第24話 指名依頼

「指名依頼?俺に?」


「はい、ショウ様宛の指名依頼が入っております。お受けられますか」


「一つ聞きたいのだが、何故俺なんだ。Bランクに昇格したてでたった一週間程しかたっていないだろ」


「それは…、依頼者様がどうしてもショウ様に指名依頼をお受けいただきたいと…」


「それで、依頼主は誰なんだ?」


「………………」



「…成程、分かった。依頼を受けよう」




 ショウがBランクに昇格して早一週間が既に過ぎた。


 苦戦もすること無く、只淡々と塔の階層を進めすでに39階層までその足を延ばしていたショウ。

 ソロで砂漠フィールドを挑んでいる噂はたちまち広がっていった。冒険者だけでは無く、他のギルドや領民、それに貴族達も彼の噂を知り、ショウの情報を集めるため、ここ最近、ショウに向けられる目線の数が前に比べ大分増していた。


 彼がほぼ毎日通うコーヒーショップですら、裕福そうな服装を着た商人や、貴族のご婦人など。優雅にお喋りをしながら店に入って来たショウの全身を隈なく見ながら。頭の中ではどれだけの価値を生み出すか計算している。


 そんなここ最近で更にある意味で人気になったショウが塔の帰り。冒険者ギルドに寄り、セリアが対応しているカウンターの上に今日入手していきた素材を置いていたら彼女から一言、指令依頼の事について教えられた。



「それで、依頼主は誰なんだ」


 依頼を受けるかどうか決める前にショウは依頼を受けさせようとしている主の名前を聞いた。


「それは今お答えすることが出来ません。ある貴族様の一族、としか教える事が出来ません」


 「(よりによって貴族からの依頼か。自分が言うのもなんだが、良くこんな不気味な冒険者に依頼を受けようと思ったな。…でも、興味は湧いた)」


「…成程、分かった。依頼を受けよう」


「え…?よ、宜しいのでしょうか?まだ細かい内容は教えていませんのに」


ショウが内容の詳細も聞かずに依頼を受けようとしたことに驚いた表情を見せるセリア。

「(やっぱり、この場では伝えられない内容、か。ますます興味がわく)」


「ああ、問題ない。これから依頼主の屋敷に依頼の内容を聞きに行ってくるから、その依頼書を渡してくれ」


「畏まりました。こちらが貴族様の住所の位置が示された依頼書になります…。」


 カウンター下の引き出しから取り出すと、一枚の紙を俺に手渡してきた。ショウはその渡された紙を受け取るが、セリアが手を離さない。不思議に思い彼女の顔を見るが、どうしてか悲しそうな表情をしている。仕事柄ポーカーフェイスが上手い彼女が。そのまま彼女の目を見つめていたら彼女の整った小さな口がゆっくり開いた。


「ショウ様…もし、このご依頼が違法な物でしたら必ず断ってください。私とギルマスで何とかします。必ず!」


「…分かった。その時は是非頼む」


 彼女を安心させる為無表情ながら笑顔で答えたショウに、少し気楽になったのか。思わず紙を掴んでいた手が離れた。

 そのまま後ろに振り向き、手に掴んだ依頼書をひらひらとしながら入り口の扉へ向かった。


 ショウが泊まっている宿を通り過ぎ、裕福な商人や貴族などが住む区域に入った。他の区域と全く異なりごみや、馬の糞一つ落ちておらず、ずっと続く石畳みもこの区域に入って途端白く、そして綺麗に並べられている。気のせいか、心地がよい香りが鼻を突き通る。ジャズミンの香りだ。

 立てられている建物も全て高級感が漂っている。


 綺麗なドレスを着て、使用人に日傘を差してもらっているご婦人が、外に設置されたテーブルで優雅に紅茶を飲んでいる。カラフルな鳥の羽が付いたその日傘で平民が数か月遊んで暮らせるだけの金額だったのだろう。


 見慣れない冒険者格好のショウの姿に周囲から好奇心な視線に晒され貴族たちが住む住宅街へとやって来た。セリアから渡された住所が示された紙を頼りに目的の屋敷を探し始めた。


 依頼書に示された通りに高級住宅街を進むと、ある場所に辿り着く。立派な外壁で囲まれ中央にはこれも立派な屋敷が確認できる。入り口であろう門には武装をした兵の門番が数人、通り過ぎる人達を鋭い目で威嚇している。十分に部外者を警戒している。それに実力者も勢ぞろい。


 入り口の門まで近づくと、刃の付いた槍を持った兵がこちらの前に突き出して質問してきた。


「停まれ!!何の用だ!?」


 威嚇するように声を張る門番。


「依頼を受けにきたBランク冒険者のショウだ。こちらが依頼書になる」


 門番が放った威嚇を何事も無く、用事を伝えた。それと一緒にセリアから渡された依頼書と、本人である金ぴかに輝くギルドカードに魔力を流した証拠を槍を構える門番に見せた。


「…本物だな。感謝する。そして、すまない。少しここはぴりついているんだ」


 依頼書と本人のギルドカードを確認した門番の一人が、槍を元の場所に戻し、雰囲気が柔らかくなった気がした。


「気にするな。それより中へ入ってもいいか?」


 取り出したギルドカードと依頼書をポケットに入れ、話しかけてきた門番に聞いた。


「ああ、少し待っていてくれ。人を呼んでくる」


 そう言って、一緒に門番である他の同僚に一言二言何か伝え屋敷へ向かっていった。

 その間ショウと、残された門番は一言も話さなかった。それよりもこちらへ未だに殺気を放っていた。


 約五分後。屋敷に向かった兵が一人のメイドを連れて戻って来た。


「お待たせ致しました疾速のショウ様。どうぞ、こちらへ」


「ああ」


 流石貴族で働くメイド、。言動が礼儀正しく、細かな配慮が行き届いてる。

 音も立てずに歩くメイドの後にショウが続いた。外壁の内部は、丁寧に庭が行き届いており、様々な花が生えたガーデンに水を上げているメイドも居る。他の貴族の屋敷に比べて広い私有地を所持しているようだ。

 依頼書に示された場所が貴族街だと分かった時は始め、依頼主は男爵らへんの下級貴族だと予想していたが。思った以上の大物かもしれないと、考えを改める。


「どうぞ、こちらへ」


 玄関ドアまでたどり着き、ギイッと立派に装飾がされた木製の扉を開きショウを中へ招き入れた。


 屋敷の内部はメイドが床や窓を綺麗に掃除しており、ごみ一つ見つけられない。

そのままメイドの後を追い、ある一つの扉の目の前で足を止め、その頑丈そうな扉を開いた。


「どうぞ、こちらへお待ちください。直ぐに旦那様をお呼びしてきます」


「ああ、感謝する」


 丁寧だが、何処かよそよそしい態度でここまで連れてきたメイドにショウは礼を言い、その部屋の中へ入った。


「…」


 部屋の中に入った瞬間。壁や天井からの視線を感じた。流石大物貴族、護衛には抜かりが無い。

 ショウは、部屋に置かれたフカフカそうなソファーに座り、目の前にあるテーブルの上に置かれたクッキーをむしゃむしゃと食べながら、依頼主を待った。


 十分後クッキーを食べながら待っていると、扉からノックが鳴った。ソレに答えると、扉は開き。

 先程ショウを案内したメイドと一緒に、二十代半ばの気品が溢れる男性が入って来た。どうやら、この男性が今回の依頼主のようだ。彼の背後には、鎧を着た兵士が同伴している。


 部屋の中に入って来た依頼主は、テーブルにあれだけ置いてあったクッキーが空になっている事に苦笑いをしながら、ショウの反対側であるソファーに座り込んだ。


「こんばんは疾速のショウ。私はランキャスター王国、次期ウィドウ伯爵当主のエリック・フォン・ウィドウって言うんだ。宜しくね」


エリックと名乗った男性は、名を名乗りショウへと手を差し伸べた。


「俺はBランク冒険者のショウ。疾速とか言われているが、普通にショウと呼んでくれ。こちらこそ宜しく」


 ショウも同じく彼にてを差し伸べガッシリと握手をした。ショウは、すでに神眼を使いエリックと名乗った男性の過去を調べた。彼はとても優秀な人材で、周りからも次期伯爵当主として期待されているらしい。そして、今回ショウに依頼を指名した理由も判明した。

 目の前に座る男性が次期伯爵だろうが気楽に話すショウに背後に立つ兵士や、壁などに隠れている兵士達からの目線がこもっている。


 周りの威圧感に気が付いたエリックは僅かに口元緩め、目の前に座る最近巷で有名な冒険者の警戒を一つ下げた。彼なら依頼を実行出来る。そう、確信した。表情は読み取れないが。


「それで、今回の依頼内容について教えてもらいたいが良いか?」


「ああ、勿論だ。ショウにはある一つの素材を取って来て欲しいんだ」


 ショウが依頼について聞き始めたので、エリックも緩めた表情を引き締め、今回の依頼について話し始めた。


「成程素材か。それで、どんな素材がご志望なんだ」


「…ワイバーンの心臓を持ってきて欲しい」


 エリックが望む素材にショウは幾つか質問した。


「ワイバーンの心臓か、それは塔で手に入る物なのか?」


 意外な質問に少し驚いたエリック。だが彼は即座に首を振った。


「いや…確かに塔の41階層からはワイバーンがゴブリンのように出現するフィールドもあるが、そこまでたどり着ける冒険者はごくわずかだ。それに依頼の金額も跳ね上がる」


 実際ワイバーンが出現する火山フィールドに挑む冒険者は少ない。それもほとんどSランクとAランクの冒険者のみだ。それにワイバーンを倒しても、ワイバーンの心臓を落とす確率は低い。


「そうか。それじゃ、ワイバーンが住んでいる山か?」


「ああ。ここラ・グランジより東に一週間程馬で進むと、巨大な山が見えてくる。そこの頂上にワイバーンが出現するっていう話を聞いたことがある」


 服の内ポケットから取り出した地図をテーブルに広げ、ラ・グランジから東へと指を動かしある山の場所で止めた。それより、この世界では清明な地図が有る事今知ったショウ。ナビリスに聞くと、この知識も昔召喚された勇者から広がったらしい。勇者様様だな。


「了解した。早速その山に向かってワイバーンを撃退してくるよ」


 依頼を受け入れた事に内心ホッとしたエリック。しかし、ショウが放った一言に凍り付いた。


「それで、ワイバーンの心臓で何を作るんだ?」


「ッ!」


 顔が固まった。背後に居る兵は何時でも剣を抜けるように手を掛けている。壁や天井に潜む兵たちも攻撃の準備をしていた。


「な、なんでそんな事を聞くんだい?」


 何事もなかったかのように振舞うエリック。


「ん?ただ気になっただけだ。別に言いたくなかったら俺は気にしない」


「そ、そうか…」


 嘘を言っていないショウに落ち着きを取り戻したエリック。彼は出会ったばかりのショウを信じる事に決めた。


「実はワイバーンの心臓を使って薬を作ろうとしているんだ」


「エ、エリック様!?」


 エリックが出会ったばかりのショウに事情を話し始めた事に驚き、大声を上げた兵士。


「いや、良いんだ。彼は裏切らない。もしもの場合は私が責任を取るよ」


「エリック様…畏まりました」


 兵士も渋々エリックに従った。ショウは薬を作りという話に一つ疑問をぶつけた。


「薬をつくるためにワイバーンの心臓が必要なのか。だが、回復魔法では無理なのか?教会では高位の回復魔法が使える者もいると耳にしているが」


「…既に試してみたが効果は無かった。あれは傷を負ったというより呪いの類らしい」


 腕を組み、考え事をするショウ。彼は別にワイバーンの心臓を取りに行かなくても、自分で怪我人を回復させようかと考えていた。やはり一番の理由は面倒くさいからであった。それに人の枠から超えた存在だとバレる危険性もあった。思考に思考を重ねたショウは組んでいた腕を解いて杖のように膝に突いた。


「なあ、もし俺が回復させたらワイバーンの心臓を取りに行かなくてもいいよな」


 何を言ったか最初理解が出来なかったエリック。段々今言われた言葉を理解したエリックは飛ぶように立ち上がった。


「ほ、本当か!?本当に出来るのか!私の娘を救えることが出来るのか!」


「ああ。俺なら治せる。確実に」


 エリックの目を見て断言するショウ。しかし、兵士が主を止めようと躍起になる。


「い、いけませんエリック様!!部外者をエリンお嬢様のところに連れて行くなど!」


 兵士がエリックよ止めようと踏ん張る。だが彼は興奮したまま止まらなかった。彼は娘の為に薬を作ろうとしていた。娘がどれだけ大事かショウも知っている。もし、神界に住む彼の娘が一人でも怪我をしたら全力を持って、何が何でも直そうとするだろう。それだけ大事な存在なのだ、娘というのは。


「まあまあ一旦落ち着けエリック。兵士の言いたいことも十分理解は出来る。少し考えてから決めた方が良くないか?」


 ショウが声を掛けたことに少し落ち着きを取り戻したエリック。恥ずかしかったのか顔を赤く染めている。


「ゴ、ゴホン。…すまない。取り乱してしまった。もう大丈夫だ。それよりショウ、君は本当に娘を治せると断言できるか」


 先程と雰囲気を全く変えたエリックからの質問。その姿は正しく次期伯爵に相応しい姿。戯言等決して許さないであろう真っ直ぐな眼差し。


「勿論だ」


ショウの言葉が単純であった。


「…分かった。娘の所まで案内をしよう」


 そう言って扉の方へ向かった。



 豪華な廊下を歩きながらエリックの娘、エリンに起こった出来事を教えてくれた。

 エリンと彼女に付けられたメイド二人の合計三名である日、庭でボール遊びをしていた。

 まだ幼いこともあり、彼女は好奇心旺盛なお嬢様だった。それでも、周りに笑顔は絶やさず、皆から愛されて居いた。

 でも、ある出来事によって歯車が狂い始めた。


 昼間にも関わらず庭に黒ずくめの賊が侵入してきたのだ。

侵入者の数が上だったが、エリンを見守っていた兵士と、戦闘の訓練も受けていたメイド達の活躍により、賊を全滅することが出来た。


 しかし、背後に隠れていた一人の奇襲によって、エリンは小さな切傷を負ってしまった。


 傷を与えた侵入者は即座に煙幕を庭に叩き付け逃亡したらしい。戦った兵士によると、彼だけ熟練の侵入者だったとか。


 腕に小さな切傷を負ったエリンだったが屋敷に従えている聖魔法使いによって、傷は回復した。


 …悪夢はこの日より始まった。


 傷を回復させたが毎晩のようにエリンは苦しみ始め、傷を負った個所から黒い痣が広がり始めたのだ。

 娘の状態を知った父エリックは直ぐに知り合いの聖魔法使いに助けを頼んだ。

 しかし、腕が良い聖魔法使いであっても、完全に治す事は出来なかった。

 されに、その聖魔法使いからエリンが受けた攻撃は呪いがこもっていたと告げられた。


 エリックは諦めなかった。現ウィドウ伯爵当主でもあるドルトン・フォン・ウィドウにも助けもあり、彼女を襲撃を仕掛けた黒幕の貴族も、呪いを治す方法も見つけた。


 エリックは直ぐにでも有名冒険者に指名依頼を出そうとしたが、躊躇してしまった。

黒幕である貴族が元副ギルドマスターであるデニスと裏で繋がっていたからだ。

彼は依頼を出す相手を慎重に選んだ。その時に疾速のショウである俺の噂を聞きつけたらしい。


「そうか。そんな事があったのか。すまない、辛い話を」


 娘を思う心は俺には十二分に分かる。苦しいだろう。辛いだろう。心の内では泣きくるっているだろう?


 もう、心配する事ない。


『…本当に良いの?貴方が神である事がバレる可能性もあるんだよ。それでも助けるの?』


 今まで口を閉ざしていたナビリスが聞いて来た。彼女の言い分も理解できる。


『大丈夫。神術や、神力を使うつもりは無い。聖魔法で治してみせるよ』


『…そう。分かったわ。でも万が一の場合はここにいる人間の記憶を改ざんするわ』


『了解』


 彼女は実行するであろう。俺の為には何も躊躇しない。それが有難い。


「ここだ。エリンはこの中にいる」


 エリックに連れられたどり着いた場所には一つの扉が設置され、周りには五人の兵士が扉の両側を守っている。エリックの姿を確認した瞬間、一斉に敬礼をし、扉を開けた。


 開けられた扉を潜ると、何ともメルヘンな部屋だった。そこには大量のぬいぐるみや絵本が置いてあり、家具は全てピンク色。部屋の奥に置かれた、天蓋付きのベットもピンク色だった。

 ベットのすぐそばに置かれた椅子には、若い女性が座っておりベットの方へ向かって絵本を読んでいた。


 っお、どうやら部屋に入って来た俺達の存在に気が付いたようだ。


「あら?どうしたのエリック?こんな大人数で入って来て。何かあったの?」


「やあ、ガーネット。多分だけどエリンを治せる冒険者を連れて来たんだ」


 そう言って俺が紹介された。


「初めまして。Bランク冒険者、疾速のショウだ。宜しく」


「まあっ!最近噂の疾速のショウ様ですか。どうも始めまして。私はエリックの妻でありますガーネット・フォン・ウィドウと申しますわ。こちらこそご機嫌麗しゅう」


 俺の存在に驚いたガーネットは座っていた椅子から立ち上がり風格がある自己紹介をしてくれた。まさに上級貴族夫人に相応しい気品を持っている。それと俺の噂が此方まで広がっているのか。


「それでエリック、そちらにいらっしゃいますショウ様が薬の素材を持ってきてくれたの?」


 椅子に座りなおしたガーネットが彼女の夫に聞いた。


「いや、彼は聖魔法が使えるらしくてね、彼にエリンの治療が出来るか確かめに来たんだ」


 彼女にこの部屋に来た理由を話し始めた。

 話を終えた彼女の表情は驚いていたが、本当に治せるのか?と疑問も抱いていた。


「大丈夫だ。もし完璧に治療が出来なくても、さっさと薬の材料でもあるワイバーンの心臓を取りに行くと約束しよう」


「…分かりましたわ。どうか娘をお願いします」


 そう言って横に移動した彼女が座っていた椅子に腰を下ろした。


 天蓋のシーツをどかしエリンの状態を確認した。

 苦しそうに息を吐くベットで横になる幼女の姿が在った。ピンク色のパジャマを着ているが、身体の半分は黒い痣に覆われている。横に立っているガーネットが泣きそうにしている。


 苦しそうにしている彼女の瞳が開いた。眼の焦点が定まってない。それでも彼女は口を開いた。


「お…母様?お母様な…のですか?」


 俺の方へその弱り切った手を伸ばす。


「いや、私は君を治しに来たんだ」


 伸ばされた手を俺は両手で包み込んだ。壊れないよう穏やかに。


「そ…うですか。お名前…をお聞か…せになっ…ても?」


「私はショウっていうんだ、よろしくね。君の名前はなんて言うんだい?」


 出来るだけ優しく、清らかに答える。


「わ…わたくしは、エ、エリン…と申します。よろ…しくお……ね、おねがいしま…す、ショウさ…ま」


 今も苦しいだろうに、出来れば周り構わず泣きじゃくって文句も言いたいだろうに。それでも俺に背一杯の笑顔を見せてくれる。ガーネットは流れる涙を隠そうともしていない。


「今治してあげる。直ぐに元気な姿に戻るよ」


――聖魔法発動『全状態異常回復(パーフェクトキュア)』


 魔法を唱えた瞬間、彼女の全身に白い光が包み込む。一緒にこの部屋に居た専属聖魔法使いから「あり得ない…」の言葉が聴こえた。


 効果は即座に現れ、数秒するとまるで最初から痣などなかったかのように、子供の綺麗な柔肌があった。


「…温かい」


 目を閉じたエリンがポツリ、と言葉を発した。そして、普段と変わらない自分の声に驚き、瞳が目開いた。


「お母様…お父様…!」


 目をしっかりと合わせ、状況を理解したエリンが今まで身体が動かせなかったのが嘘の様に飛びあがり、目に涙を浮かべているエリックとガーネットの元に飛びついた。


「「エリン!」」


 元気になり飛びついて来た泣きじゃくる娘を大切に、大切に抱きしめる親子。

 三人の愛情に周りに居た人達も号泣している。


『これで、良かったかもしれないな』


『……どうでしょう、私には分かりません。でも…私にも子供が出来たら、あんな家族になってみたいです』


 ああ、なれるよ絶対。どんな困難な運命が待っていようとも、俺や、他の神々と一緒に助け合おう。


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