが、彼が言い終える前にパクッと口にしたアンジュの声が遮った。


 口元に付いたストロベリークリームを気にする事も無く、行儀良く口にするアンジュの様子に姉の第四王女ティトリマも一つ手に取った。


 すると、ティトリマがパクっと食べるとパチパチと瞬きしてしばらくフリーズしていた。


「こんな美味しいの初めて食べた……」


 この日を境にエレニールがショウの屋敷に訪れる度に一人加わったらしいとか。



「(ッチ!攻撃が当たらない!召喚魔法、初めて対決するがこれ程やりにくい相手だったとは)」


 勇者アキトは心の中で苛立ちを隠せないでいた。魔法を発動しても召喚で塞がれ、至近距離で剣を振るうも、部位召喚の盾に遮られ。カウンターのシールドバッシュを放ってくる。


 皆が注目されている勇者の存在故に姑息な手は使えない、ずる賢い戦術も帝国の人間から禁止を言い渡されている。


「(…仕方ない。これを見せずに勝ちたかったが、スキル!聖剣解放!)」


 苛立つ心の中で彼だけに与えられたスキルを発動する。白銀に輝く聖剣が更なる輝きを増し、その眩しさは剣を直視出来ないほど。


「次で決める!『限界突破オーバードライブ』!!」


 通常の身体強化は自らの体に魔力を流し、強化するスキルであり、自己強化魔法でもある。


 では、限界以上に自分に魔力を流し、彼が発動した『限界突破』はどうか。


 他とは比べ物にならない爆発的な身体能力を得るが…それも短い時間のみ。時間が過ぎれば皮膚は切れ、ステータスが一時期グンっと下がる。かけた負荷により症状は悪化する可能性も大いにある正に諸刃の剣。


 伝説の存在、勇者となればそれらのデミリット無しで限界突破を扱えるが、今世の勇者はまだコントロールも曖昧な、簡単に言えば実力不足。


 舞台上に聖剣構える勇者から流れる聖なる魔力が魔力が爆発的に上昇する。


 溢れる魔力は周囲に威圧を撒き散らし、今までとは明らかに違う張り詰めた空気を観客も感じ取る。


『おおぉっとお!?アキト選手、突然体の全身が輝き出したぞ!まさか、まさか!この一撃で全て終わらすつもりかー!?』


『…限界突破か。制御は甘い部分も見られるが、これは…脅威だな』


「ッツ!召喚『大盾聖騎士グランドシールドホーリーナイト』召喚術、変異『突然進化エボリューション』」


 目の前に対峙するアルルも即座に勇者アキトから伝わる威圧感を感じ取ったのか、ここにきて初めて声を荒げた。彼から一歩でも距離を置こうと後方へ跳躍すると、召喚魔法で大盾を手にした騎士を呼び出し召喚術を唱えた。


 変化は唐突だった。二メートルは軽くあった鎧姿は三メートルを超え、白い大盾も形、大きさも前と全然違っていた。もしミサイルが直撃しても傷一つ付かないであろう防御力を持つ白銀大騎士。


「エクスッ、スラスター!!」


 魔力による輝きを増した勇者は裂帛の気合を乗せ、天空へ捧げた聖剣を袈裟に振り下ろす。堂々と実直に持ち得る限り最高の一撃を放つ、振り下ろした瞬間、爆発音と共に舞台上が真っ白に染まる。


 結界魔法使い達がもし結界を貼っていなければ、彼の攻撃で会場ごと消滅していただろう。



 いや、事実結界を貼っていても闘技場の半分は消失していただろう。この場に二柱の神が居なければ…。


『なっ!何が起こったんだぁ!?何も見えない。エレニール殿下!ご無事でしょうか!?不敬罪で私の首飛ぶませんよね!』


『ああ、私は無事だ。結界は破壊されたようだが、観客に損害は無かったらしいな…それと何も見えないのは目を閉じてるからだ』


『あれ?…ははは、これは失敬失敬。殿下とは初めてお話ししますが、凛としていて大変お美しいですねSNSで友達登録しませんか?』


『……何を言っているんだお前は?』


「(SNS!?あの司会者絶対SNSて言ったでしょ!?)」


「(うん、言ったよね。あれ…?この世界にもSNSって存在するのかな?)」


「(もしかして異世界転生って奴?一度話してみよう)」


「(京子…やっぱりアホやな)」


「(美人司会者の太腿もっちもちのおぉお)」


「(っは!アホはそっちでしょ英二、もう一回アホって言ったら消し炭にするからね)」


「(すんまそん)」


 美人司会者が発した一言でアキトのクラスメイト達が観戦している一室が騒がしくなった。


 勇者アキトが解き放った攻撃から宙に舞った土煙が地面に落ち、ステージの現状が露わになる。


 その場には限界突破の活動時間が切れ、聖剣を杖のようにステージ台に刺し体を支えている勇者の姿と。



 一切の肌を隠していた漆黒のローブはボロボロとなり、仮面がズレ素顔を見せたアルルが召喚し今にも壊れそうな聖騎士の背後に縋るように必死で耐えていた。しかし、素顔と肌を晒したアルルの姿を見た観客は漏れなく固まった。勿論相手選手の勇者を含め。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 それもその筈。


『ア、アルル選手……は女性…そして天使ぃ?』


『いや…あれは羽族だ。最も私も見るのは初めてだが』


 そう、彼女の痩せ細った背中からは天使を彷彿させる、一対の白い翼が生えていた。

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