第50話 黒幕を見つけろ その6
「ふぅ…。終わったか」
襲撃を仕掛けてきた相手を全員無効化し、追加の暗殺者が居ない事を確認したエレニールが一息ついた。生活魔法で生み出した水を一気に飲んでいる。
「どうやら金で雇える人数はあれが限界だったらしい」
どれも達人といっても良い実力者であった。そう何人も雇えるはずない。
「そうか…。それではショウ。案内を頼む」
「ああ」
多少の休憩を取ると頷き、目的地である離れの建物へと歩いた。
「…ここか」
「ああ、ここだ」
そう頷くが、彼女の視線は目の前に建てられた古い建物へと向けられていた。ここだけ空気が重たい気がする。…いや、実際にここで殺された人達の無念や、憎しみが一ヵ所に集まっているのだ。魔素となって。
エレニールも全身に感じ取ったのか目に涙を溜めている。それしか王国の王女として精一杯出来る事だ。
深く、深く。呼吸を取った彼女が俺の顔を見る。
「分かった」
何も言わなくとも分かっているので、その一言だけ言い。苔が張り付いた鉄製の扉を開ける。鍵は掛かっていなく、何事も無く開いた。
「誰かいる」
下へ下がる階段の先に薄っすらと光が零れている。昨晩は光など付いてなく、真っ暗だった。つまり、地下の空間に誰かが居る意味を示している。
「…っう…これはきついな」
俺の後に剣を構えたエレニールが入り口を潜ると、どうやら地下からの強烈な死臭が籠っているらしく。その美しい外見を顰めた。あまりの臭いに剣を持っていないガンレットで鼻を隠すように覆う。
騎士団隊長は戦場で慣れていらしく眉に深い皺を寄せるが、平静を装ったいた。
ガシャン、ガシャンと鎧が擦れる音を響き渡せ、地下へ向かう階段を降りる。三人の顔は人形のように表情がなく、無表情で正面を見ている。エレニールは心で歯軋りするがそれを表に見せないように出来るだけ無関心を顔に装っている。彼女が無理をしているのは一目瞭然だ。
「……ここだ。俺が見つけた犠牲者達がいる場所は」
一言も話さず、階段を降り続けると魔法陣が描かれた空間へと入る入り口が見せてきた。俺はちょっとの間、足を止め背後にいる二人に忠告をすると入り口を潜った。
「…」
「なっ…何だこれは………本当に…これ程の国民が犠牲になったと言うのか。…神の使徒とやらを馬鹿らしい物体を召喚する為だけに?それ…だけの理由で皆こ…こで殺されたと言うのか」
「これは…惨い」
数え切れないほどの死体の数々を確かめたエレニール達からとても弱弱しい言葉がその口から出た。
状況は理解していたはずなのに、改めて現状の有り様に胸を抑えつけ、涙を耐えるのに全力を注いでいる。愛する国民を守れなかったのが悔しくて悔しくて仕方がないのか、胸を抑えつけているガントレットからひび割れ音が聴こえてくる程、拳を握りしめている。彼女を纏う魔力の流れも津波のように荒く暴れている。
「おお~!これは、これは!エレニール王女殿下様ではありませんか?ご機嫌麗しゅう本日も美しいですね。殿下もこの奇跡が起きる瞬間をご覧になさるので?」
奥から声が聴こえてくる。俺達は声が聞こえてきた方角へ目線を向けると。中央奥に設置された祭壇の様な壇に座り、ワインを飲んでいる男性の姿が見えた。
「ティダハム卿!自分が何をしたのか分かっているのか!!」
ティダハムと呼ばれた男性の姿を見た瞬間、エレニールからの叫び声が上がった。凄い剣幕だ。顔中にどことなく殺気が漂っている。しかし、ティダハムの表情には一ミリの関心も無いのか、淡々として水のごときものを感じた。
「はて…?私は奇跡を起こすために準備をしただけに過ぎませんよ?何をそんなに激怒する必要があるのですか殿下?」
「なっ……」
男の言い分にエレニールは怒る事すら忘れ、思わず絶句した。
だんだん、彼女から発せられる殺気が重くなっている。
「…もういいティダハム。お前はこの私が責任を持って殺す。それだ私が唯一出来る償いだ」
そう言い終えると身体強化を使い、目に負えない程の速度でティダハムへ向かい剣を振り下ろした。
――ギギイィン!!
しかし、彼女の攻撃はティダハムが座る祭壇の手前で目に見えない結界に遮られた。
「残念ですが、今の貴方の攻撃では私に当たることはありませんよ。それより、そろそろ召喚を始めましょうか?本当は貴方に流れる勇者の血が欲しかったんですか。まぁ些細な事です」
ワインを飲みえると、懐から取り出した水晶玉のような透明な宝玉に魔力を込め。地面一面に描かれた魔法陣へ向かって叩き付けた。
水晶が粉々に割れると、次の瞬間床の魔法陣が光り、薄っすらと浮かび上がる。
すると大量の死体から何か中心に向かって吸い込まれていく。あれは…マナだ。大量のマナが中心に集まっていき、段々その姿を作りあがていく。
「あははははは!奇跡だ!奇跡が起こるぞ!ここに神の使徒が誕生するぞ!これで私は使徒の主となる!」
興奮したティダハムが立ち上がり、高らかに笑っている。その顔には感激で涙を流している。
「ティダハム!貴様!」
エレニールが再度剣を振るうが、見えない壁に遮られ。かすりもしない。
死体のマナを全て吸収した召喚魔法が完成した。そこには三メートル程の巨人が居た。背中には竜のような翼に蛇の頭が付いた尻尾が生えている。
額には角が生えており、その手には身長と同じ長さを持つ大剣を振り回していた。正に異界から出て来た魔物だった。
「おおーあれが神の使徒か!外見は醜いが、それは別に構わない!では我がシモベよ初めにそこでうろちょろしている人族を殺せ!」
両手を横に差し出しながら命令を出すティダハムへ怪物は大きな足音を立て向かう。
「ん?どうした我がしも……」
何か言いたげのティダハムだったが。召喚された魔物が振り下ろした大剣によって木端微塵に殺された。ギュチャリと肉が潰れる音がし辺に血を撒き散らす。
空中に飛んできた一本の腕を掴むと、ソレを口の中へ入れた。
周りをキョロキョロを見渡した魔物が俺達に狙いを定めたらしい。
汚い叫び声を上げながらこちらへ掛け走って来る。
「ショウ!ナイン団長!手出しは無用だ!私一人でこの魔物を片付けるっ!」
すると横から高速移動してきたエレニールが雷エンチャントを付与した剣で下から腹を斬り上げる。
ダメージが入ってるとは思えない。レベルもあの魔物が高い、特に防御力が特化している。彼女の攻撃では物足りない。
「殿下!一旦撤退しましょう!我が騎士団全軍をぶつけるのです!」
彼女の言葉に中年団長が一つ案を出す。名案だ。確実に倒したいのなら大人数で一斉に攻撃を仕掛けた方がいい。
「断る!こいつを王都に解き放った際には犠牲が更に増える可能性がある。これ以上我が国民の命を奪わさせるわけにはいかない!今ここで!私が葬るっ!」
言い終わると、魔物が横へ振りかぶる攻撃をしゃがみ回避すると。反撃と分厚い腕に切り傷を与える。だが、傷を与えても瞬く間に再生し初め。数秒後には何事もなかったかのように回復していた。
「っち」
どれだけ傷を与えても即座に完治する魔物に王女であるエレニールが舌打ちをする。
後ろに飛び、背後にいる俺達の元へ着地をする。
「…ショウ。手を貸してくれないか」
苦り切った表情で俺に助けを求める。…そうだな、犠牲者から苦しみを解放するか。
腰に差したレイピアを抜き彼女の横に立つ。
「シャァアアアアアアアア!」
いきなり前に出て来た俺の実力を感じ取ったのか蛇の頭をした尻尾が俺の方へ振り向き。パカッと口を大きく縦に開けると、猛烈な炎が放出された。
「返せ 『リフレクト』」
俺は怯む姿を見せず、目の前に軽く手を上げると光魔法リフレクトを唱えた。
光の魔法陣が現れると鏡の様な透明な壁が出現する。すると放出された炎を全て吸い込まれ、反対方向へ炎が敵に向かい放出される。それも炎の威力も上昇して。
俺に向かって放った炎が返されるとは思っていなかったのか魔物ながらに驚いていたのか、真横に跳躍し躱そうとした。
「っはぁ!クロスミラージュ!」
しかし魔物の動きを読んでいたエレニールが先取りしており。攻撃の構えを取ると、跳躍中の魔物に剣術を放つ。
バターを裂くように首から下に掛けて十字に深い傷を負わせる。
「…これも回復するのか」
大量の血を流す程の深い傷を負わせるが、結合と再生を繰り返してみるみる回復していき。まるで傷など最初からなかったかのように元通りになる。
再生を終えた魔物は目の前にいるエレニールに上から渾身の一撃で、その巨大な大剣を振り下ろす。
「っく!…」
避ける事が出来ないと把握した彼女は頭上に剣を横にして、その強力な攻撃を受け止めた。同時に金属のぶつかる甲高い音が響く。
身体強化を纏った彼女でも厳しいのか、地面をへこませ耐えている。
「っぐ!」
「殿下!!」
渾身の攻撃が通じないと分かると、その攻撃で精一杯の無防備の彼女に胴体へ真っ直ぐ蹴りを入れた。
防御する暇も無く真正面に蹴りを受けたエレニールは、物凄い速度で壁に叩き付けられた。
爆発でも起きた程の物音が響き渡り、大量の砂埃が舞う。
階段の入り口を警護している中年団長の叫び声が聞こえてくる。
魔物は彼女に狙いを定めたらしく。地面を蹴ると一直線に彼女を叩きつけた壁に攻撃を与えようとした。
『剣波』
彼女の殺させるにはいけないと、俺が放った衝撃波は魔物の足をすり抜ける。
ずるりと足がズレ、大量の血をまき散らす。
バランスが崩れた魔物はエレニールがいる近くの壁に頭からぶつけた。
その間に彼女を『アポーツ』で俺の傍まで引き寄せた。
「ッ!す、すまない」
幸いな事に彼女の意識はきちんとしており、戦いの気力もまだ無くしていない。
「気にするな『ヒール』」
そんな彼女に回復魔法を掛け、体力を回復させる。
「…本当にお前は何でも出来るんだな」
ポツリと言葉を漏らすが、顔な真面目なままで壁に激突した魔物を見ていた。
「雷の魔力を 我に更なる力を 与えよ 何物にも 感知されぬ 雷を 『雷鎧』」
足を曲げ腰を低く下ろすと雷魔法を唱えた。すると彼女を巻き付ように雷が彼女を覆った。
「雷鳴剣!」
叫び声を上げた彼女の姿は無く。居た場所に電光が伸びる線だけが残されていた。
目線を前に向けると同じような電光の線が至る所残されている。他の人には決して見えない速度だが、俺にはハッキリと彼女が移動している姿が確認出来る。
丁度ぶつかった壁から立ち上がった魔物が、空間に広がる電光を興味深そうに眺めている。
高速で移動してるエレニールはがら空きとなったその背中まで移動すると翼の片方を根元から斬り裂いた。
悲鳴を上げながら背後を振り向き、地面に拳を叩きつける。その瞬間にも彼女の目に留まらない攻撃により全身に傷を負わせていく。
「ふむ、これだけ傷を終えても再生はするのか」
「そうだな、確実に首を刎ねないとあの魔物は死なないな」
俺の真横に来ていたエレニールに伝える。実際に切り落とした翼には再生が起こっていなくそのままだ。
「しかし、私の攻撃力では奴の首を刎ねる事は容易では無いだろう」
苦虫を潰したような顔で答えるエレニール。彼女の額には汗が浮かび上がっている。これ以上の負担は彼女に壮大な疲労感を残すだろう。そろそろ終わらすか。
そう考えると、ゆっくりと魔物の方へ歩き出す。
恐怖も無い、怖気づかない俺に何故か怯える様子を見せる魔物。もしかして俺が普段抑えている神力を感じ取っているのか?まぁどうでもいいことだ。
「お、おいショウ!待て!」
後ろで俺を呼び止める声が聞こえてくるが無視し、歩く。
「ガアアアアアァ!!」
俺に向かった遠吠えをすると、掛けながら大剣を上から俺に向かい振り下ろした。
「…」
振り下ろされた一撃をレイピアで地面にずらし、俺の目の前に出された巨大な首を撫でる様にレイピアで切り終える。
後ろに振り向き、目開いているエレニールの元へ歩き出した頃には首がゆっくりとズレ、血しぶきを巻きながら地面に落ちた。
これで依頼は完了だ。
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