第150話 大野外演習その16

「――革命軍の目印が付いた革鎧を纏っていたそうよ」


「…そんなぁ」


 革命軍…。その言葉を聞いた途端、恐怖で背筋に小売りを当てられたように身震いを起こす。


 魔力量の大きさ、魔法属性を絶対視する魔導国に蔓延る反乱分子。始まりは数世紀前まで遡り、生まれながらにして魔力量が少ない国民達が集まり建軍された団体。自らを自由革命軍と名乗り、厳格な魔法身分制度に差別が無い新しい時代を息吹を吹き込まんと活動する連中。


 しかしその実態は破壊活動、暴動、犯罪行為、違法奴隷誘拐等の過激活動が挙げられ、国家より一級テロリスト組織として指名手配されている。


 事実…二年半前にはミレディリック領の村に革命軍が物資の確保と名目で攻め入り、焼き討ちされた老若男女、稚児問わず首をことごとく刎ねるという、さながら悪魔の所業とも言える暴虐な仕打ちを犯した。

 当然の如く家臣からの凶報に激怒した我が父、ミレディリック現当主は集めた兵士と金で雇った傭兵を領主自ら率いて村を襲った革命軍を一人残らず全滅させた。捕虜となった革命隊長は吐き気を催す尋問を掛けられ、情報を吐かせた後、極刑が下された。手足の指を全部斬り落として酸度が高いスライムを無理矢理口に流し込む、と聞くだけで鳥肌が立つ異世界独特の処刑方法。


 肉体的に幼かった私が内容を聞かされた時は見っともなく母親に抱き着いて気を失ってしまった事をハッキリ覚えている。あの出来事以降革命軍の名を聞く度、無意識に恐怖で怯えてしまう。心に強く残った傷。


「演習日が一日伸びたのは納得出来ましたわ。それなら一旦学園に戻ったらよろしいのではなくて?」


 広げた鉄扇で口元を隠した金髪ロール先輩が雲の流れを観察するような目つきで伺う。…確かに教師に護衛役の冒険者がこの場に居ないとして、ここから魔都ガヘムに到着するまで馬車に乗ってたったの一時間。全然生徒達だけで対処出来る範囲。

 しかし、問われたグレイシア先輩の返事は不服そうな表情で首を横に振った。


「当然私も同案を先生に申し出たさ。例え全員が馬車に乗れなくても魔力で肉体強化すれば徒歩でも十分帰還できる範囲と。しかし教師からの返答は『この場で待機』の一点張り。表面上の理由は『如何なる緊急場面でも学園生徒として迅速な対応で演習に取り組むのも演習の一部』等答えていたが、本音は自分の担当地域で革命軍の侵入を許したなどという不祥事を問われるのを恐れたって所…か」


「まぁ!なんと見苦しい…。これだから由緒正しい学園に成りあがりの平民が教師に務まるなど甚だしいと思っていたのですわ。義の心が穢れております」


 鉄扇を広げたまま汚らわしいそうに整った眉を顰めた金髪ロール先輩がそう吐き捨てた。確か彼女の実家はラーヘム魔導国が誇る最大港湾都市ウェンラウゴを治める侯爵家の生まれだったはず。上品で高級感のあるマント、整った容姿にナチュラルメイクを施し、制服の上からも分かる抜群のプロモーション、見るからにお嬢様感が凄い相手。…うん、子爵家次女の私と比べても雲泥の差。

 馬車の中で少し会話を交わしたけど、名門貴族に人一倍誇りを持つ彼女は日頃より平民生まれの生徒、教師達に反発しているとか。


「(話した感じ卑怯な真似は決してしないで、正々堂々と正面からぶつかるタイプだから余計可愛く見えるんだけどね)」


 口に出せば最後、お尻ぺんぺんの刑に処されるから絶対言わないけど…。昨日、一言余計な言葉を零したケビン先輩に切れた金髪ロール先輩の鉄扇ビンタは見ただけでブルっと体が小刻みに震えた…。一見すれば他人を見下し、厳しい人に見えるけど、努力を怠らない人達には優しい金髪ロール先輩を取り巻きは慕っている。

 私の事も即知だったらしく、意外にも良くしてもらっている。魔都の高級菓子店で一番人気のお菓子も貰っちゃったし!あれの甘さは正に頬が蕩けそうだった。


「グレイシア先輩、私達はどうしたら?明日まで大人しく待機しておいた方が良いですか?」


 顎に手を当てて思案にふける先輩に私は尋ねた。先輩の返答次第で今日の予定が決まる。


「…やはり、それしかあるまい。どの道私達が手助けに古代遺跡へ向かっても所詮頼りない生徒の身。結局…教師や冒険者達の足手纏いになるオチだと私は思う」


「っけ!学園トップの実力者様が何てザマだ、聞いて呆れるぜ」


 先生の指示通り、今日一日この場で待機と言う先輩の消極的な態度にケビン先輩は猛烈に反発する。周囲の先輩方も彼の反応は想定の範囲内だったようでケビン先輩を咎める視線を送っている。


「どうやらケビン殿は私と違う考えを持つらしい。ならば君の理由を聞かせてくれないか?」


「俺が学園行事に参加した理由はたった一つ。誰よりも飛び抜けた高功績を残し、俺が頂点に君臨する為だ!金級ゴールドの許可証ぉ?っは、んなチンケなクズ紙欲しくねーよ!未来の魔導席に座る俺からしたら革命軍を皆殺しも覇道の一歩に過ぎねぇんだよ!明日まで待機ぃ!?獲物がすぐ傍に居るってのに首を長くして待つとか有り得ねーんだよ!!」


『……』


 魔力を滾らせて周りに響くような凄まじい声を張り上げるケビン先輩に私達は捨て犬を見るような哀れみの目差しを彼に送っていた。無残なほど痛ましいケビン先輩、彼は彼なりの方法で魔法の頂点に立とうと健闘しているのかも知れない。

 けど…私は知っている、前世でプレイした乙女ゲームをクリア後出現するある人物に話しかけると、ゲーム内で一番魔法レベルが高い人物と勝負する事が出来る。


 その人物とケビン先輩を比べたらマンモスと蟻。彼が逆立ちしても到底敵うことは絶対ない。


「なるほど、貴殿が伝えたい事は理解した。だが教師の命令は絶対、それに不服なら彼等が遺跡より帰還次第、直談判するがいい」


「っけ。そーかよ」


 舌打ちなどして不機嫌なままケビン先輩は踵を返して何処かへ歩き出す。


「先輩…」


「ああ、気にするな。それとなく見張っておく」


 一旦解散した私達は自由行動を取ることとなった。

 そして…太陽が天頂を通過したあと、ランチを食べ終えた私にある連絡が回って来た。

 どうやら、ケビン先輩の姿が何処にも見えなくなったようだ。


「(やっぱりそうなるよね!)」


 予想通りの事態に思わず天を仰いで嘆息した。

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