第122話 始まり

「ステータス!」


 これはまだ私が幼い頃の記憶。

 魔導国の辺境で生を受け、すくすくと病気する事無く五歳になった暁に教会で洗礼を受けると神より授かりしステータス魔法を目の前でソワソワ落ち着かない両親の手前で唱える。


「――ッツ!よ…良かった、MPもちゃんと有る。それどころか年齢にしては高いぞ!」


 右手を前に伸ばして両親にも見える様に宙に現れた私のステータスを確認した両親が何処か安堵した表情で呟いた。その時私は知らなかったけど、時稀に魔力がゼロの子が生まれる事もあるらしい。

 洗礼の日から一週間が経ったある日、村長の家に村人の子供達が集まられた。私と同い年の子供もいれば、年上のお兄さんお姉さんまで。何でも一年通して空飛ぶ箒に跨って国中の村を巡回する魔法の先生が来るんだとか。集まった子供達の目には空飛ぶ箒に輝かせて興奮していたのは今でもはっきり覚えている。


 色付きのローブに纏った男性の先生の教え方は子供にはまだ難しかったけど、それでもワクワクの毎日だった。


「魔力ぅ?」


「ええ、魔力というのは万象一切がその内に宿す力であり、私達は意志によりその形と性質を操り干渉する事ができる……と常識的な考え。私達が魔法を使うにあたり、用いておる術式に詠唱というのはつまり、漠然と操っておる魔力の働きを明確に定義するための公式であり法則と言えよう」


 広い一室に集められた子供達をゆっくりと視線を往復しながら朗々と語った。


「ステータスにはあらゆる情報が記載されているがそれらが全てでは無い。同じ魔法でも我々の体格、髪や瞳の色、顔の形がそれぞれ違うように魔力の質……癖がそれぞれ違う。それ故、同じ術式であっても魔力の変質方式や系統によって結果が違ってくる。つまり、向き不向きの属性というものがあるってわけ」


 人によって得意な属性が違ったり、属性を跨いでも得意とする種類の魔法が違っていたりといった具合だ。簡単に言えば得意属性、らしい。幼かった私には当時理解出来なかったけど、今では全部分かる。


「生活魔法は発動に必要とする魔力が少なく、術式の構成が単純故に扱いやすい。魔法の扱いに慣れぬうちは、生活魔法で己の魔力資質の傾向を把握し、不慣れな魔力の扱い方を学ぶのが良いでしょう。無論、生活魔法本来の使い方として、これらを日常において積極的に用いる事を、魔法使い達は推奨するものであるよ」


 日常に魔法をというのは魔法使いの主流派で、国家の理念。

 魔法の先生はそんな風に前置きを終えたところで魔法に夢中な子供達に挙手を促して、年上と同年代の子供達を2つのグループに分けた。

 つまり、自分の身体に流れる魔力を認識できているかいないかだ。


 魔力の認識ができていれば簡単な魔力操作も可能だと思っていい。というか、順番的には魔力を術式と詠唱で動かして操作の感覚を学ぶ……という感じかな?

私は周囲の年上の子供達の見よう見まねで初歩的の初歩である生活魔法を唱え始める。


「宜しい、では次に魔法使いが使用する杖の制御能力について――」



 あれらか長い年月が経ち、成人年齢の15歳になった私は立派な冒険者に成る為村を出て大きな都市へ向かった。

 鉄級(アイアン)に昇格していた私は冒険者ギルドに問題なく登録、Fランクから飛び級でEランクから始まった。


 何度か組んだパーティーと別れて実力と経験を付けていけば何時の間にか私はDランクまで昇格し、気が合うパーティーとの毎日が冒険でありふれた日々を過ごしていた。


 けれど、絶望が直ぐ傍まで近づいている事等知る由もなくとある一つの依頼をパーティーで受ける事になった。


 何処にでも溢れた依頼内容、魔物の目撃情報があった村まで向かい魔物の調査、可能であれば目的の討伐。Cランクパーティーとして名を上げてきた私達は依頼を受けた後、準備を整え目的地である村へ目指して向かう。魔都ガヘムからそれ程離れていない距離の村、もし本当に魔物が発生すればゆくゆくは民を脅かす災害になりゆると考えた私達は間を置かず身体強化の魔法を掛けながら速い歩調で進んだ。



 どうして、こんなことになってしまったのか。座り込みこうになる己を無理やり立たせ、少しでも遠くに逃げる為に足を動かす。ぴりッとした今身を頬に感じ、服で拭うとそこに血が付いたことに気付く。それにまた涙が溢れてきたが、奥から聞こえてたあざけり声が耳に入ると、彼女は直ぐにはなれるように走り始めた。


 事の始まりは依頼の目的地であるこじんまりとした村のすぐそばまで到着した時まで遡る。



「うおっ、ど、どうしたリーダー突然止まって?」


 パーティーリーダーかつ唯一C級で前衛職の男が突如足を止めた事で背後で付き添っているメンバーの一人が思わず背中に激突しそうになり目の前の大物に一言物申せんと口を開く。


 リーダーと名乗る両腕に大盾を装備する男は一歩も動かず、人影が見受けられない村の門へ鋭い視線を向けている。


「…カロライン、村へ探知魔法を頼む。他の者は万が一に備え警戒態勢を!」


 リーダーからの指示に即座に沿って行動を開始する他のメンバー達。


 カロラインと呼ばれた魔法使いは杖を村の方へ傾けて探知魔法を唱えた。


「気を付けて!魔物を多数感知!人の存在は…捉えられませんでした」


「「「ッツ!」」」


 最悪な事態にリーダー以外のメンバーが顔がこわばるほどの驚きで目を見張る。そんな硬直したメンバーの前から力強い声が彼等の耳に入ってくる。


「気を抜くな!奴さんに見つかったぞ!襲撃に備え――ッツ!?」


 リーダーである大男が言い終える前に村の見張り台より、するどいひびきをたてて空気を裂いて飛んできた矢を自慢の盾で防ぐ。それが始まりの合図かと思うように前方から魔物の群れが勢いよく地面を蹴って全速力で向かってくる。


「ックソ!数が多すぎる!ここは陣形を維持しながら後退する!情けない話だが俺達の手に余る物だ、連携を取りつつ近くの町で応援を要請を頼む!」


 『はい!』とメンバー全員が答えると流れる様に陣形を取った。リーダーの大男は前衛で敵の攻撃を盾で防ぎながらカウンターで押し潰す、中心には魔法と剣術が得意な者を置いて、後方にはリーダーの援護と背後からの奇襲を防ぐ魔法使い二名。攻守バランスが取れた陣形。


 しかし、彼等の運命はそう続かなかった。


「――ッア…」


 始めに失脚したのは後衛で魔法を唱えていたカロライン。彼女は少なくなった魔力を回復するためのポーションを飲んでいる最中に地中から現れた緑肌の化け物にダガーで喉を刺された。


 一秒もせずに目から光を失った彼女は崩れる様に地面に倒れた。

 長年連れ去った仲間の死に動揺したメンバー次々と倒されていった。


「はぁ…はぁ…っぐふ…、こ、ここまでか」


「リ、リーダー!!」


 残ったのは一番若い魔法使いの女にボロボロになったリーダー。仲間の死に呆然と立ち竦む彼女に飛び掛かってくる魔物から身を通して守った男の脇腹からドロリとした血が溢れる。


 両目より涙がはらはらと流れる彼女と顔を合わせ今出来る限りの笑みを浮かべたリーダーの口が動く。


「さ、最後の指令だ。…生き延びろ、生き残ってギルドの状況を伝えるんだ」


「ぅうぅぅ!リ、リーダー」


「行け!進むんだ!俺達の死を無駄にするな!分かったら行け!」


 泣き止まない彼女を追い出す如く大声で叱咤するリーダー、横から飛んでくる矢を弾く。


 リーダーの思いに泣き止まない彼女は唇を噛みしめながらコクリと頷くと背を向けて走る。


「ギャギャギャア!」


 背を向けて走り去る女目掛けて追いかけようとするゴブリン達の前に立ち塞がる男が居た。


「おいおい虫共め、許可も無しで何をしようとしとるんだ!!俺が居る限り!アイツには指一つ触れさせない!掛かってこいゴミ共!!」


 オオオォォォオオと喉が崩壊しそうなほどの雄叫びを上げ罅が入った大盾を構え、地面を蹴って――。

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