第146話 大野外演習その12
「うーむ森に到着した事だし、俺はここまでだ。代わりにお前達を引率する冒険者を呼んでくる間、適当に学園が用意したテントでも設置しておけ。それじゃ一旦解散!」
学園用の馬車に乗り込んだ私を含む演習参加生徒等は、魔都を囲む外壁から出て一時間程馬に引かれて着いた目的の場。一足先に馬車から飛び出たアンソン先生が早々私達グループに話かけてこの場を後にした。一刻も無駄のない鮮やかな身のこなしで私たちの目から消えていく。
「……先生もああ言ったし、私達も先にテントを張りましょ。ほらっ良い場所が他生徒に取られる前より敏速に」
「「「はい!」」」
グレイシア先輩の掛け声に意識が再構成された後輩の私達は彼女の後を追うようにせっせと自分のテントを馬車から取り出すと、袋に入ったテントの重量にのろのろと上体をふらつかせながらも、ゆっくりとしたのろい足取りで一歩、二歩と足を進める。履いたブーツの靴底から土特有の柔らかい感触が足に伝わってくる。ザッザッザ、雑草の上を踏み締めて進む。
「ここ…良いかも」
今回の学園行事で寝泊まりする位置は街道から少し離れた平らな草原。現地から近すぎず、遠すぎず。
寒さで根方に落ち葉が吹き寄せられて溜まった大きな木を背に向けると、両手に抱えたテントを地面に置いてしっかりと広げる。前世の頃は何度か友人とキャンプ場まで赴き何回もテント張りをした経験もあるからテント設営なんてお茶の子さいさい! 短時間で一人でもテント張りが完了した。
「うーんぅ。自然の中で久々に体を動かしたらお腹空いちゃった」
使った筋肉をほぐそうと両手を突き上げて大きく伸びをしたら、お腹がかすかに、くぅーっと情けない音を発する。
ある程度プライバシーも確保出来た事実に重荷をひとつ下ろしたように感じた。
「あ、あの…隣使っても良いでしょうか?決して文句は言いませんので」
「ひゃえ…?」
雲一つ見えない空に向かった体を思いっ切り伸ばしていると突然隣から声を掛けられた。
隙だらけのだらしない姿を見られた恥ずかしさに普段の私からは決して有り得ない幼い声を放つ。――って!?
「ビ!ビックリしたぁ~。も、勿論隣使っても構わないよ!それより一人でもテント張れる?慣れてないなら私、手伝うよ」
深緑色の髪で顔を隠して、オドオドと何処か子羊を思わせる学園の女子生徒。ぶかぶかのローブにもこもこのコートを重ね着した彼女のネクタイに目を向ければ私と同じ学年を示す緑のネクタイを結んでいた。ビンの底のような分厚い丸眼鏡をかけているけど、伸ばした髪のせいで眼鏡の下の目の表情は分からない。同学年のはずなのに一度も出会ったこと無い初対面の人だ。
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます。よ、良かった~。知識では知っているんですけど触るの初めてだったので途方に暮れてたんですよ~」
「あはは、初心者は誰でも困惑するけど予想より簡単だよ、テント設営。先ずは凸凹が少ない地面の上に広げたら説明書に描いているポールを通してテントを立ち上げたらフックを引っ掛けて、足でペグを押し込んで地面に固定したら最後に雨漏り防止のシートを被せてこれもペグで留めれば――はい十分じゃ無いけど完成だよ!」
見るからにアウトドア慣れてない彼女に基本とコツを解説しながら実際に二人で張れば、五分も掛からず完成した。
「うわぁ!凄い、本当に出来ちゃった…。凄いよ!」
髪に隠れて表情は確認出来ないけど、手をたたき観声のように明るい声を上げる彼女には今会心の笑みを見せているだろう。
「――あっ!そう言えば名前を教えてなかったよ!私は二年の『サブリア・アビー・ミーストレア』。最果て男爵生まれの貧乏っ子だけど、こんな私とお友達になってくれたら嬉しいな」
「勿論!一緒にテントを張ったら、もう私達は友達だよ!同じ二年の『ヴィオレット・フランソワ・ミレディリック』だよ!これから仲良くしようね」
「えへへ、よろしくねヴィオレットちゃん!」
シャリスと離れ離れになった気落ちしてたけど新しい友達作れたし幸先いいね!この調子で危険なサバイバル有の野外演習何てちゃちゃっと終わらせよう!
「それじゃサブリアって呼んでも良い?」
「――っも、勿論だよ!私もヴィオレットちゃん、て呼んでもいいかな?」
「うん!ヴィオレットって長いし、良ければヴィーでも構わないよ?」
「う、うぅそれはちょっと恥ずかしいよ…」
顔を俯いてはずかしそうに上半身をくねくね曲げるサブリアは、それはもう可愛かった。
「私に初めて出来た友人があの、有名なヴィオレットちゃんで星周りの廻りが聖光神様の采配のお陰だよ!」
そんな大袈裟に告げるサブリアに私は「いやいや」と手を振りつつ否定した。
「私が有名なんて、過大評価もいい所だよ!もっと気楽に、友達に成れたのはささやかな偶然の結果にしよ?…それよりサブリアは何処寮なの?授業でも見かけた事無いよ」
一際目立つ風柄のサブリアを学園内で見かけた事が無かったからその辺について聞いてみる。
「一応ローズエアー寮のメンバーけど、普段は図書室の隅で本に囲まれながら勉強ばっかりしてるの…」
「あ~あの図書館ね。そりゃあサブリアを発見出来ないよ!」
反射的に苦い笑みを微かに頬に含んで肯定を示す相槌を打った。
千年を超える歴史を誇るイヴァルニー魔法魔術学園にある図書館に収集された本の数は魔導書を足せば、約七万冊を超えるとか。二階建てに地下一階の図書館を利用する生徒なんて余程の物好きじゃないと。
耳にした噂に、蔵書された本を完読するには不老の秘術を手にしても数世紀の時を要するとか。
それにしても、わざわざ図書室に通って勉強するサブリアは随分頭が良い子らしい。
『風7組の班員全メンバーに告げる!準備が完了次第即座に、現地に集合するように!』
「っあ、『風7』組って私のグループだ!ゴメンねサブリア、私行かないと!」
新しく友達になったサブリアと他愛もない女性生徒同士のお喋りをお互い交わしていると風魔法を応用した音響魔法で拡張した声が一節の風に吹かれて耳に響いてきた。声からしてグレイシア先輩のだ。
「私は気にしないよ。ヴィオレットちゃんも演習頑張ってね!」
「うん!」
一言告げて見送るサブリアに手を大袈裟に振って、私は馬車から降りた所まで戻った。
「私が最後ですか!?お、遅れてしまってごめんなさい!」
駆け足で戻って来たけど、私が最後の班員だったようで、謝りながら集団の中心に立つグレイシア先輩の傍に寄る。
「いや、丁度他のメンバーも集まった頃だ。気にしないでくれ、それよりアンソン先生が演習終了まで私達を引率する冒険者を連れて来たようだ」
運よく皆を待たせなくて済んだようだ。けどそれ以上に先生が連れてきた冒険者の事が気になった、どんな人だろう?
「うーむ、全員集まったか?…よし俺の代理人として演習中お前らの安全を確保する冒険者にお越しになってくださった。何と隣国のランキャスター王国でA級冒険者の実力者だ、皆も粗相のないように!――ではショウ殿、後はよろしくお願いします」
「……ああ」
妙に緊張した口調で話すアンソン先生に憂わしげな表情を見せる私達。
しかし、私達の抱えた不安は先生の背後より姿を現した人影が目に入った途端、全てが平行線彼方へ消え去った。
「普段は王都ランキャスターを中心に活動しているA級冒険者のショウと言う。勝ち運にも恵まれてギルド内からは『孤独狼』の二つ名を授かっている。短い期間だがよろしく頼む」
「「「……」」」
目が奪われるのは、こういう意味だろう。我はそう思う。
「(うわぁ…すっごい綺麗な顔。抜けるように染み1つないのに潤った白い肌。釣り目で鋭いけど二重でパッチリしてるし鼻もスラッと完璧に整ってる。口の形も均等が取れているし、少し薄い唇のバランスの良さ。睫毛長っ!短く整えられた黒と銀が混じり合った髪も痛んでる様子ないし…。身長高くて衣服の上からでも鋼の様な固く締まった筋肉は、もう涎が出そう!何て表現すればいいんだろう?芸術の神様が手元にある粘土を全力でこねたら出来上がった神品って感じ――)」
紹介された冒険者の彼は生きてきた中で誰よりも神秘的な男性だった。
――絶対乙女ゲームの攻略対象でしょ!!?
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