エピローグと言う名の再会

 テラスに設置した腰掛け椅子に座り、ナビリスが注いだ紅茶を飲みながら75年前、左手の薬指に嵌めた結婚指輪をぼんやり見つめる。左手の結婚指輪を撫でると共に歩んだ絆を鮮明に思い出す。



 エレニールとの結婚生活を言い表すなら…数奇で波乱万丈な日々、退屈の無い生活…だった。王位継承権を破棄、王族から降嫁したエレニールは新女公爵当主として奇蹟染みたカリスマ性を十二分に発揮、王宮で携わった手腕を領地経営で振るい繁栄を齎し、領民から崇められた。


 彼女と俺の実力を近郊で留め置きたい王国上層部の打診も加わり、王都から徒歩で丸一日ほど離れた直轄地、交通便が発展した土地を譲渡された。公爵位を賜った元王女の領地としては決して広い場所では無かったが、初代公爵家に婿入りした俺の尽力もあり領内は瞬く間に発展を遂げた。


 エレニールと関わり合いを持つ優秀な人材を領地へ連れて来た役人の活躍もあり、王女としての重圧感から解放された彼女は引っ越し後、伸び伸びと生活した。その性格は王女時代と変わらず気丈で凛としたものだったが、時折みせる女性らしい仕草に心打たれる瞬間も確かに存在した。


 領地経営を任せる文官も育ち始めた頃、時間を作っては皆で大陸全土を旅行する年もあった。参加メンバーは俺、エレニール、転移魔法係のナビリス。銀弧にローザの五名。名目上は視察とと銘打っていた……が実際は気心の知れた仲間との旅行気分で楽しんでいた。


 白い砂浜、照りつける日差しに煌めく何処までも青い海。

 広大な砂漠の中に堂々と聳え立つ三角形のシルエット。何千年の時を経てもなお、古代の謎を秘めたピラミッドは見る者に威厳と神秘を感じさせる。

 ローザの故郷『イグドラシル』奥地に根を張った世界樹。まるで大地と天界を結ぶ橋のように聳え立った幹は、何万世紀もの時を経たかのように太く、無数の年輪が過去の歴史を物語る。空を覆い尽かさん枝葉は広がり、新緑の葉が風に揺れる度に、サラサラと心地よい音色が耳に届く。葉の間から光がこぼれ落ち、地面に美しい光の模様を描き出し、枝の先端には小さな花や果実が実り、色とりどりの精霊が優雅に飛び交う姿が見られる。


 下界で失われた伝説の転移魔法をポンポン気軽に使うナビリスの様子にエレニールは当初、呆れる表情を薄ら見せていたが。潮風が吹く海を見る頃には気が赴くままに新婚旅行を満喫していた。


 領地に新築された白亜の屋敷へ戻った俺達はテラスに集まりある話し合いを交わした。家族の一員となったエレニールに俺とナビリスの正体を明かした。……人の身から離れた存在だと薄々感づいていた彼女は驚きの表情を一切見せず、真摯に全てを受け入れた。流石に星空の全てを創った創造神の孫である内容には動揺していたが。…全ての真実を紅茶と一緒に呑み干したエレニールだったが、一つだけ些細なお願いを口にする『一緒に齢を重ねたい』と。


 不死者の神、定命の人族、二つの結び目は決して同じ土俵に上がる事は無い。……だがエレニールは神と人の境界線を曖昧にした、共に同じ時の流れを歩もうと。俺の傍らに立ち寄り添い、腕を組んだまま……何れ訪れる死の刹那まで共に歩みたいと微笑みながら言ってくれたエレニールに俺は彼女の願いを応え、人と同じ加齢を刻む事を決める。


 中央大陸では不毛な争いが続けていたが、列強諸国のランキャスター王国は平穏の日々は、時計の針がゆっくりと過ぎるよう静かに過ぎてゆく。ある日、エレニールの妊娠が発覚した。


 神の子を身篭った彼女は日に日に大きくなっていくお腹を撫でながら幸せそうに微笑む光景は今も焼き付いている。わざわざ王都より遊びに来た第四王女ティトリマ、第五王女アンジュリカが羨ましそうに姉のお腹に手を当てながら将来生まれる子供の名前候補を考える姿は微笑ましく、家族の絆を感じさせるものだった。


「お姉様、どんなお名前がいいかしら?」


 アンジュリカが尋ねれば、エレニールは少し考えてから答えた。


「そうね…強くて優しい名前がいいわ。私たちの子供には、どんな困難にも立ち向かえる強さと、他人を思いやる優しさを持って欲しいから」


 アンジュリカと一緒に生まれてくる子の名を考えていたティトリマがその言葉に頷きながら「……アレクシス…はどう?」と提案した。


「アレクシス?」


 静かに撫でる手をとめたエレニールが不思議そうに聞き返す。


「うん。だって…姉様とショウ兄の子供、二代目公爵家の当主として多くの困難を乗り越える未来…待ってる…だからアレクシス。その名前に相応しい強さと優しさを…持っているようにって」


 エレニールは微笑みながら――


 「アレクシス…いい名前ね。ありがとう、ティトリマ」


 と答えたのであった。


 その後も家族は和やかな時間を過ごし、エレニールの妊娠を祝福しながら未来の子供の話に花を咲かせた。


 時が経ち、エレニールの出産の日が近づいてきた。彼女は少し緊張しながらも、強い決意を持ってその日を迎えた。王都から派遣された産婆が待機する部屋の前で俺は無事に子供が生まれることを神界に暮らす祖父に祈る。


 部屋の外に座る俺の耳に一つの音が聞こえてきた。それは生命の言霊、俗世に溶け込む新しき生命の泣き声、力強く…温かい光。

 エレニールは無事に元気な男の子を出産した。人と神の血が通う赤子の名前は、家族みんなで考えた「アレクシス」と名付けられた。


部屋の中へ進む俺を迎えるエレニールは髪を汗で額に付け涙を浮かべながらも誇らしげに微笑んだ。


「初めましてアレクシス、私たちの可愛い息子。これから、貴方を守っていくわ」


 母の言葉に反応するように、アレクシスは静かに泣き声を上げたのだった。




 それからの月日が経つのは早いもので、気が付けばエレニールが産んだ子供は数年の時を経て立派に成長していた。母から受け継ぐ赤髪を靡かせ凛とした表情を持つアレクシスは両親の才能を遺憾なく発揮した。小さき頃より鍛錬を怠らず、木剣を握りしめれば大人顔負けの剣術で相手を圧倒。魔法教師役のナビリスと魔法を練習をすれば一瞬で術式を習得、オリジナル魔法も覚えた。


 誰もが彼の将来に期待し注目する好青年と成長したアレクシスは自ら群雄割拠の戦乱に飛び込み、他種を圧倒的な力で活躍していった。





 立派に成長した息子が学園で知り合った令嬢と結婚、初孫を迎えた頃。俺とエレニールは息子に家督を譲り正式な隠居生活を始めた。領地の運営はアレクシスに一任し、俺とエレニールは世界の旅に出掛けるのであった。年月は瞬く間に流れていき、その一つ一つの場面を心に刻みながら……人に残された時間を噛み締める。旅先で多くの出会い、経験を積み重ね――


 エレニールと夫婦として最後の時を過ごす。






 雲一つなく冴え渡る空、抜けるような藍色が平行線へ伸びた快晴な日。俺とエレニールは二人で領地が一望できる丘に訪れていた。見晴らしのいい草原で二人寄り添いながら、光の粒を沢山含んだ空を眺める。温もりを求める皺苦茶の手をそっと包み、俺の肩に頭を預けるエレニールは穏やかな表情で口を開いた。


「……ありがとう貴方…私の生涯の伴侶になってくれて…最期まで私と一緒にいてくれて…貴方に出会えた事が人生の誇りです…肉体が朽ちても…魂が浄化されても…貴方に恋焦がれて……愛し続けるでしょう。私は…貴方を愛してい……ま………す……」




 頬に雫が伝ったエレニールを胸に抱きよせる。目を閉じて、小さな寝息をたてる最愛の妻へ永遠の眠りを告げた。


――俺も君を愛してるよ。君と一緒に過ごせたから世界を満喫できたんだ。

 君の面影を胸に刻んだ俺は最後の時まで微笑み続ける。


 妻エレニールの葬儀は領地で執り行った。領民や親族、友人達から多くの参列者が訪れて彼女の冥福をお祈りしたのだった。彼女が眠る棺は公爵家邸宅の家族墓に埋葬された。愛国者らしいエレニールの選択を叶えた。







 俗界を離れた俺、ナビリス、銀弧にローザは昔発見した孤島に居を構えた。中央大陸から遥か彼方に離れた断崖絶壁の島へ人が辿り着くつには長い、長い年月を要するだろう。

 最愛の女性を看取ってから数日後、神格が上がっている事がナビリスから知らされた。中級神から上級神へ挙がり、代償として感情が更に制御される。外見も強制的に元へ戻った。


「今日にも神界へ帰還する?」


テラスに設置された椅子に腰掛け、天に向かって左手を伸ばす俺に近寄ったナビリスが話し掛ける。

直ぐにでも世界転移を起動して人間だった頃生活していた地球へ戻れるが。今はまだ……。


「まだいい。喪中の一周忌までこの世界に残りたいんだ」


 俺は首を横に振りながら、ナビリスに告げる。


 エレニールが亡くなってから、俺の感情に制限がかかった。喜怒哀楽の感情が薄くなり、感性を失う。だが俺は後悔していない。最愛の女性を看取り、彼女の最期を見届けることが出来たのだから。

 ナビリスは俺の心情を察して静かに頷く。


 それから一年後、喪中の一周忌を迎えた俺は地球へ帰還する事を決めた。全ての起点となった約束を果たす為。












 人の足音や車の雑音が奏でる生活音、線路を進む電車の音、都会特有の様々な音が混じり合った開放的な空間。俺は今、日本の首都である東京に立ってる。目の前に道行く人が行き交う交差点、信号が青に変わる瞬間まで待ち続ける人たちを尻目に、俺は高層ビルに設置された大型スクリーンに映し出された映像を眺める。スクリーンには今日の日付が表示され、その横からニュースが流れる。


『2018年…か』


『ええ、人間だった貴方が刺されてから……6年が経った地球よ』


 地球を管理する女神メルセデスが住まう場所からナビリスの念話が届く。6年…6年か、あえて地球の情報をシャットアウトしていたから実感がまだ湧かない。


 信号待ちをしていた人達は一斉に歩き出し、交差点から人の流れが消えるのを見計らい、俺は横断歩道を渡る。ちょくちょく道行く人の視線が此方に集まるが気にせず、ナビリスの案内に従って足を進める。懐かしい東京の街は変わらず賑やかで、ビルの間を行き交う人々の姿が目に入る。俺はその中を歩きながら、かつての人間としての生活を思い出していた。


『ショウ、次の角を右に曲がって。300メートル進んだ先が目的地よ』


 ナビリスの念話が脳裏に響く。曲がり角を右に曲がると目の前を立ち塞ぐ高層マンションが見えてきた。周囲のビル群を圧倒する存在感を放つマンションが終焉の目的地。ガラス張りの外壁は、太陽の光を受けて輝き、遠くからでも一目でそれと分かる。オートロックが施されたマンションの入口には、モダンなデザインのロビーがあり、大理石の床に柔らかな光が差し込む。ロビーに配置した観葉植物が落ち着いた雰囲気を醸し出す。

 セキュリティ進化がめまぐるしい電子キータッチを問題なく通過、エレベーターに乗り込み、ナビリスが告げたボタンを押す。金属の箱が上がる間、かつての記憶が次々と頭に浮かんきた。


 エレベーターが目的の階に到着し、ドアが開く。洗練されたインテリアが迎える。廊下を進み、表札を掲げてない扉の前へ立ち止まる。そして――インターホンを押した。


 暫く待っていると扉の向こうからドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。思い切りドアが開き、中から飛び出た金色の髪は、鋳溶かされた黄金が流れ落ちるような麗しさ。懐かしい記憶の中に残った面影より洗練され大人びた女性。大輪の花の様に美しい女性の瞳が大きく見開き、目から溢れた涙は流れ落ちる。

 美しく引き締まった顔に笑顔を見せた女性は喉が詰まるような気持ちの中で、やっとのことで声を出した。一つ一つの言葉が震える唇の間から絞り出される。


「会いたかった…


 その声はかすかに震えていたが、確かに愛と感動が込められていた。


「俺も会いたかった…飛鳥」


 俺の声が耳に届いた瞬間、誰はばかることなく思い切り泣く飛鳥が胸に抱きつく。


「手紙の約束通り、迎えに来た。長く待たせてしまったな」


 力強く抱き締める飛鳥の髪を撫でながら、そう言うのであった。





『後書き』

以上をもちまして「俺の祖父は創造神」終了です。

本作の完結まで長い間お付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。(以降も誤字、文章訂正を継続します)


では…次回作でまたお会いしましょう!……(Xのフォローもよろしく)

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俺の祖父は創造神 ~管理する世界でのんびり過ごす現人神~ 名無しの戦士 @nameless_sensi

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