第182話 帰国の旅路 その2

 俺を含む王国使節団を乗せた魔導列車は魔都ガヘムを出発し、終点であるヴェンロン要塞へ向かった。

 その間、空いた時間を潰すために、遥か彼方まで続く壮観な景色を眺めたり、行きと同じように、隣の席に座ったB級冒険者『オーレリア』と世間話を交わしていれば結果、時は瞬く間に流れていった。


『まもなく当列車はヴェンロン要塞。ヴェンロン要塞駅ホームに到着します。お荷物のお忘れの無いよう、ご注意ください』


 車内放送が列車に轟けばそれから間もなくして車輪の速度を落としていき終点に無事到着する。


『ご乗車、誠にありがとうございました。次回のご利用、心よりお待ちしております』


 眼下のホームに視線を向ければ先頭車両に乗車した要人の姿が既にあった。次に一般車両を利用した乗客たちが立ち上がり群れのように揃ってホームへ向かい始める。俺もそんな冒険者達の中に紛れるようにして列車を降りる。

 ホームへ辿り付くと、案内役を頼まれた兵士が発する号令に従って駅構内を抜けて外へ出れば、一回り大きな広場に豪壮な要塞が目に入る。


「帰りも…あの沼地の森を抜けないとならないのか」


 要塞の城門へ足を進めていると傍で思わず泣き言を零した冒険者、その者の表情を盗み見れば云い知れぬ失望に陥った、蒼ざめた顔。…確か奴は行きの時も文句を垂れていた筈。

 ステータスを確認すれば努力値に変化は見られない、レベルも上がっていない所を鑑みるに魔都で堕落に暮らしていたか。暫くC級に留まる未来が見える。


「うん?ああ、お前知らないのか?」


「知らないって何がだ?」


 難色を示すC級冒険者の肩が叩かれ、他の冒険者が近づいてきた。彼等が交わす会話に耳を傾ける。


「何でも、道路舗装工に長けた土魔法使いを事前に雇ったらしいぞ。それも我ら姫殿下が直々に依頼を出したらしい」


 彼の言葉に暗い表情を見せていたC級冒険者の面に段々笑みを浮かべ始める。


「おぉ!本当か⁉俺達の為に王女殿下が態々骨折って下さるなんて慈悲深いお方なんだ…っ!」


 歓喜極まった冒険者はエレニールがいるであろう前方へ心酔に値する眼差しを送る。




「うむ、頼まれた指示は此処までだ。冒険者の皆方は要塞正門にて出国手続きにサインし、簡易な王国指定規制品目持ち込み検査を終えれば晴れて国境線を進む事が出来る。魔法袋マジックバッグの中も調べられるから禁止品を持ち込む奴は厳しい処罰が待っているので肝を据えるように。では…俺は隊へ戻るからな」


 先を進む兵士に誘導された冒険者組を一望する要塞前で兵士と別れた。別れ際に何やら物騒な言葉を口走った兵士だが俺は気に留めなかった。


「長期間に渉る依頼ご苦労様でした。書類にサインとギルドカードの提出をお願いします」


 文字通り国境を守る要塞に辿り着いた俺達は正門内に設置された検問所で往来する人を管理する魔法兵士の元へ向かえば、兵士の一人が前に出て書類を手渡される。何の因果か一番前に順番を回された俺は指示に従って自らのギルドカードを渡し、真っ白な書類に名前を書いた。


「なんとA級冒険者のショウ殿でしたか。お噂は予予。お手数ですが最後に此方の版木に魔法袋を置いて頂けると…」


「ああ」


 やや後ろめたい悪事を覚えないので特に気にする事無く言われた通りルーン文字が彫られた版木に魔法袋を置いた。ーー五秒経って何も変化が訪れないのを確認した魔法兵士は明るい表情で話す。


「はい、門を潜って問題ありません。右側に使節団の皆様が集まっているので後の事は彼等より聞いて下さい。再びお見えになられる日をお待ちしております」


「ありがとう。俺も魔導国で楽しい時間を過ごせて忘れない経験だった。また同じように過ごせる日を楽しみにしている」


 今回の旅で出会った人族、加えて依頼で遭遇した結社に所属する強敵達との戦いを遠い夢のように思い出す。鮮やかに頭の奥に浮かんでくる記憶の写真を順番に巡る。


 思い出に浸りながら門を抜けると、要塞に預けていた馬車の集まり。そして集団の中央には、豪華絢爛なドレスアーマー纏うエレニールが、ちょうど馬に跨る光景が目に飛び込んできた。



 ふと、凛とした彼女の姿に目が留まる。エレニールは俺の存在に気付き、お互いの視線が交錯する。目と目が合い、無言のまま心が通じ合う。唇がほころび反射的に微笑むエレニール。しかし彼女はすぐに視線を外し、前方をしっかりと見つめ直す。


「依頼を受けた冒険者はこちらへ!」


 次々と門を抜けてくる冒険者たちに、御者が大きな声で呼びかける。

 エレニール専属の侍女たちが乗り込む馬車は、文官や主に仕える彼女たちにふさわしい精巧な作りだが、冒険者たちの馬車はそれに比べると作りは荒い。しかし、雨風をしのげる丈夫な布が張られているため、冒険者たちからは不満の声は上がらない。


「ショウさん、帰り道もよろしくお願いします!」


 呼びかけられた場所に向かい、馬車に乗り込むと、御者席から中を覗いている青年が声をかけてきた。どうやら彼は俺のことを覚えているらしい。


「ああ、久しぶりだな。護衛は任せてくれ」


「はい!」と、元気いっぱいの返事を背に、椅子に座り、出発の瞬間まで目を閉じて待つ。




――パッパラッパー!


「皆様、出発はもうすぐです!魔物の突然の攻撃に備えてください!」


瞑想にふけり、思考に沈んでいると、兵士が吹き鳴らすラッパの音が響き渡った。それは出発の合図だった。

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