第124話 少女マイシャと現人神
「もう平気か?」
自分の胸に顔を押し付けて袖を強く握り締めて咽び泣くマイシャの背中を赤子の様にさすっていると調子を取り戻したのか時間を乱れた呼吸を整えるため長い、長い深呼吸をして溜めた息をゆっくりと外に吐き出した。念の為、マイシャに声を掛けてみれば本調子では無いが行き場の無い感情を飼い殺してコクリと胸の中で頷くと顔を見上げて此方と目を合わす。先程までしきりなく泣きじゃくっていた目は赤いが、何処か吹っ切りてた面構えを見せていた、例えるなら殻から這い出てきた雛鳥。
「う、うん…もうだ、大丈夫です」
それも束の間、今の状態に恥ずかしさを覚えたのか頬を赤く染めながら距離を離してお礼を言われた。危害が無くなり気が緩んだのかグラリと身体がたじろいて思わず地面に手を置いてしまったマイシャに近寄り、上腿に巻いたレッグポーチから二つの瓶を手に取り彼女に明け渡す。手の平サイズにきつくコルクで栓した瓶の中に入った液体は赤色と青色で分けている。
「傷を癒すポーションと魔力を回復させるポーションだ。これを飲めば多少回復するだろう」
「あ!ありがとう…ございます」
曇り一つ無いガラス瓶のポーションは値段が張る事を知っているマイシャは引き目を感じるのか中々受け取ろうとしなかったが、半ば押し付けるような形で渡す。疲れ果てた体は正直だったらしくお礼を伝えつつ恐る恐る受け取った。彼女は不安そうな顔で受け取った真紅のポーションを眺め、溶液を揺らすと目の前にいる俺に視線を移す。俺が頷いたのを確認すると数秒目をつぶり、覚悟を決める。
「っん…に、苦くない、それに…飲みやすい」
キュポンッと封されたコルクを外して一口、唇をすぼめて飲むと意外そうな感想を口に出す。効果は直ぐに現れた。飲んだ瞬間にマイシャの体の青あざは消え去り、細かい擦り傷から切った皮膚の至る所まで回復した。
「ランキャスターで改良されたポーションだ。現存するポーションと回復量は変らないし、値段もそう躊躇する程高く無い」
「そう、王国の…。一度は寄って見たいってリーダーが零していたわ。もう無理な思いだと分かっているけど」
空高く広がった雲を見上げながら話す少女。目に映る光景は何処か儚く遠い何かを見つめている。しかし、このままぼんやりと時間を過ごす暇は残されていない。
「すまないが、ここ数日間他の冒険者を見ていないか?二人組のB級が俺より先に依頼を受けたらしい」
鞄から取り出した依頼書に書かれた内容をかいつまんで説明した。
「ううん。森へ逃げてから誰もと会ってない、ショウ…さんが森の中で出会った初めての人」
薄々気付いていたが斥候を担っていた冒険者とはすれ違いか…。もしかしたら、既に手遅れかもな。
さてと、そろそろ向かうとするか。
「あっちの方角へ真っすぐ進めば対魔物の結界が起動している開けた場所にでる。俺は依頼を遂行する為村に向かわないとならないから、彼方で待機している馬と一緒に待っててくれないか?」
本当は俺と一緒に行動したいだろうが、彼女の実力では足手纏い。マイシャも現実に向き合ったのか悔しそうな顔をして諦めの色を浮かべるも俺が指示した方角を見つめて小さく頷いた。
「…わ、分かったわ。…その代わり一つお願い、パーティーメンバーの遺品を取り戻して」
苛立った憤りが段々噴き上げて彼女から殺気が朝の海風のように周囲を舞い降らす。
「大切な人達が命を懸けて戦ってきた相棒が穢れた魔物の手に渡るのだけは絶対に許されない!それが不格好にも生き残った!…生き残ってしまった私が出来る最初の償い。…それと厚かましいけど変わり果てた姿が野に晒されていたら埋葬して欲しい、お願いします」
体力を回復した彼女は足に力を入れて立ち上がれば、俺に縋るような気勢で頼ってきた。齢15もいかない小さき少女には似合わない風格の兆しを見せつける。曇りない瞳で見つめてくる姿に俺は肯定の意味も込めて首を縦に振る。
「約束しよう。責任を持ってマイシャの望み、この『孤独狼』ショウが果たそう。さぁ粗方周囲の魔物は殲滅させたが此処も安全とは言い難い、結界が張られた空間で休んでおくと良い。暇があったら馬の世話をしてくれると助かる」
「うん、ありがとう。ショウさんを待っておくから私達の仇打ってね」
じゃあね、と一旦お別れを言葉を告げて傍に転がっていた彼女の武器である短杖を拾い、よろよろと魔物の死体を避けながら去って行った。
彼女の姿が見えなくなれば腐敗した魔物から蔓延する伝染病を未然に防ぐために土魔法で大穴を地面に作り、大地に積まれた魔物の死骸全てを空間魔法「アポーツ」で穴の中へ転移させる。周りを一度見渡して残った死骸が居ない事を確認すれば最後に神炎魔法を唱え、一秒も掛からず灰とかにさせる。後は魔法でどけた土を元通りにすれば完了。
「(…さて、待ち伏せているだろう原因の黒幕が網を張る村へ向かうとしますか)」
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