第83話 本戦 その8

 ショウとナビリスがスピードチェスを始めて420戦目に差し掛かろうの中、闘技大会は三試合目が開始されようとしていた。初めは早すぎるチェスの展開に驚愕を露わにしていた奴隷達であったが、とっくに慣れた光景なのか。五秒以内には決着するチェスに気を遣う事も無くなり、只純粋に闘技大会の観戦を満喫していた。


「ご主人様、メイド長。アイスティーのお替りをお持ちしました」


「助かる。あ、チェックメイト」


「ありがとう。…うん味もまろやかで温度も丁度良い冷たさ。美味しいわ、合格ね。チェックメイトで」


 メイドの恰好をした世話係に任命された奴隷の女性がトレイの上に乗せたティーカップを持ってきた。二名は出されたティーカップを同時に受け取っただけなのに、その間にチェスの対決は二回終わっていた。


 しかし、飲み物を持って来たメイドの奴隷は何処か考えるのを放棄した表情で微笑みを浮かべて、元の位置へと戻っていく。他のメイドの恰好をした奴隷達が彼女の肩を叩くだけで、それ以外には何も問題は起きなかった。


『まずは観客の皆様が一番にご注目しているであろうこの選手!な、な、なんとぉ~、異世界からやってきた伝説の中の伝説級の存在!その圧倒的な火力でこれまでの名高い選手共を軽々と打ち破って来た今大会の最優勝候補者!勇者~アキト選手!!』


――ウワアアアアアアアァアッァァ!!!


 闘技場に轟く歓声と共に、選手用の入り口から黄金の鎧に身を包んだ爽やかな青年が散歩でもするかとごとく、ゆっくりとした速度でステージに上がっていく。魔力が秘められたフルプレートの金色に輝く鎧は帝国の宝物庫から貸し出された国宝の歴代勇者が使用した聖なる鎧。胸にはバンクス帝国の紋章である二対の漆黒の翼が生えたグリフォンが刻み込まれている。


 全身を守る防具に、闘技大会のルール的にどうかと、疑問視されているが帝国から来た客人である勇者に直談判出来る者は居なかった。


 金糸が存分に刺繡された真っ赤なマントがハタハタと風にはためく音が聞える。そのマントさえ特殊な効果が付与されたマジックアイテム。左手でサラサラの茶髪をかき上げる仕草を取る、反対側の右手には鞘から既に抜いた状態の、大会側から用意した鉄製のロングソードを玩具のようにクルクル横に回している。そのちぐはぐは武具にしっくりこない違和感を生み出している。


 勇者の代表である彼の表情から読み取れる余裕が溢れまくった顔、その様子は自分が主人公だと信じてやまない表情を見せている。そんな彼の目線は、王族専用ブースにいるエレニールへ向けているが。当人の彼女は愛する二人の妹、ティトリマとアンジュリカとの女性同士のお喋りに夢中になっている。


『では!次の選手に行きましょう!勇者に立ち向かう対する強者は!?その外見に侮るなかれ!その拳は大岩を砕き、ワイバーンの腹に穴を開け、海を割る!?人々は彼をっ!拳聖と呼ぶ!!ゼル選手ぅ~!!』


「いっやほおぉ~っう!」


 やたらとテンションが高い司会と観客の声に迎えられながら、ステージ出入り口から元気な声と共に一つの影が飛び出てきた。その影は空中で回転を決め、ステージに両足をピシッと揃えて着地しる。


 身丈は平均身長より低く、凡そ160センチ程度の若者。小鳩のようなあどけない顔に、夕日みたいな、鮮やかなオレンジ色に長く伸びた髪を後ろに一括りに束ねる。


 彼の服装は上半身何も着ておらず、 下は裾がボロボロのジーンズを穿き、履きつぶした草履は黒く変色し直ぐにでも切れそうだ。


 両手には鉄製のガントレットを嵌め。腕から肩へかけて、龍の形をした青白い入れ墨を入れている。


 首からぶら下がった魔道具を動きの邪魔にならないよう紐できつく締め付けている。


「きゃああぁー!二人の好青年が相交える光景ぃ。マジそそる!!」


「本当よねぇ!!ゼル様×アキト様!」


「ちょっと!それを言うならアキト様×ゼル君でしょ!!」


「はあぁ!?何言ってるの!それよりアキト様×ガーランド様でしょう!」


 観戦席の一角ではとても近寄り辛いどこか腐った会話が頻発している。ある場所には眼鏡を掛けた十代ぐらいの制服を着た女性が涎を垂らしながら真剣な眼差し持参したスケッチブックに絵を描いている。その真後ろに座った男性の観客は、描かれた二人の同性が抱き合う絵を決して見ようとしなかった。


『二人とも準備が整った模様!それでは第三回戦最後の試合、三試合目の開始を始めますっ!―ーレディ――ファイッ!』


 司会の実況と共に、カァンと鳴らされる試合開始の合図。


「あんたが勇者様かぁ?失望させないでくれよな!」


 開始の合図と共に動いたのは軽拳士ゼル。両膝を曲げて、足に力を籠める。腰を落とし、身体の重心が低くなる。


 スウウゥッとゆっくり上半身を後屈させながら大きく腹いっぱいに息を吸い込む。ゼルが息を吸い込みながらも圧縮した風属性の魔力を口元へと持ってくる。


……そして、吸い込んだ息を全て吐くように凄まじい雄たけびを上げた。


――『龍咆』


「グルアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 空間を震動させる雄叫び、その威力はステージの台にひびを入れる程。結界魔法に守られた観客たちも思わず両耳を塞いでしまう。しかし、彼の雄叫びなんて生易しい咆哮を直接浴びた勇者アキトは、聖なる鎧に付与された魔力と、彼自身の魔力防壁に守られダメージはゼロに等しい。


 もし普通の人族がゼルの龍咆を食らえば命を失う可能性もある。


「へえぇ、龍咆を受けても何ともない、か。流石100年の年月毎に現れる伝説の英雄、勇者様と言ったところか?…うん、ワクワクしてきた」


「うん?何か言った?」


 小声でボソリと呟いたゼルの言葉に、勇者アキトが不思議そうな顔で尋ねるが「いいや、何でも無いと」首を横に振る。


「っは!それじゃ!いくよっ!」


 そのまま拳を構えたゼルが一言そう言った瞬間。彼の姿が一瞬ブレ、煙のように消えた。


――ガンッ!!


 拳で金属を殴る音が闘技場に響き渡る。その音が聞こえた元凶の探せば、一瞬で消えたゼルの姿が勇者アキトの黄金に煌めく聖なる鎧に右フックを叩きつけていた。生身の人間が食らえば腹に大穴が開ける威力の攻撃を食らった勇者アキトであったが、高い防御力と国宝の鎧に阻まれダメージは無かった。それどころか、反動でゼルのガントレットにダメージが入っていた。


「かあぁっあてえ!やっぱ鎧事貫くのは無茶があったか…なら、頭をねらーッツ!?」


 そう言い終える前に下から振り上げてきた勇者の斬撃を、しなやかに体をひねながら回避する。体をひね、回避したゼル。彼は動きを止めずに両手を地面につけ、腰に回転を入れながらアキトの顎下目掛け蹴り、サマーソルトを放つ。


「あまい!」


 しかし、その蹴りも勇者が咄嗟に構えた剣とぶつかり一撃を入れることは叶わなかった。ステータス頼り切った身体能力は流石勇者と言ったところだ。



 それから五分間、二人の激しい攻防が続いている。

 ゼルが空中で回転蹴りを繰り出すが、勇者アキトの防御を崩すことは出来ず。反撃にと上半身目掛け右手に持ったロングソードの高速突きを繰り出すも、両手にはめたガントレットに攻撃を流される。


 そのそうな状況が続いており。どれも決定打になる攻撃はこれまで無かった。


「勇者たる私が命じる!聖なる魔力を!『ライトクラスター』!!」


 蹴りを上手く防御したアキトはゼルの連続攻撃に少し警戒して数歩、彼から後ろに下がると前へ構えた剣に聖属性の魔力を籠め。横に振り払う。三日月に光り輝く魔力の刃が振り払われた剣先から放出された。


「っはあ!『魔殺し拳』!」


 膨大な魔力が籠った聖属性の刃にゼルは怯まない。それどころか、ニヤリと口元に薄い笑みを浮かべると向かってくる放出された魔力の刃を真正面から拳を打つ。打った拳から衝撃波が発生するほどの威力と速度を持った拳聖の一撃と、勇者の一撃がぶつかる。


「うっらあああああ!!!」


 腹の底から断末魔を上げ、勇者の攻撃を搔き消す。そのまま力に任せて二発目の攻撃を続けさまに放つ。


「『岩衝』!」


 人体の中から衝撃を与える攻撃を勇者が身にまとう鎧にぶつけようとする。だが。


「『縮地』』


 アキトは一切予備動作も無く一瞬でゼルから遠く離れた場所に移動していた。

 

 振り切った拳の先にいた筈の姿が消えた事に何の疑問を持つことなく。ゼルは次の動作に移行していた。


 腰を更に低く落とし、土魔法使いがせっせと作った石製のステージ台に右手を突っ込み。地面の中に手を突っ込んだまま、腰を回転させ。右手の拳を無数にヒビ割れたステージ台と共に振り上げた。


 様々な形態な石板の破片が勇者アキトへ向かって一直線に飛んでくる。


「っふ!はあっ!っしゅ!」


 目掛けて飛んでくる破片を高い剣術スキルで叩き斬る。しかし飛んでくる破片の多さに徐々に押されている。コツンコツン、と石板の破片が鎧にぶつかる音が聞こえてくる。それでも鎧からはみ出た顔へ向かって飛んできた破片は余裕を持って必要最低限の剣技で弾き斬った。


「『龍拳』」


「――ぐううぅっ!?」


 だが、突然脳天に衝撃が走った。ぐらりと視界が回転して、平衡感覚がおかしくなる。思わず片膝を地面に付いてしまい動きを止めてしまう。破片を弾き斬っている最中に、彼の背後に移動していたゼルの一撃を貰った。受けた威力が足りなかったのか首から下げた魔道具は破壊されずに起動したまま。


 片膝を地面に付いた勇者の隙を逃す訳は無く、部位強化で強化した蹴りを入れる。


「っつ!『短距離転移』!」


 しかし、その蹴りが届く前に勇者が唱えた空間魔法によって強烈な蹴りを逃れた。

 突然の空間魔法に言い表しがたい興奮に襲われ激しく渇いた喉がゴクリと飲み込む観客達。

 今まで面白そうに眺めていた大商人達、貴族階級、王族も非常に珍しい空間魔法の存在に目の色を変えた。


「え?何今の。全く動きが見えなかった」


 縮地と違い目の前で突然と消える瞬間を目撃したゼルも驚き、素っ頓狂な声を出す。


「はぁ、はぁ、はは。驚かせてしまったね。今の空間魔法は僕の切り札の一つ。魔王を討伐するために目覚めた勇者の力だ」


 乱れた呼吸を吐きながら、丁寧に相手選手に教える勇者アキト。


「それにしてもさっきの攻撃は効いたな。思わず縛ってした空間魔法を使ってしまったよ」


 その言葉にゼルの片眉がピクリと上がった。


「へ、へぇ~…。拳王である俺様に手加減とは、いい度胸をお持ちじゃねぇかよ勇者様?」


 両手にはめたガントレットをぶつけ合い、鈍い金属音をわざと聞こえるように鳴らせ皮肉を言うゼル。


 正面切って挑発を放つが、この異世界に召喚されたそれど長い月日が経っていない勇者アキトには挑発だと分からなかった。


「うん、呼吸も直ってきた。それにしてもお腹が空いた、さっきの休憩時間食べ逃しちゃったし。そろそろ終わらしてもいいよね」


「あぁ?何言って……」


ーー短距離転移ーー


 と、ゼルの言葉が終わる前に彼の姿がもう一度消えた。

すぐさに拳を構え全方向を見渡すが、何処にもその姿が見当たらない。


「『セイントダイブ』!」


「っち上か!!」


 聞こえてきた声に反応して、声がした空へ視線を向ける。しかし、丁度真上に上っている太陽の日差しに照らされ何も見えない。黄金の聖なる鎧も相合わさって何も確認できない。


「ウラララララァ!!」


 最後に悪足搔きと無雑作にラッシュパンチを繰り出すが、全て空振りに終わる。


「これが勇者の力だ!」


 空中に転移した勇者はその場で聖属性の魔力を剣に宿し、そのままゼルへ向かって落下してくる。

 前に出した剣は見事ゼルの身体を切り裂き、血の代わりに身代わりの魔道具が破壊された。


『そこまで!!魔道具破壊を確認!勝者!勇者アキト選手ううぅ!!』



 その頃、とある観戦室では…。


「チェックメイト。これで89勝672敗だな。やっぱり脳筋の俺には賢神の女神には勝ち目は無いな。それよりチェスもそろそろ飽きてきたな。そうだなぁ次はトレーディングカードで勝負を付けよう。銀狐も強制参加だ」


「ふふふ、それじゃ勝者のお願い事の聞いて貰おうかしら?」


「うちもおにぃはんに一勝でもしたらお願いしぃてもいいかのぉ?」


「ああ、どんな願いでも喜んで叶えてやるぞ」


 そんな会話があったとか、なかったとか。

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