第144話 大野外演習その10 (ヴィオレット視点)

 私は未来永劫、誰にも知られてはいけない秘密を隠している。…それは私の記憶に刻まれた生まれ変わりを果す前より異なる世界で生から死まで経験した生涯を覚えている事。

 生まれ変わる前の私は特徴も無い有象無象のOLとして毎日のように会社へ赴き、中小企業の歯車になった勤め尽くしの日々。例えるなら敷かれたレールの上を歩くような人生。


 それが何の因果か、最後の記憶に残ったのは仕事終わり、電車の中で意識を失った私は気付けば赤ん坊として目を覚まし、嘗てプレイしていたゲームの世界に転生していた。

 幼い頃の私は精神が体に引っ張られて、日本に残した家族を思い出し枕を涙で濡らした事は数知れず。


 けれど、今世の家族は無限の愛情を私に与え『ヴィオレット・フランソワ・ミレディリック』と名付けられた私はスクスクと健康体に成長していった。

 平和な現代日本とは違い、魔物と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する危険な星に零れ生まれて、決して心より安心出来る毎日では無かった。幸運にも裕福な子爵家の令嬢に生まれた私の暮らしは、前世の苦労が報われる平安な生活を送っていた。


 伸び伸び大らかに育たれた五歳の誕生祭、教会に赴き同年代の子供達と合同で成長の祝福を神に祈りを捧げ。その証明にステータス魔法と生活魔法授かった。

 魔力量の多さが絶対視されるラーヘム魔導国にて魔力適正が少ない者は、いくら他の能力が優秀でも雇い入れないと聞く。魔法が苦手というだけで格下と見なす。

 転生者特有の特典なのか私の魔力量は同年代と比べて大分多かったので初ステータス画面を両親に見せた時は絶賛されて、周りからも私は天才の生まれだと一時期話題になったりもした。


 年代は現在に戻り、冬の訪れを体感させる秋の終わりが肌に直に与えてくる。異世界に転生した私、波乱万丈、破れかぶれの、密度のある人生を過ごしていれば瞬く間に12歳になりラーヘム魔導国の名門校、イヴァルニー魔法魔術学園に通う二年生。

 ステータスを授かった日より、その才和に溺れず、どんな困難が立ちはだかろうと心折れない努力を続けてきた私。その結果が成果として表舞台に初めて出たのは、学園の入学試験結果が張り出される合格者掲示板で次席より大きく点数を離した主席に私の名前が書かれていたことだった。


 一躍有名になった私は学園での友達作りも拍子抜けするほどあっさりと出来、寮で同室となったシャリスは何処でも同行する親友も作れた。シャリス曰く、意外にポンコツな私を世話する事が好きらしい…頑固拒否したい!


「ヴィーちゃん、遠足に持っていく荷物全部詰め終わった~?」


「遠足じゃ無くて、演習でしょ?しかももれなく野宿付、サバイバル有の魔獣狩りだし…」


 本日は学園主催の催しである野外演習の日。危険が少ない日本で日々を生きていた私からすれば、安全性を憂慮する行事だと思うけど、去年演習に参加した先輩が言うには、魔獣や魔物と聞いて危険視するだろうが、大事故に繋がる可能性が随分低いらしい。…絶対無いと言わない所に恐怖を感じるが、まぁ万が一に備えて参加者に付き添う学園教師や腕利きの冒険者が護衛として一緒に居るらしい。


 よほどの不運が重ならない限り、貴人の死亡事件は起こらないと先輩は不安で震える私に教えてくれた。

 一年目の去年は参加しなかった私も、将来の為思って今年は参加する意を見せた。噂によれば、野外演習にて良い功績を残せば未来就職出来る勤め口が広がるとか何とか。


 低収入で死ぬまで働かさせる歯車の一部になりたくない私は無理にでも不安を振り払い、全力で熟すことにした。


 ベッドの上に腰を据えて、用意したリュックに予備の衣服。攻撃や、非常事態に備えた布で丸めたポーション類を詰めていると、同室のシャリスが私に抱き着いてきた。季節により下がった気温にポカポカ暖かいシャリスの体温は眠気を私に引き立てる。授業が休みの日なら抱き着くシャリスをそのままにしておくけど、今日は大事なイベント。予定された時刻に遅れる訳に行かないので泣く泣く彼女を引き剝がす。


 毎年初夏と秋の終わりに行われる学園の野外授業、1年生から7年生の合同グループとなって対魔物戦の実習、森で収穫出来る食材を調達したりと学園から出される課題をこなしていく行事。


 と言え、強制では無く、選択制の野外演習に参加する一年生は毎年5人もいないらしい。その理由は基本魔法を学び始めたばかりのたった11歳の子供が魔物と対峙出来るか、と尋ねれば万人同じ答えに行き着く。


「ヴィーちゃん準備出来たの?っよし!早速集合場所へ向かいましょ!」


 最後に寝袋を入れて荷物を詰め終えたリュックを背負う私、胸部ストラップを調整して肩の違和感を和らげていたら、人一倍大きなリュックを背負ったシャリスがもう待ちきれんばかりに玄関扉を限界まで開いて此方を伺っている。相も変わらず落ち着かない子…そんなシャリスだから私の親友になれたのかしら。


「待ってシャリス。本当に忘れ物無いでしょうね?後で『何々が無い!』って暴れても助けないよ」


「ふっふ~ん、甘いよヴィーちゃん!新作イチゴアイスクリームより甘いよ!この私、優等生シャリスが忘れ物等有り得ないよ~あっはっは!」


「はぁ…何回教本を寮に忘れて駄々をこねる貴方に本を共有したか覚えてる?」


「っう!…あ、あはは。そんな事もあったような、無かったような~。うん、やっぱなかったよ!」


「あったわよ!呆れる程忘れ物が多い貴方に毎晩使う教本を用意する羽目になった私の気持ちを考えなさい」


「うぅぅ御免なさい…。ヴィーちゃんのお陰様で非常に助かっているよ!大好き!」


「ハイハイ、それより遅れる前に広場へ向かいましょ」


 そっぽを向く私の腕に抱き着くシャリスに深いため息をついて諦めの境地に辿り着く私はもうどうでもいいと云う思いにつきあたって気が軽くなった。寮から集合場所の広場まで仲良く手を繋いで進む私達、残念ながら私とシャリスは別グループに振り分けたので、広場に着けば星のごとき目の裏に溢れんばかりの涙を堪えるシャリスに別れの言葉を言ってすーっと歩き進める、これ以上一緒に居れば彼女の瞳から筋を引いて涙が零れそうだったから。…うん、反対方向に別れた私も胸の奥がキュッとなりそうだけど我慢、我慢。

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