第89話 本戦 決勝戦 その2

『皆様長らくお待たせいたしました!両選手の準備が終わったと言うことで、これより今闘技大会、決勝戦を開始したいと思います!』


――――ッツ!!


 流石の注目が集まった決勝戦。美人司会者が開始の宣言を告げると、それに続くように歓声が爆発を上げた。大きすぎる歓声は防音設備の付いているはずのこの部屋を揺らす程、その爆音に大人しく尻尾を撫でられたいる銀弧が思わず耳を伏せてしまう。


『それでは皆様お待ちかねの決勝戦ですが!その前に激戦が始まるであろう決勝戦を解説してくれる特別司会ゲストの紹介をしたいと思います!いや~私も非常に緊張しております!では早速っ、このお方です!!』


 興奮気味の美人司会者の言葉の後に木製の扉が開かれ、司会室の入口から一人の女性が中へ入ってきた。


「あ!エレニールお姉様!」


 モフモフ尻尾に夢中になっていたアンジュが誰よりも先に姿を見せた女性の名前を告げる。


『な、ななーんと!今回の決勝戦を解説してくれるのは!我らが愛するランキャスター王国。最強の騎士の名高く、そのお姿は正に天が愛した戦乙女!エレニール・エル・フォン・ランキャスター王女殿下!!』


 エレニールの姿を見た観客達も咄嗟に席から立ち上がり、尊敬する王族へ礼を捧げる。


『愛する民よ、私が名誉ある決勝の解説者に選ばれこの日を待ち望んでいた。異界から召喚されし勇者、そしてカサ・ロサン代表の召喚術士。恐らく百年の一度の類を見ない激戦となろう。さあ!愛する民よ!今日、その目に焼き付けよ!栄誉ある戦いを!魂を、絶賛せよっ!…私からは以上だ』


――ドオオドドドオオオオオオオッオオオ――!!


 一瞬の沈黙を置き、次の瞬間には会場が歓声の爆発は起きた。石造りの巨大闘技場が地震に襲われたかのように揺れている。

 いや実際に揺れているのであろう。


 それだけの勢いをエレニールは生み出した。流石の大国のお姫様、尊敬に値するよ。


『ありがとうございますエレニール殿下。それでは観客の皆様も待ちきれない様子、早速決勝戦に出場する選手の紹介を始めたいと思います!先ずはこの男!黄金に輝く聖なる鎧に身を包んだ異界からの客人。圧倒的な力でこれまでの相手選手を瞬殺してきたその姿は正しく英雄談の一ページ。勇者アキト選手!!』


 万を優に超す観客が見守る中、選手専用の出入口から勇者の姿が現れ。舞台のステージへ上がった。


 体格はやや細身なれども芯の強さを窺わせる青年。黄金のフルプレートアーマーを着込んでおり、その手には白銀の長剣を構えている。剣の腹に刻まれた古代ルーン文字が光を帯びており、膨大な魔力が込められている。あれが代々勇者に伝わる聖剣。五百を超える生贄を捧げ生成された呪われた剣。


 真っ赤なマントを揺らしゆっくりとした速度でステージの中央まで辿り着く。


『一つ大事な事を言い忘れていましたが、今回の決勝戦では各自の愛用武器の使用を許可されています』


『ああ、皆も知っているであろう新型身代わりの魔道具の正確な効果が判明され、決勝戦のみ許可する事となった。だが、もしもの場合において今回は普段の3倍近い結界魔法使いを会場中に待機しているが』


『成る程、そのような事項があったですのね』


 マイクを手に民衆に解説するエレニールの姿も凛として似合っているな。


『それでは伝説の勇者に対する選手を紹介いたしましょう!カサ・ロサン王国から遥々やってきた謎多き人物、その素顔を見たものはいないのか?それとも見たものを逃がさないのか?全てが謎の召喚術士アルル選手!!』


 反対側の入口から一つの影が現れる、漆黒のローブに身を隠し肌すらも全て覆われて服装。鴉に模した黒い仮面を被り、不気味さを増している。準決勝まで背中に背負っていた木箱の姿は無く代わりに右手に握った杖はこれも真っ黒な禍々しさを放っている。


 杖の先端部に竜の頭が青白い宝石を口で咥えている。杖には巻き付いた竜があしらってあり、一目見て分かる希少な魔法杖。


 勇者から10メートル離れた位置で止まり、ぼーっとした姿勢で試合開始の合図を待っている。


『両者位置に付いた様子。これより一秒たりとも瞬き厳禁の試合、一挙手一投足の動きを見逃さなんと目に焼き付けろ!決勝戦っ、勇者アキト対召喚術士アルル!――参れっ―!』


「アルル…さんで良いよね?折角の決勝戦なんだ。こんな時ぐらい素顔を見せたらどう?」


「…」


 試合が開始された直後、聖剣を肩に担いだ勇者アキトが身体全体に魔力を行き渡せながら相手のアルルへ声を掛ける。だが返答は無言。


「はぁ~勇者の俺に無視か。まあそれも選択肢の一つだね。…『魔力増加マジックブースト』!」


「『魔力増加マジックブースト』」


 二人同時に魔力を高める魔法を唱えた。


「ッふ!!」


 一足早く行動したのは勇者だった。肩に担いだ剣先をアルルへ向け、弾丸ののような勢いで飛んでいって鋭い突きの攻撃を放つ。並みのロングソードでは無い聖剣により突きをもし盾で真正面で受け止めれば、盾事体を貫くであろう。


「召喚『不死鳥の息吹フェニックスブレス』」


 アルルも身の丈より長い禍々しい魔法杖を構え、真っすぐ距離を詰めようとする勇者アキトに向けて杖で掬って巻き上げる。と同時に召喚魔法を展開。空中に輝く光の円陣が出現し、魔方陣の中から猛火に燃える炎の波を射出した。もし生身で飲み込めば一瞬で全身が燃え上がり、後には消し炭しか残らない。


「ッち!土の魔力を『石壁ストーンウォール』!」


 迫りくる業火の波に若干の熱さを感じつつ、突きの攻撃を中断した勇者は自らの足元へ土魔法「石壁」を咄嗟に唱え炎の息吹から何とか身を守った。


「武器召喚『ロングソード』」


 作り出した石壁の遮蔽物に身を隠す勇者の頭上に新たな魔方陣が出現した。

 白く輝く円陣から現れた一本、二本、いや五本の長剣が勇者へと落とされる。


「ラスタースラッシュ!」


 勇者の頭目掛けて振り落ちてくる五本のロングソードへ向けて聖剣を一振り、剣の刃から発せられた不可視の聖なる魔力で全ての剣を弾く。


「『縮地』」


 次なる攻撃が襲う前に高速移動スキルを唱えその場から遠ざかる。一定の距離を置いた勇者アキトは空いた左手を前に出す。


「雷の魔力を己の敵を撃ち抜け『雷槍ライトニングスピアー』!」


 前方へ突き出した掌を中心に黄色く輝く魔方陣が出現し、その中の円型模様と魔法文字がそれぞれ逆方向に回転。中心から細い稲妻を走る槍状が現れ、アルルへ向かって光速の速度で放たれた。


 アルルは新たに一歩の剣を召喚し、適当なステージ台へ埋め込む事で何とか雷魔法の攻撃を回避する。


『激しい防戦!アキト選手!思わずアルル選手から距離を置いた~!』


『私も召喚魔法は詳しく知らないが。様々な応用に優れている属性のようだな。攻撃に、防御、支援にも使える。まるでミミックも真っ青なビックリ箱だ』


『…あはは、エレニール殿下もそのような冗談を言うのですね』


『うん…?何のことだ』


「召喚魔法は非常に優秀な魔法ですね!?すごいです!」


 凄まじい激戦が続き。観客は息を飲み込み戦いの行方を眺めている。すると、銀弧の膝に座り。彼女のお気に入りブラシで尻尾を丁寧に梳いているアンジュがポツリとアルルが使い続けている召喚魔法について口にした。


「ん…召喚魔法を使える人は賢者アルドノア・キャビンディッシュ以降存在しないと言われてきた幻の魔法属性」


 流石王立学園現生徒会長のティトリマ。この世界においてどれだけ召喚魔法が貴重か知っている様子。


「へぇ~流石ティトリマお姉様!何でもご存じですね」


 姉の説明に興味深く頷く小さきお姫様。

 俺からも少し付け加えておくか。


「召喚魔法を使用するにはまず精霊や異次元に住まう魔物と契約、行使する事が出来る。つまり稀にステータスに召喚魔法が表示されていても、それらを行使出来なければ宝の持ち腐れだ」


「ほぉ~ショウ様もお詳しいですね!そう思いませんかティトリマお姉様!」


「ん…アンジュの言う通りショウは詳しい。…王宮内の書斎でも知らない事を色々知っている。本当に、不思議」


 おいおい気持ちが籠ってない目で俺を見つめるなよ、照れるだろ。


「いいな~召喚魔法。もし私が使えたらモフモフの魔物を召喚してずっと祝福の時間を過ごせるのに」


「ああ、それ―…」


『ショウ。これ以上の助言は危険よ。貴方が神とばれる可能性があるわ』


『…分かっている。これ以上は何も伝えない。心配しなくとも平気だ』


『そう。ならいいわ』


 俺が何か助言を伝えると思ったのか、観戦室の端に設置されたキッチンで紅茶を作るナビリスから警告の念話が頭の中に聞こえてきた。彼女の言いたいことも分かる。急に会話を止めた俺をアンジュは不思議な顔を見せ、可愛らしく首を傾げる。


「ショウ様、どうかされましたか?」


「いや、何でもない」


 それだけ言うと目線を試合へ戻した。そうだな、オークションに出品する品は召喚魔法の書物とかにしてみよう。誰が品を購入するか少し興味がある。勿論ナビリスにバレないように。


 未だ決勝戦は続いている。

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