第198話 ショウ対墓泥棒 その2

 この度の依頼を完遂するにあたり、俺は幾多かの制約をギルドと交わした。第一に、生きたまま墓泥棒リーダー格の確保。


 理由は分外に単純、売買ルートを聞き出すため。


 王都の地下墓地に埋葬された偉人達が入られた石棺には、当事者が愛用した武器から始まり、見る者が見れば涎を垂らして欲しがる秘宝が瓶に収納された乳歯の如く埋まっている。


 墓地を徘徊する騎士も皆無、貴重な財産を保管するには些か管理不行き届きな場所だが、私欲の金欲しさから墓を荒らす我利我利が出現すると思ってもいない事実。際立って、実力者に尊崇の念を重んじるランキャスター王国からすれば、偉人の墓を荒らす行為は神経が暴風雨のように張り裂ける怒りが芽生える程許し難い沙汰。


 墓地から盗んだ宝を国内で売りさばけば無論、足が付く。遵って墓から掘り起こした財物を換金する外国のルートが必要不可欠。よって手下のみ処理し、主犯格を縛り上げて王国騎士団に引き渡せば、確実に一つの受け渡しルートを潰す事が出来る――と事前にナビリスより言われた。


 第二の制約……他の冒険者の捜索及び、救助。――この制約には、ローザを裏切ったルト達も対象に含まれる。


 冒険者ギルドが発行するマニュアル本にはこう記されている。もし高ランク冒険者が悪事に転落した行為を働いた場合、討伐ではなく無力化し、戦闘意欲を失わせることが求められる、…と言うもの。


 道徳を背き、ギルド組合の庇護下から外れた冒険者は国家へ献上し奴隷紋を施す手続きを踏む。

 奴隷紋に思考と自由を制限した彼等は強力な駒として国に無償奉仕の刑罰 。この制約を破れば、冒険者ギルドの信用は失墜し、国との信頼関係に亀裂が生じる。


 まぁ…要約すればルト達を全員生かしたまま拘束する必要がある。以上が、俺に課せられた制約の全容。


「お、お前はッ『孤独狼』ショウ!!」


 盤面は石窟最奥内部、暗闇に紛れた奇襲を仕掛けた俺と高位ランクに相応しい立ち振る舞いで眼前まで迫ったルトと対峙した瞬間へ巻き戻る。ルトの目は俺の姿を捕え、真正面に顔を凝視する彼の表情は驚愕で埋め尽くされた。


「気ぃ引き締めろ!相手はあの孤独狼ッ、A級のショウだ!僅かの油断が命取りになる敵だぞ!」


 即座に後方へ飛んで距離を置いたルトは剣を構えたまま地下全体に響く大きな声を張り上げて周囲に知らせる。過去、一緒に同行した依頼で間直にオークキング一刀両断を目撃したメンバーはルトの呼び掛けに耳を傾け、意を決した気配を感じる。俺の姿を見据えたルトが剣を右側に寄せて、ゆっくり左足を前に出すオーソドックスな構え。憂鬱な険しい色を引き締めた口を開く。


「…しくじったぜ。ギルドを上手く巻いたかと安らぎに浸かっていれば、まさかアンタに尻拭いが回って来るなんてな。王都からとんずらかいて他国で優雅に暮らす計画が台無しだ」


 眉を顰めるルトは悔し紛れの溜息を零し、背後に佇む三人も静かに佇む俺を一瞥する。彼等から発する雰囲気には俺に対する警戒と恐怖が入り混じり、俺の一挙手一投足に注意を払っていた。


「俺も引き継いだ依頼でお前達と再会するとは思わなかった。余程、ギルドから期待を寄せられていたんだな、闘技大会で実績を上げたお前に」


 無難な応えを口に出した俺を暗闇の中から睨むルト。…うん?背後の墓泥棒で動きがあった。


「お頭…ショウって何者ですかい――」


 俺から目を離した小悪党の言葉の途中、容赦なく矢筒から一矢の口巻を掴み、常人の目が追い付けない程の早さで毛虫でも払いのける時のような手つきより投擲した矢が回避する暇もなく喉を貫通、的中した壁が投球の余波で一部粉砕された。…二人目。


 ルトの剣を受け止めた際、弦が切れたクロスボウはもう使い物にならない。この場合、手掴みが効果を発揮する。


「ッチイ!相変わらず人間離れした馬鹿力がよぉ⁉お前ら今ので理解しただろッ、奴を人だと思うな!S級の化け物クラスだと思え!」


 それだけ言い残したルトは魔力を体全体に走らせ――自ら疾風化し姿を消す。


「ッシュ!」


「……」


 周りの人間から見ればいきなり消えた風に錯覚するが、俺にはバッチリ直進するルトが見える。右袈裟懸けが放つ一撃を最小限に屈み、下へ滑り込み回避。間髪入れず放たれる蹴りを壁に三角跳躍で躱し、着地と同時に地を蹴って左拳をルトへ放つも咄嗟に引いた剣で防がれる。再度、内に溜めた魔力を流し高速移動を転じるルトの一閃を腰ホルダーから抜いた短剣で弾く…三手打ち合った後、バックステップした俺に目もくれず回転斬りを放つルトは遠心力を乗せた水平斬りを放つ。しかし…これはフェイク、ルトの身体ギリギリ避けた火炎玉がうねるように眼の前で重々しい響きと共に、黒煙が全身を包む。


 「(毒素が混じった煙幕…)」


 俺は即座に風魔法で人影がいない場所へ風圧を解放させ、強制的に煙幕を吹き飛ばした。


 晴れた先にルトの姿はなく――代わりに俺の背後から気配と殺気が伝わる。咄嗟に身を屈めて回避した剣閃は頭上を通り過ぎ、その隙に背後へ回り込んだ俺は短剣で斬りかかるもルトの魔力を込めた剣に防がれる。鍔競り合いの最中、互いに押し合う力を緩めて距離を取った俺とルトは再度、刃を交える。

 一撃、一撃に魔力が込められた攻撃を次々と躱し、反撃の機会を狙う。


「死ねネェェエショウ!!」


 叫ぶルトが痺れを切らして突進してくる。走った輝線が迫る瞬間、逆手に持ち替えた短剣で一撃を後ろへ滑らせ、懐に飛んだルトの腹部に右フックを命中させる。


「グッ――!」


 ルトは苦痛に顔を歪めながらも、意識を保ったまま。瞳に宿った闘志は消失してない。彼は激痛の叫ぶを上げる代わり鋭い声を石窟に轟す。


「スイッチィィ!!」


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