第88話 本戦 決勝戦

早くも準決勝まで進んだ試合が終わり、婚約者のエレニールが王族専用観戦室へ帰った。俺達も彼女を追うようにソファーから立ち上がると、巨大コロッセオと似通った闘技場裏に設けられた馬繋場へ移動する。


 そこで預けていた馬を馬の世話係から受け取り、感謝の気持ちとして彼にチップの銀貨2枚手渡す。受け取った馬を近くにいた男の奴隷に手綱を渡すと、彼は馬の傍で停めていた馬車に繋ぎ。キチンと固定されたか金具の点検を始めた。

 数分後、全ての点検が終わったらしいので、メイド長の肩書きを持つナビリスを先頭にメイドの奴隷が開いてくれた木製の扉を潜る。


 創造魔法で一から作成したこの馬車は外見こそ、そこら辺の貴族階級の人間が使っていそうな木製と金属製で出来た少し大きめの貴族馬車だ。だが、内部は時空魔法で空間拡張を行い馬車の外見からでは予想もつかないであろう中の広さが一致しておらず、それなりの部屋の広さが存在している。あら、不思議。


 この馬車の作成した当初、自慢げに俺の傑作馬車をナビリスに見せた事がある。


 彼女から誉め言葉を頂くと自信満々だった俺が貰った最初の言葉は『馬鹿ですか?』であった…。それから女神の手で廃棄されそうになった馬車を何とか食い止めた俺。渋々話し合いを交わした結果数個条件を付けられたが、この傑作を使用の許可を貰った。条件の一つは外の人間から中が見えないように幻覚結界を張ること。


 もう一つの条件は一日中ナビリスを愛する事だった。一日中どころか三日三晩愛しましたとも。

 ああ、それと初めて馬車の中へ入った奴隷たちが口を開いたままポカーンとした表情も面白かったな。



「ご主人様、御屋敷に到着しました。足元にご注意を」


「ああ」


 闘技場から帰宅した俺達、寄り道をする事も無く無事に屋敷まで辿り着いた。本当は銀弧が市で開かれている屋台へ寄りたかったらしいが今の時期、闘技大会の開催中の王都は何処も大勢の人々で混雑しており。幅広い大通りさえ進むにも何倍も時間が掛かった。入口まで続く階段をゆっくりと進む。鍵が掛かった玄関扉に金とクリスタルで出来た鍵を差し込み、扉を開け中へ入る。


 玄関エントランスの大窓から見える空をふとぼんやり眺めてしまう。遥か彼方に黒ずんだ雲の堆積の間に、夕日の一点の紅が既に沈みかけていた。


「ご苦労。後は各自自由に行動して構わない。それと、明日の決勝戦日は早めに屋敷を出発しようと思っているから寝坊はするなよ」


「っは!畏まりましたっ」


 ここまで護衛を実行中だった戦闘奴隷に今日の勤め終了と明日の予定を伝え、外から玄関扉が閉じられる。今この瞬間、建物内に存在するのは俺とナビリス、そして銀弧の三名のみ。

 下界に生を受けた者等は居なくなり、これで思う存分本音を言える状態となった。


「さて、意外ながら今日は色々な出来事が起こったな。準決勝で一番に驚いたのは、やはりエルフ族シエルの敗北だったか。これだから勇者の存在は実に多くの意味で面倒な職業だ」


 横一列に並んで一緒にリビングまで向かう途中。俺と歩幅を合わせ、ただ人形のように微笑んでいるナビリスに聞こえる風に言葉を呟く。彼女の横を歩く銀弧はインベントリーから取り出したクレープに夢中で此方には無関心の様子。しかし、彼女の頭から見せる白髪の狐耳はピクピク動いているので話だけは聞いているもよう。


「そうね、神界にいた頃で一人の勇者の手によってとある世界が壊され、創造神様から拳骨を喰らっていた女神も居ましたわね」


 へぇ~、それは初耳だ。そのような出来事もあったのか、それは知らなかった。まぁ、お爺ちゃんから与えられた世界に興味を持たない神々が殆どの中、俺のような下界に降り立つ神の方が異常な考えらしいからな。実際勇者に世界を破壊され、お爺ちゃんから拳骨を貰った女神も創造神から即座に新たな管理する世界を作り、与えられているだろうし、まるで父親が与える玩具の風に。


 無数に存在する次元で世界の一つが壊れようとも神が世界に注目の念は無く、崩れたジェンガを組み直すように新たな世界を創造し又それを何の興味を持たぬまま管理を続ける。


 そのようなお喋りを結局銀弧も加わった三名で言葉を交わしていると最早リビングに到着した。


「それじゃ私、明日の分の甘味を作ってくるわ。大量に作らないといけないし」


「のぉ~ナビリスはん。ウチも一緒について行ってもいいかのぉ~?」


「ふふ銀弧、貴方作った甘味の味見をしたいだけでしょ…。ま、いいわ。でもその分銀弧にも手伝ってもらうわよ」


「おお~ホンマさかいのぉ。ウチに任しときはいぃな~」


 リビングに置かれたソファーに横に寝転がる姿勢を取り、右腕をつっかえ棒のように頭を支える。すると、女神と九尾の二名は明日に出す菓子作りの為キッチンへ歩き出した。


『(……)』


 突如訪れる静寂がリビングに響く。文字通り一つの呼吸も聞こえない静けさ。神の俺に呼吸の必要性も無い。もし俺の腹をパックリ開いて確認して見ても体内に臓器、心臓は存在しないし、手を胸の所に重ねても鼓動の動きも伝わってこない。


…退屈だな。


 勇者は今王国に居るし、そうだな…海を越えた南大陸でも眺めておくか。こうして、例えると辺りの音をすべて持ち去られたように静かな空間の中。淡々と時間は過ぎていく。

 時々インベントリーから出した缶を開け、炭酸特有のプシュッとする音以外。



 翌日、闘技大会最終日の開始がアナウンスされた。朝っぱらから酒に酔った観客達が美人司会の興奮した声に乗るように更なる盛り上がりを見せる。


 観戦席を見渡さば、空いている席は一つも無く。一般席より高価な観戦席も全て埋まっている。会場以外の外からも選手を応援する大歓声が闘技場まで聞こえてくる。


 何時もの観戦室でお馴染みの真っ赤なソファーに腰を下ろしメイド係の奴隷が淹れたダージリンを一口飲み、皿に置かれたシフォンケーキを味わう。


――コンッコンコンコン。


 すると、突如前置き無く扉の向こうからノック音聞こえてくる。


「突然の訪問申し訳ございません。こちらAランク冒険者『孤独狼』ショウ殿の部屋でお間違いないでしょうか?」


 俺が口を開くより前に扉の先から俺を尋ねる声が聞こえてきた。一度も聞いたことの無い女性の声。誰も聞き覚えが無い声に、扉付近で待機している戦闘奴隷が思わず武器に手を置き、俺へ目線を送ってくる。


「ああ、間違いない」


 ソファーから立ち上がった俺は、そのまま観戦室の入口まで近づき扉を開ける。


 開いた扉の先には見事素材が使用されたメイド服に身を包んだ女性の姿がピンッと背筋を伸ばし、能面な表情を見せる女性。メイド服の襟には王宮で働く者だけが与えられる銀のピンが付けられている。つまり俺に訪ねてきた人物は王宮で働くメイド、しかし彼女の姿は一度も見たことが無い。王城へ行った回数は然程多くは無いが。


「お初にお目にかかります。私、敬愛なる第四王女ティトリマ・エル・フォン・ランキャスター様の世話係をしている者です。それでは内容を…今から23分後にティトリマ様、そしてアンジュリカ様がお見えになります。要件はそれだけとなります」


 前触れか。エレニールが前触れを送った事なんて一度も無かったからな。


「お勤めご苦労。…それで、これからどうするんだ?この場で待機しておけばいいのか?」


 内容を伝えてからその場を一歩も動かないメイドに声を掛ける。何だか窮屈だな。


「その認識で問題ありません」


 しかし、目の前のメイドは帰ろうとしない。それどころか開けた扉を潜り、観戦室の中へ入ってきた。その様子に周囲の奴隷達は動けずに、チラチラと交互に彼女と俺に視線を合わせてくる。


 堂々と中へ入ってきたメイドはそのまま邪魔にならない場所まで移動すると、それっきりピタリと動かない。まるで美しい石像。


「ショウ様!遅れて申し訳ございません!」


 メイドが訪ねてきてから23分と6秒後、それ程楽しみだったらしいく笑顔を抑えきれていないアンジュが護衛の騎士と共にこっちへやってきた。


「わぁ~!モフモフ!」


 可愛らしく俺たちに洗練されたカーテシーを先に済ますと、真横に座った銀弧の背後から波のように揺れる九本の尾目掛けてダイブを決める。


 意外にも彼女の事を気に入っている銀弧、飛び込んできたアンジュを九本の尻尾を自在に操り彼女を優しく受け止める。


「アンジュ…」


 全体重を尻尾に任せてとても幸せそうな表情を見せているアンジュ。すると、新たに入ってきた女性の声がアンジュの名前を呼んだ。絹のような美しい金髪を肩まで伸ばしたセミロング。ルビー宝石より深い赤みの瞳はエレニールと瓜二つ。真夏でも涼しそうな純白のワンピースを着用しており、アクセサリー類もブレスレット一つとネックレスのみ。ティトリマの正体を知らない者が彼女を一目見てもお姫様では無く、どこかの貴族令嬢と見間違えるだろう。


「初めましてティトリマ姫。第三王女エレニール姫の婚約者でおります冒険者ショウと申します、以後お見知りおきを」


 初めて顔を合わせる王族に俺も体裁良く挨拶を行う。部屋に待機している奴隷達も俺の後に続き、跪き頭を垂れる。第四王女と、決して王位継承権は高くないがそれでも立派な大国の王族。


「ん…四王女ティトリマ、よろしくショウ」


 整った小さな口から鈴がなるような声が飛び出るが、人形のように綺麗なばかりで表情に乏しい。


「ん…モフモフ」


 それだけ言葉を零すと、彼女は妹であるアンジュを膝に乗せ尻尾を思う存分触らせている銀弧の隣に腰を落とし、空いている一本の尻尾を手に取りそのまま撫で始める。


「モフモフ…気持ちいい」


「はい、ティトリマお姉様!モフモフは最強です!」


「ん!…アンジュの気持ちも分かる。このモフモフは最強。…至宝」


「「「…」」」


 二人の満足気な様子にこの場に居る全員、何を言ったらいいか困惑し顔を見合わせる。二人と共に入ってきた騎士は何処か言いにくそうな表情を。一緒の空間にいる奴隷達は対応に困っていた。


「ふふふ、好きなだけお触り。尻尾は逃げませんよ」


 当の銀弧だけ実の娘に見せるであろう微笑みを見せていた。様々な意味で決勝戦が楽しめそうだ。

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