第145話 大野外演習その11
それから、学園長による眠気を誘うありがたい開会の挨拶が終わり、野外演習に参加する生徒たちは各々行動を開始した。単独グループで馬車へ驀進していく者もいれば、他グループに声を掛けて複数で進んでいく生徒もいた。二百は超える十代生徒たちが一斉に移動する光景にぎょっとして立ち尽くしてしまう…。
けど反射的に元通りに舞い戻り、事前に配られたグループ組み分け表の紙を手元に、キョロキョロ周囲を見渡して私が加わる組を探し歩く。
「すみません。先輩方も『風7』組ですか?」
「んぁ?…ああ、『風7』で合っている。すると君は二年のヴィオレット嬢か?」
それらしき集団グループを見つけた私は、長身で凛とした佇まいの女先輩に声を掛ければどうやら当たっていた。学年を示す色分けされたネクタイを見る限り彼女は最高学年の七年生。先輩の全身を纏う魔力の流れを一目すれば、私の本能が伝えてきた――先輩の力量が。
っは!ぼんやりしてる場合じゃ無い!
「は、初めまして!此度同グループに参加します二年の『ヴィオレット・フランソワ・ミレディリック』と申します!未熟者ですが、今回はよろしくお願いします!」
「うむ礼儀も持ち合わせている元気な子だ。こちらこそ宜しく、七年の『グレイシア・リッド・二プラント』だ。ミレディリックの天才次女の評判は地元まで届いている」
「きょ、恐縮です…」
な、何だか恥ずかしい…。魔力量だけの私より魔力が高くて美貌も負けず劣らず整ったグレイシア先輩に褒められて思わず嬉しさに口の笑みが浮かんでくる。成人する頃には先輩の様な立派な振る舞いになりたいと願う程。
照れ隠しに、肩をくすぐる自分の青い髪の毛を指でクルクル回す仕草をしつつ強引に主題を変える。
「え~それより、集まったグループは私で最後でしたか?」
「惜しい!君の他にもう一人待っているんだ。それに演習の目的地まで引率する教師もまだかな」
「そうですか、良かった」
私が最後じゃ無かった事につい緊張が和んで肩の荷が下りる。鼻から雲が出てきそうな長い息を吐いて、気を引き締める。未だや野外演習は始まってすらいない、気を抜くには早すぎる。
「――っおい!俺様を引っ張るな!おい!聞こえているんだろ!さっさと手を離せよっ!」
「うーむ今日も雲一つ見えない冴え渡った空、これは神様が贈ってくれたとしか思えないような快晴!そう共感しないか不良生徒君?」
「ぅるっせ!無理矢理教え子のローブ引きずる糞野郎の言葉とか聞きたくねーよ!んな事より汚ぇ手退けろ!俺様のローブがヨロヨロになっちまうだろ!」
グループが全員集まるまでの間、グレイシア先輩と他愛ないお喋りを交わしていると私の背後から何やら怒号のような男の声と、何処か余裕の声音が耳に流れ込んでくる。会話の主に気になった私は腰まで届いた、サラサラと油気のない青髪を縄のように振って見返った。
「…」
後ろに身体の向きを変えたのは良かったけど、自分の目に映った奇妙な光景に私は数秒間言葉を発する事が不可能だった。
だって…。ソーセージサイズの葉巻を唇の間に咥えた教師の格好をした男性が野獣のように荒ぶる男性生徒のローブを引っ張って地面に引きずる姿をひと眼見るや誰だって言葉を失う。
「っお?どうやら俺達が最後らしいな。うーむ、顔見知りの奴らも居るが初顔合わせの生徒二人も居ることだし、自己紹介と洒落ようじゃないか!…。『マルシア・アンソン』、担当授業は高等攻撃魔法及び防衛魔法を努める他よりイケてる只の教師さ…。んで、演習当日にも関わらずコソコソ逃亡しようとした此方の不良生徒は五年生の『ケビン』だ。ほら、お前もちゃんと挨拶しなさい」
そう言うと地面に引きずって来た見るからにガラが悪そうな先輩を此方へ放り投げてきた。
…え?教師が生徒投げても良いの!?。
「っ痛!…クソッ手荒なマネしやがって。ッチ…『ケビン・レビテオ』。先輩だろが何者も俺に必要以上関わるんじゃねえぞ!余計な邪魔したら杖手の腕折り曲げてやんよ!」
ひぃー!絵に描いたような不良少年。平和な日本と違いこっちの世界じゃ本当に軽い気持ちで此方の腕を折りかねないよ。っよし、ケビン先輩の警告通り近寄らないでおこう。もし美しい天女並みの美貌に傷一つ付けられたら、絶望の余り心が闇に支配されて暗黒面に堕ちるかも…しれない。
と、取り敢えず初対面だし私も自己紹介しよう。
「初めましてアンソン先生にケビン先輩!二年の『ヴィオレット・フランソワ・ミレディリック』と申します!足手まといにならないよう頑張ります!」
気合をかけた完璧な挨拶っ、私の外見も加われば可愛さ無限大。前世の社会人なめんなよ~!。
「うーむ、コチラこそ宜しくヴィオレットちゃん。他二年生と比べて随分と巧みな魔力操作だな、演習が終了した後でも良い、俺の授業を受ける気は無いか?四年から選択出来る科目だが特別に許可しよう」
「あはは…。前向きに検討しておきます」
「うーむ、そうか。いつでも待ってるよ」
そう微笑むアンソン先生、でも先生の目は決して笑っていなかった。…もしかしてヤバい魔法狂い教師に目を付けられた!?
内心気落ちしながら次にケビン先輩に視線を向けた。
「うるせチビ。オメーなんか雑魚興味ねーよ」
…もう泣いても誰も文句言わないよね?…ビエン。
「悲しい顔をしないでくれヴィオレット嬢。折角の学園演習なんだ、出来たら愛くるしい笑顔で馬車へ乗り込もうじゃないか?」
「グ、グレイシア先輩…!!」
癖の無い私の髪を優しく撫でるグレイシア先輩に思わず百合の扉を開けてしまう所だった。同性に恋愛感情は持ち合わせてないけど、グレイシア先輩とならキスまで許しちゃいそう。
あれ…私ってチョロインだった!?
「ほら班員全員集まったんだ。早速馬車に乗り込むぞ」
『はい!』
引率するアンソン先生の号令に集まった生徒たちの返事が重なった。
これは馬車の中で聞いた話なんだけど、何やらアンソン先生が引率するのは目的地の森までらしい。
…っえ、どゆこと?
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