第166話 大野外演習その32
遅滞する脳信号、時がスローモーションさながら錯覚から意識を目覚めたゾアバックの瞳に映るのは地面に転がった自身の手首。綺麗に骨ごと断った手首の切断面より溢れ出す出血が遮断した痛覚を叩き起こしたのか、今までにない凄まじい叫びが雲を貫く。腹の底から一気に喉元へ突き上げた張本人、ゾアバックは額には何本も青筋が浮き出て俺を睨殺さん目つきを此方へ利かせる。
「『孤独狼』ィィ!貴様、よくも…よくも俺様の手を斬りやがったなあ!!」
これ以上の出血を阻止しようと左手で傷口を押さえながら、敵陣の方角へ数歩後退するゾアバック。如何なる時攻撃されても対応するため反射能力を薄い膜のように全身を覆っている。
「使者殿っご無事ですか⁉召喚指輪部隊!追加で召喚した魔獣どもを青年に押し仕掛けろ!手が空いた同士はゾアバック殿の手首を奪取するのだ!後援部隊は準2級の回復薬の準備を急ぎ持って来るのだ!時間が経っていない今なら間に合う」
『サー、イエッサー!』
痛手を負ったゾアバックの姿を目撃した革命軍部隊を率いる部隊長が瞬時に号令をかける。指揮を貰った兵たちが命令を実行しようと、従う部隊は再び天へ掲げた指輪に籠められた宝石が光を放てば俺を囲む光の柱が出現した。柱の中から下品な魔物達の鳴き声が響いてくる。
ゾアバックに遠く飛ばされたリーバスの焦った様子で俺の名を呼ぶ声も風の音に紛れて伝わった。斜面を上がった遺跡が良く見える高所、接近戦に不向きな教師陣を魔物から掩護中のダリアから心配、信用、困惑の合併した落ち着かない顔付き神眼を通して受け取った。
「ギャギャギャア!」
「グウゥラアアァ!!」
「シューゥゥ」
ゴブリン集団を筆頭に全長三メートルを超えた怒りの熊アンガーグリズリー、木の枝に擬態する事から猟師の間では森林の悪魔と恐れられるフォレストスネーク。その他諸々、革命軍が召喚した多数の魔獣が光の柱から俺一直線に飛び掛かって来る。視界一面を射抜く閃光を一般人が受けた状態での魔物襲撃を受ければ幾ら高ランク冒険者でも、窮地に陥るだろう。
「ギャギャアアガ――」
醜く口を開いて、上下の歯茎がむき出しのまま黄みがかった涎を垂らしたゴブリンが下卑た笑みを浮かべて俺に襲い掛かる。傍から見れば眩しい光を直撃して目が使えなくなった獲物に見えるだろう。
「…」
だが、神を悔いれば一瞬で生命の灯が掻き消える。横払いの抜き打ちによって手前のゴブリン肉体は四斬りに分かれた。柱から発する光で俺の姿が隠れているこの位置、好都合。止まらない動きで横払いからの右上から左下にかけて斬る逆袈裟で熊を斜めに斬った。真っすぐ斬り落とす水平斬で死角を狙った蛇を二枚おとしに切断。人間なら必ず訪れる筋肉の硬直、息を整える呼吸を無視して360度光の中より飛び掛かる召喚魔物を片っ端から滅する。コボルド、オーク、ホーンウルフ、ラージスパイダー。
振るう剣戟は疲れ知らず。横一文字。袈裟斬り。兜割り。逆袈裟。地面に魔物の死骸が積み重なっている。
「奴は目くらましを受けて視界を遮った状況だ!今が好機!弓兵部隊~第二射放て!」
彼方より聞こえて号令に従って射出された矢の雨を魔法も使わず躱しながらの逆袈裟、横一文字、兜割り、袈裟斬り、背骨を使った諸手突。死んだ同族を盾に利用したゴブリン丸ごと心臓に位置する魔石を貫く。本能のまま攻撃の意志を宿した表情で事途切れた魔物の群れで埋め尽くされた頃、俺を中心として囲んでいた光の柱が煙のように薄っすら消えて血と臓器の酸っぱい異臭だけが取り残された。後大量の矢も追加で。
「平気かショウ⁉――っうお魔物の夥しい数だな、あれだけの敵で軽傷一つ負わないとは流石A級」
眩しい柱が消え去った直後近くに寄って来たリーバスが驚愕した、同時に何処か呆れた表情で俺を迎えてくれた。全体を見渡しは限り、戦況は未だ大きく動いていない。物量で押す革命軍を冒険者が質と経験で開いた差を補っている。
「…ゾアバックは遺跡に撤退したか」
べったり付着した魔物の血やら皮を振り落としたミスリルの剣を顔に近づけ、曲がったり刃こぼれを起こしてない動作をワザとらしく確認しながらリーバスに尋ねる。
「ああ、俺も奴に飛ばされた位置に伏兵が潜んでいて余計な時間を取られた。いざ戻ってみれば奴の影も形も消えていた、ショウが斬り飛ばした手首も一緒にな。多分結社から横流しされた魔道具を使ったと俺は考えている」
リーバスの言い分も一理ある。寧ろ彼の考察が当たっているだろう。そんな些細な事を考えていた頃だった。
「――ふん」
俺とリーバスが二人仲良く体を遺跡方面へ向けている時、後ろから羽根が風切る音を鳴らして湾曲を描く射出物を俺の背中を射止める前に振り上げた剣で篦を弾く。
「うおっ、奇襲か!…肝心の矢が見つからないぞ?」
突如と遠方から狙われた事実に即座に双剣を構えたリーバスだったが、防いだ筈の武器が何処にも見当たらない事象に戸惑いを隠さない。隙の無い構えを維持した状態でキョロキョロ周囲を見るリーバスに俺は地面の一点を指差した。
「ふむ?まだ何も見えない――何だと!」
指差した場所に近づいたリーバスが何も発見出来ないと言い終える寸前、土に出来た窪みを観て射出された武器の正体に気付いたらしく大声を出した。
「上級ダンジョンカメレオンの体液を沁み込ませた
皮膚が触れないよう布越しに窪んだ土の上から透明な物質を拾い上げたリーバスが真顔で言い放った。
「放った方角と距離を換算するに、冒険者の中に裏切者が居る」
そう言葉を零した俺の視線は古代遺跡全景を見渡せる高所へ向けられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます