第152話 大野外演習その18

 凛としたグレイシア先輩に百合模様が入った扉が開けられそうになったけど、話を本題に無理矢理戻してケビン先輩について意見交換を継続するも、待機命令を下された生徒たちは待つ選択一択。もし仮に命令違反を起こして此処から抜け出したケビン先輩を探す為に無断でこの場を離れたら、最悪班グループ全員に重い罰則が下るかもしれない。天使並みに親切で感動してしまうくらい優しい私でも流石に、不良少年一人に私の約束された身を滅ぼすのは避けたい事態。もし、ケビン先輩が何か陰謀に巻き込まれて窮地に陥っていたら助けたい気持ちは大いにある。あるけど…。


 …色々皆で話し込んでしまったけど、今の私達が出来る事は精々彼等の身の安全を見守るのみ。次第に会話の話題が無くなった私達は次の号令があるまで自由行動となった。


――そして、遂に皆の運命を決める時が無条理にやって来る。


「凄いよサブリナ!天井まで積み重なったあの図書館でそんな希少な魔法書を見つけるなんて!それで、使用してみたの?」


 午前中グループにて一旦解散した私はテントに戻り一人ぼーっと草原の彼方を眺めていたサブリナと当たり障りも無い無駄話で過ごしていればあっという間に、枝を疎らにした森の上に夕陽が赤い玉になって落ちて行く時間となっていた。

 図書室の守り人と自負しているサブリナが言うだけあって暇の時間殆ど図書室に閉じこもる彼女は様々な知識を知っていて、私ですら知らなかった魔法に関する文献や、伝承を多く通じていた。サブリナが学んだ知識量に驚きを隠せない私。意外と楽しい時を過ごしていた。話題に出てきた魔法書とは、属性適正を持つ人が読破し深く理解すれば書の中身に書かれた魔法を覚えられる夢のような、そう正に真の意味で魔法の書。



「――ん?」


 サブリナと二人、私のテント内で楽しい時間を過ごしていると両足の裏に遠くから伝わってくる地鳴りに似た揺れを感じ取った。だけど日本の暮らしで慣れた岩盤のずれで発生する地震の現象とは異なった揺れだ。


「ごめんサブリナ!待ってて!」


 腹の底から一気に喉元へ突き上げた気合の鋭い声を彼女へ掛けた私は即座に腰に巻いたホルダーから杖に抜いてテントから飛び出す。

 私の他にも異変を感じた人達が何やら焦燥感が高まり、集まったグループたちの緊張を隠せてない。空気はどことなくピリピリしていて、杖を握った手が無意識に強まる。

 何かが起こった、確実にそう感じさせる重圧。


 地面の揺れと木をなぎ倒す音が森の向こうより、微風の引き起こす小さな波紋ほどの変化だけど耳に響いた。


「(魔力探知!)」


 杖を森の奥へ向けた私は、出力最大魔力まで引き伸ばし追加で方角指定技能を組み込んだ探知魔法を唱えた。瞬間、私の脳裏に真っ赤に染まった物凄い数の気配に背筋がゾクッとした。


 数えきれない程、大量の魔物の数が出現、しかも一目散に此方へ突進している!


「ッツ!魔物のスタンピード!?皆に知らせない――」

『緊急事態発生!全生徒に告ぐ!速やかに臨戦態勢に入れ!繰り返す、全員杖を取って臨戦態勢に入れ!森から大量の魔物が向かってきている!下級生は上級生の指示に従え!』


 生徒の皆へ危難を伝えようと魔法を発動する中、伝達魔法で音量を膨張したグレイシア先輩の張った声が周囲に響き渡った。すると、先輩の伝達魔法を合図に生徒達は唐突過ぎて事情が飲み込めてないけど、指示された通り行動を開始する。一瞬にして騒ぐ声が嵐のように聞こえてくるけど悠長している暇は無い!この時も危険が一刻も迫ってくる。ポーション類を詰め込んだ薬鞄を取ろうとテントへ駆け戻る私。

 テント内では全体に届いたグレイシア先輩の指示が行き渡ったはずなのに、顔面蒼白になったサブリナが端っこで丸まっている。平常時なら甘い言葉を掛けるけど今は無理。


「ヴィオレットちゃん…」


「森から大量の魔物がやってくるわ!一秒でも早く私達の班へ向かうわよ!杖は持ち歩いているわね。ほらっ行くよ!」


 非常事態故に悪意は無いけど、とげのある口調になってしまったが四の五の言う時間は残されてない。不安に怯えたサブリナを尻目に、飛ぶような速さで薬鞄を背中に括り付け、小さく背を丸めてガタガタ増える手を握り込んで無理矢理立たせる。


「あぅ…あぁ」


「行くよ!肉体強化全開で走るからサブリナも強化しなさい」


「ひゃっ、ひゃいぃー!」


 彼女の返事を聞く前に魔法で強化した足で地面を蹴った私は先輩たちが集まる中央まで全力で走る!


 一分以内、枯れ木々が生い茂るその向こうから。魔物の軍勢が溢れ出す。

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