閑話8 勇者から見た闘技大会 

『これより!闘技大会四日目の終了をお知らせしたいと思いま~す。観客の皆様は各自足元に注意しながら出入口ゲートまでお進み下さい。明日は遂に準決勝の試合が始まります!いや~私も大変明日が楽しみです。それでは我らが愛するランキャスター王国に栄光あれ!ではでは、また明日~』


「す、凄い!」


 今日の試合は全部終わったはずなのに、未だに僕の興奮は収まっていなかった。某国民バトル漫画も屁じゃないほどの目の前で繰り広げられた激闘の数々。現代社会日本にいた頃には絶対に見ることは無かっただろう、正に全てを掛けた死闘!

 ふと、気づけば僕が握っていた手は汗でビショビショになっている。茉莉に後でハンカチか何かで汗を拭くものを持っていないか聞こう。


 …でも、激戦の試合より一つ気になっていることがあった。思わず彼等が居る観戦室へと視線を向ける。そう、ショウさん達だ。


 試合中彼らの様子が気になった僕は一回、ふとショウさんと一緒に二名の美女と座る観戦室へ目を向けた。


 途端僕はびっくりして声も出すことができなかった。だって、試合に興味なんて無さそうなショウさんと、彼の隣に座った銀髪の物凄い美女が何とチェスを指していたから。

 

 まずこの世界にもチェスが存在することに驚いたが、それ以上に驚いたのは、僕もこっちに召喚されてからレベルは上がってステータスも召喚された時とは段違いなのに。…二人が動かす手の動きが全く見えなかった。瞳に魔力を集中して強化して見ても、全然動きを追うことは出来なかった。それなのに両者の手が見えなくなり数秒したらチェスの勝者が決まっていたんだ。本当びっくり仰天だよ。


 それで僕は理解したんだ。彼等にとってこの闘技大会は、お子様のお遊びに過ぎないって。


「…君。…陸君!」


「え?あ、茉莉丁度良かった、ハンカチか何か汗を拭くもの持っていない?」


 すぐそばで僕の名前を耳にしたので、横へ振り向くと先ほどまで元クラスメイトと一緒におしゃべりをしていた茉莉が立っていた。…彼女の表情には何故か悲しそうに、何処か泣きそうな顔。どうしたんだろう。悪口でも言われたのかな?


「え?…う、うん。…はい」


 でも、悲しそうな表情を見せたのは一瞬だけで、僕が声を掛けたら天使のような笑みを浮かべて彼女のポケットか日本から召喚された時に所持していたピンク色のハンカチを渡してきた。男子高校生の僕が可愛らしいキャラクターが刺繍されたピンクのハンカチを使うのは少し抵抗があったが、背に腹は代えられない。ありがとう、と感謝の言葉を伝え手に掻いた汗を綺麗に拭き取る。


「凄い…光景だね。日本にいた頃には見れるとは思わなかった光景」


 手の汗を拭き取った後ついでにと額に引っ付いた汗も拭き取っていると、闘技台をぼんやりと眺めていた茉莉の口からポツリと言葉が零れる。


「そうだね。半年前にはこんな事になるなんて誰も考えていなかっただろうね」


 彼女の言う如く僕も言葉を続ける。そうだ。僕もこんな小説の物語みたいに地球とは全く異なる世界に召喚されるなんて、今でも夢物語だと思いたい。


「私たち、故郷に帰れるのかな」


 …やはり、さっきショウさんから話を聞いた時から色々不安なんだろう。僕も同じ気持ちだよ茉莉。

 

 瞳に涙を堪えて憂わしげな表情の彼女の手を強く、そして優しく握る。まるで雨に濡れた子犬みたいに心細げな不安そうな彼女を守れるのは僕しかいない。例え周りのクラスメイト達からは最弱勇者と罵れらようとも、彼女を守り切って見せる。でも…今は彼女の為に鬼となろう。


「僕も分からない。それでも、覚悟はしておいた方がいい思う」


 僕の言葉にビクッと肩を震わせた彼女が僕の目を見つめてくる。


「覚悟って…なにを」


 泣き出しそうに切実な声。遠い星の瞬きのような、寂しげに震える声。思わず何でも無い、と誤魔化しそうだ。それでも、僕は伝える。


「この異世界で…暮らす覚悟を。もし魔王を倒しても故郷に帰れない可能性がある現実を」


 そう伝えた僕自身日本に帰れないという恐怖で激しく胸の底で蠕動する。唇がカサカサに枯れそうだ。


「そう…。そっか~帰れないかもしれないのか~。あは、あはは」


 反対の空いた手を強く握り締める。強く握り締めすぎたのか手のひらから生温かい赤い血が指を伝わって床に垂れる。彼女の心が壊れてしまうかもしれない。それが何より怖かった。彼女を失うかもしれないと。


 しかし、そんな心配の中。茉莉の表情は何処か晴れやかな笑顔を見せていた。でも…普段皆に見せる笑顔とは何処か異なる機体的な笑顔。僕だけは判別できる僅かな違い。


「大丈夫、大丈夫だよ陸君。私は…うん、平気。なんとなく、何と無くなんだけどね?そうじゃないかな?って感じてた」


「え…?それって」


 今度は僕が驚きのあまり言葉が出てこなかった。


「ふふ、だって良く考えてみてよ陸君。帝国やこの国にも日本でよく見かけた魔道具化された製品、食品等が溢れている。帝国から飛んできた飛空艇も見覚えがある形状でしょ?それにショウさんから聞いた1100年前の勇者と800前に召喚された勇者の話。それに覚えてる?私たちがお城に召喚されて初めて食事を。メイドさんは昔って言ってたけど。普通1100、800年前を「昔」とは言わないよね、使うなら「大昔」か「古」だもの」


「ああ」


茉莉の言う通り。何も間違っていない。


「それって定期的に、恐らく100年毎に勇者を召喚してる事になるんだ」


「そう…なるね」


 唾をゴクリと飲み込む。


「……これから色々な事があるかもしれない。嬉しいこと、悲しいこと、後悔すること、懺悔すること。本当に色んな出来事が起こってしまう。でも、貴方とならどんな困難でも立ち破ってみせる」


 そう言い終えた茉莉は僕の腕を掴み、その手を絡ませて頭を肩に預けた。彼女の体温が腕全体にいきわたる。


 …父さん、母さん。親不孝な息子でゴメン。そっちに帰れるかは分からない。でもこれだけは言わせてほしい。


ーー二人の息子として生まれた僕はとても幸せでしたーー



「やあただいま皆。僕の戦いぶりはどうだったかい?」


 それからゆっくりとした時間を過ごしていると。観戦部屋の扉が唐突大きな音を出しながら開き、さっきまで試合に参加していた煌斗君が戻ってきた。


「煌斗君!かっこよかったよ!流石私たちの勇者代表!」


「本当凄かったわ~。惚れ直しちゃったかも」


「煌斗!あの技凄かったぜぇ!」


「今日も楽勝だったな!煌斗なら優勝間違いなしだよ!」


 彼が姿を現した途端に、部屋にいた他のクラスメイト達が騒ぎ出し、煌斗君を囲むように集まった。


「あはは、そんな照れるよ。でも、ありがとう皆。それもこれも皆が応援してくれたからだよ!感謝している。これからもよろしく!」


 クラスメイトの絶賛に照れたように頭を掻く煌斗君。だけど…皆から褒められている彼の視線は周囲を囲むクラスメイトでは無く、隣の王族専用観戦室の一角に置かれた宝石が散りばめられた凄く豪華な椅子に座るこの王国の第三王女様。名前は確かエレニール姫だったかな?


 帝国で大勢の美人を見てきたけど、彼女等より一段階高みの美女。茉莉にバレないように僕もうっすら確認して程度だが、出るところは出て、引っ込むところはキュッと引いた惚れ惚れするスタイル。


 そんなお姫様のお姿を見かけた煌斗君どうやら一目惚れしてしまったらしい。既に求婚を申し込んだとか。

 

 でも、王宮で過ごしている時にとある一つの噂を耳にした。


 噂の内容は、彼女に将来を誓った婚約者がここ王都に住んでいるとか。



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