第64話 破壊を望む者 その5

「見えて来たぞ、ハルロペ村だ」


 馬車の中で暇つぶしのトランプで遊んでいると突然ゴウテツが言葉を発し、ある方角を指さした。



 王都に聳える冒険者ギルドにて新しいダンジョンの探索依頼を受け、ギルドの訓練場で他の冒険者達と集まり、馬車に乗って王都を出てから既に三日が経ち依頼書に記入されていた村が見えてきた。


 馬車に乗り込み王都を出ると、運悪く移動してから二時間後に大粒の雨がばたばたと落ちてきた。みるみるうちに地面が黒く染まっていった。土砂降りだった。

 それでも馬車は止まることなく、そのまま整地された道の上を進んでゆく。


 夕日が大陸の果てに揺れながら落ちていき、周りが暗くなる頃には見通しが良い草原に馬車を止めると班に分かれ野宿の準備を始めた。


 俺以外にもAランク、Bランクと言う高ランク冒険者達だけあって見た目以上物が入るマジックバッグを所持している者も多く、食材等困らなく済んだ。結界魔道具も用意していたらしく魔物には襲撃を受けないで済んだが、念の為に深夜の見張りもやる羽目になった。


 張れれた結界の外から俺達を眺めてゆく魔物を夜目で見る。パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら焚き火の炎に薪を投げ入れる。一緒に見張りを組むことになったマギウスの二人で一言も話さない時間が見張りの順番まで続いた。


 なんやかんやでそんな事もあった俺達だが、何も問題なく三日後に村へとたどり着く。

 高ランク冒険者だけあって馬車が数回魔物に襲われたが、瞬きをする間に全て討伐されていった。


 一緒の馬車に乗っていたゴウテツに村が見えてきたと伝えられると、御者席の方へ顔を向け目線の先に見える村を確認する。


 昨晩草原で野宿を準備している時にハルロペ村に行ったことがあるゴウテツから村の事に関して色々教えられた。俺も神眼で眺めてた事もあり、既に知っていたが知らない振りを取り彼の話を聞いた。


 ハルロペの村は人口800人程の小さな村、周辺にダンジョンは無く出現する魔物もスライムやウルフ等の危険度が低い魔物が多く、のんびりとした生活を送っている。石製の壁に囲まれた危険も少ない村だけあってそこに住まう村人も愛想が良く、偶に依頼でやって来た冒険者がその温かさに心を打たれ村に移住することもあるとか。


 この村では香りが心地よいウィスキーと重厚な甘みを持つレモンを絞ったレモネードの生産地と有名らしく、ゴウテツの話を聞いていた他の冒険者達がその言葉に興味を持つほどだった。どうやらラ・グランジや王都の高級レストランに出る程の味らしい。知る人ぞ知る有名な村だと。


 ゴウテツの話に耳を傾けていた冒険者は人気の酒に瞳が爛々と燃え盛っているけど、俺は酒よりレモネードを試してみたい。もし美味しければレモンの種を購入して裏の庭園に植えてみようと思っている。裏の庭園はエルフ族の奴隷が色々な花や植物を植えており、中々にカオスな空間になっているが。



「ようこそいらっしゃいました冒険者様方、私ハルロペ村の村長をやっております。この度こちらまでお越しいただき心からの感謝を」


 何事も無く村に到着した俺達は早速、王都のギルドに発見したダンジョンの情報、依頼を出した村の村長の建物までやって来た。


 今回はゴウテツがリーダーとなっているので、冒険者の代表として彼が指揮を取ることになっている。


 彼はAランクの実力では無く、その長く蓄積した経験もそのわっており、彼に文句を言う者はいなかった。勿論面白くなさそうな顔を見せた者もいたが、表立って言う者はいない。レベルもゴウテツが一番高い。


「こちらこそ冒険者ギルドへ依頼を出していただき感謝申し上げます、稀に運よく生まれたばかりのダンジョンを自らの利益の為、報告をせずに結果スタンピードが発生したっとこともありますから」


 馬車の中ではその外見に変わらず豪快な話し方だったが、Aランクともなれば上級階級との謁見をすることもあり、一応礼儀作法を習得している。


 ゴウテツと村長が話している間、俺も含めた他の冒険者は村長家で静かに待つのみ。


「それで村長殿、お一つ聞いても宜しいでしょうか?」


 ゴウテツが質問した。


「ええ、何でもお聞きになっても平気です」


「では…ダンジョンを発見した者と一度会ってみたいのですが」


「ああ…成程…」


 すると、何やら村長が言いにくそなに表情を歪めた。


「何か問題でも?」


 即座に気付いたゴウテツが更に尋ねる。


「いえ、実は…そのダンジョンを見つけた者達は他の依頼でハルロペまでやって来ていた冒険者様なのです」


「…面倒くせぇ事に」


 ボソッと誰にも聞かれない小さな声を出したゴウテツだったが、神の俺にはバッチリと聞こえていた。ソレにエルフ族のカノンにも聞こえており、同じく眉を顰めた。


「彼等のランクはご存じで?」


 彼の質問に、腕を組み思い出そうとしている村長。五秒程経つと思い出したらしく組んだ腕を解いた。


「ええ、Eランクと仰っておりました」


 その言葉にゴウテツの後ろで聞いていた他の冒険者達の顔が変わった。そこには呆れた表情が見えている。


「そうですか、では早速と言いたいところですが、あと数時間もすれば日が暮れますので明日の早朝に発見されたダンジョンへ向かいます」


「おお!そうですか、では家の者に宿屋まで送りましょう」


「分かりました」




 そうして村の宿まで案内され幾らか安くなった部屋を借りるとゴウテツから一階の酒場に集まるよう言われた。


 一旦借りた部屋に荷物などを置き一言二言ナビリスと銀孤に念話を送った俺は、階段を降り集合場所である一階の酒場へ足を進める。酒場には七人座って飲み食いしても平気なデカい丸テーブルの席に座り大量にテーブルに上に置かれた上手そうな料理を食べていた。どうやら俺が最後らしい。


「おうショウ!こっちだ!」


 階段を降りてきた俺を発見したゴウテツが手に持った木樽ジョッキを上げながら声を掛けてきた。


 もう既に酒が回っているようだ。


 他の者達も彼と同じく木樽ジョッキを手になみなみと注がれたウィスキーや果実酒をすする。


 空いている席に座ると給仕係が近くにやって来たので俺はシチューとレモネードを頼んだ。


 酒では無くレモネードを頼んだことに他の冒険者は怪奇な目を俺に向けてくるが俺は気にしない。


 実際に酒より炭酸飲料やジュースの方が好みだ。


「ゴウテツさん、ダンジョンを見つけた冒険者どうします?」


 頼んだ料理とレモネードを堪能して暫くしてお替りのレモネードを音を立てないよう飲んでいると、俺と同じAランクのユーリが尋ねた。


「そうだな…「もうとっくに死んでいるでしょうね」…おい」


 ゴウテツの言葉を塞ぐように横から口を出したのはユーリのパーティーメンバーであり、エルフ族のカノンだった。口を制したカノンに鋭い眼差しがゴウテツから向けられるが、彼女は優雅に果実酒をゆっくりと飲んでいる。


「っち、カノンが言った通り既にダンジョンに食われた可能性が高いな。ダンジョンの階級が判明していない内に金銀財宝目掛けて潜る奴はバカしかいねぇ。AランクやSランクの奴らならまだしも、村長の話ではEランクだった。無茶にも程があるぜ」


 そう言い終わると、一旦手に持ったジョッキをグイっと一気に飲み干した。


「まあ、Eランクの奴らが帰還出来なかったとすると階級は最低でも下級以上だ。明日の昼までに準備を終えていろよ。俺はもう部屋に戻る」


 空になったジョッキをテーブルに乗せ、立ち上がるとゴウテツはそう言い二階に続く階段を登っていった。


 それから暫くしない内に、次々に酒を飲み終えた者達が彼の後を追うように二階へ戻っていった。


 気付けば丸テーブルに残ったのは俺と今まで一言も話さなかったマギウスのみ。


「…」


「…」


「孤独狼ショウ」


「ん?」


 10杯目のレモネードを口に入れる。口内に爽やかで芳醇な香りが広がると、そのまま鼻に抜けていきレモネードが食道を伝って降りていく。食べた物、飲んだものは全てエネルギーに変わるので何時でも飲んでいられる。


 その様子を深く被ったフードの中から見ていたマギウスから声を掛けられた。


「その…レモネードは、お、美味しいのか?」


 男っぽい声だが、少しだけ高く少年らしい生一本な声。フードの中にある顔を確認するなど神にとって造作も無いが一人族に興味を持つわけでもない。


「ああ、美味いな。帰りにレモンの種を買う程だな」


「っふ…」


 俺の言葉が冗談だと思ったのかほくそ笑んだのが分かった。


「それじゃ僕も一杯貰おうかな」


「そうか」


 了解と、頷いた俺は丁度近くを通りかかった給仕係にレモネードを注文した。それっきり俺とマギウスの間に一切の会話は無かった。



――カアーン!カアーン!カアーン!カンカンカンカン!


 15杯目のレモネードを飲み終えた俺はそのまま自分の部屋に戻り、少し硬いベッドに横になりながらも数時間ぶりにナビリスと銀孤に念話を飛ばして楽しく会話を楽しんでいると、突如鐘の音がカンカンとけたたましく鳴る、方角は村の入り口から聞こえてきた。


『遊び相手がやって来たらしい、終わったらまた連絡するよ』


『ふふ、楽しんできてねショウ』


『おにぃはんお土産よろしゅうのぉ』


 念話を切り、床に脱ぎっぱなしのコンバットブーツを履き、剣帯を腰に差し部屋の扉を開く。廊下に出ると既に装備を身に纏う準備万端の冒険者達の姿があった。


「ゴウテツさん」


 皆が集まっている一階へ向かうと籠手の位置を微調整しているユーリがゴウテツに尋ねた。


「恐らく盗賊が村に襲って来たんだろう。総員!村の入り口まで急ぐぞ!」


 俺達の返答も待たずに掛け走ったゴウテツに他のパーティーも彼を追う。


 村の入り口から聞こえる叫び声、村を囲む壁の向こうから矢や魔法が降ってくる。

 走りながら此方へ向かってくる攻撃を全て弾き、ゴウテツいる入り口まで追いつく。

 村の外に出ているゴウテツは既に彼は武器である両手斧を振り回しており、突っ込んできた彼に襲い掛かって来た盗賊を吹き飛ばしている。


「衛兵!状況はっ!!」


 盗賊から放たれた矢が肩に刺さり、入り口前で倒れている兵士を真っ先に宿屋から飛び出したユーリが負傷した兵を担ぐと、安全な場所まで移動させ次にロードリヒが回復魔法を唱える。


負った傷が塞ぎ、肩で荒く息をしていた兵士が掛けられた回復魔法により安堵の胸をなでおろすように大きく息をついた。


 体力の回復を確認したユーリが壁に背を向け地面に座った兵士に短く尋ねる。今は無駄話をする時間では無いと分かっている。


「ああ、盗賊団が突然襲撃を仕掛けてきた。人数は見張り場から確認した限り200は超えている。頼む…この村を救ってくれ」


 200か、盗賊団にしては多いな。

 恐らく俺以外の者達もそう感じているだろう。

 しかし、余計な事を考える者を切ってかかったのはユーリだった。


「人数など今は気にしなくていい!まず先にゴウテツさんの援護を!いくらAランクとはいえ、あれだけの人数はキツイはずだ!急ぐぞ!位置につけ!!」


「「ああ」」


「了解」


「……」


 ユーリの言葉に全員頷くと即座に移動を開始した。


 ユーリ、リディア、俺は前方へ向かい、弓使いであるカノンと魔法を使用するマギウスは壁の上に飛び上がり、聖魔法使いであり回復が得意ロードリヒは俺達前方の後ろで何時でも回復魔法を唱える準備をしている。


「ゴウテツさん!」


 前を走る俺達へ向かってくる遠距離攻撃を防ぎ、躱し、反撃しながらゴウテツの近くまで辿り着く。


 彼の愛武器であるアダマンタイトが使われた両手斧によって防具の上から横、縦、斜めに真っ二つにされた死体が場に残っている。ゴウテツの周りに臓物が散らばり、血が周囲を赤一色に染め上げている。


しかし彼の身体には傷一つ負っていない。


 ユーリが発した大きな声に彼も気付いたらしく、顔が此方に振り向く。


「おお!遅かったぞ!襲ってきた盗賊団は恐らく指名手配中の『深海の鴉』だ!頭は元Bランク冒険者のザデン!気ぃ付けろよ!」


 神界…?いや深海か、ややこしい。


 ゴウテツの言葉に俺は足を止めてしまう。それを隙だと勘違いした盗賊が傷だらけの剣を頭上目掛けて振り下ろして来た攻撃を顔を振り向くことなく弾き、お返しにと身体を貫いた。金属で出来た胸当ての上から心臓を貫かれた男は目を見開いたまま絶命した。ただの盗賊だが身に着けている防具は立派な代物だな。


「竜派剣!」


 後ろを向くと丁度ユーリが技名を叫びながら首を刎ねていた。…技名を言う必要性があったのかは知らないが。…そういうお年頃という事にしておこう。


「かひゅっ」


 ユーリの行動に勝手に解釈して「ほうほう」 と梟みたいな相槌をしていると、隠れながら俺の背後を襲おうとした盗賊の喉にカノンが放った矢が刺さり首を貫通した。


 呑気に足を止めるな、と言いたかったんだろう。

 一応礼をする為彼女がいる場所に腕を伸ばしてグッドサインを送った。返事は無視…。


 俺が取った隙を逃さないと他の盗賊が一斉に襲い掛かって来るが、結果は肉片に変わりこの世界に受けた生命を落とす。


 一度地獄で魂が綺麗に浄化され、新たな生命として何処かの世界で産まれるを待っているよ。



 Aランク三人に、Bランク四人もいるパーティーでは200という大人数で仕掛けてきても苦戦することは無く結果、全滅し終えた。


 元Bランクだったらしい『深海の鴉』頭のザデンも暴れ回るゴウテツによって上半身真っ二つにされて終わった。


 村にも被害や怪我人は出たが、死人は一人も出ず村人全員から感謝された。それはもう凄い感謝だった…こっちが引く程に。


 …うんナビリス筆頭に、銀孤やエレニールに面白い土産話が出来た。

 さて、明日のダンジョン調査に控えてもう宿屋へ戻るか。



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