第132話 会議その2

 秘密結社に所属する主筆頭、幹部達による会議は続く。


「――まるでこの世の理の外側にいる人物…。もしくは混沌化した乱世に女神の手より生まれ落ちた、理を斬り裂く英雄の欠片を持つ英雄」


 幹部になった者のみ盟主より授かる現存する魔具と比べて不条理で高度な技術によって作られた強力な道具、古代遺物アーティファクト。彼等が『ミルトリウスシリーズ』と呼ぶ秘宝の一つ、『ミルトリウスの書』に記されたショウに関する文書を読み取った一柱は辞書より分厚い書物に目を通しつつ、彼の情報を一つでも多く集めようと円卓を囲む席に座りじっと無心で待つ同僚達に告げた。


「……何者だぁソイツは?未発見の新種族か何かぁ?」


 同じ場に崇める存在である盟主が居るのにも構わず大雑把に机に両足を置き、腕を組んだ大男、第五柱を一任された大男が侘し気な顔で抑揚のない言葉を呟く。想像した内容よりも数段ぶっ飛んだ敵の正体に半信半疑な気持ちがもどかしく感じる。


「測定レベル…は不明、現段階で把握している魔法の属性は火、風。そして氷魔法の残滓を発見したから高レベルの水属性も使用可能。所持しているスキルに至っては判読不明、皮肉な事ですが魔術に詳しかった元六柱が散華した今、更なる見当を手に得られるのは非常に困難…」


 全く煩わしい、とこの世に居ない者に対して咎めるのは白衣に身を包んで鼈甲ぶちの眼鏡を左手で押し上げる幹部、二柱だった。レンズの奥に見える双眸を若干細めた彼が手にするのは、自身で用意した書類。文面には平凡な人間が見てもチンプンカンプンで解読困難な数学で表現されている。


「ねぇ第三柱様。その『ショウ』様はどの様な容姿だったか覚えているかしら?出来れば詳しく聞きたいんだけど」

「糞アバズレェ、相手は顔馴染みの幹部の首を討ち取った組織の敵だ。どんな面部を持とうと、仇は取るべきだぜ!」


 背中に流した軽いウェーブが波打つ深緑色の髪に切れ長でつり上がっている狐目の若い妖艶な美女、主たる盟主より授かりし『ミルトリウスの法鞭』を扱う女性新六柱の態度が気に食わなかった大男は苛立ちを顕にする。


「あら、私が何時組織の矜持を傷つけた敵を許すと言ったかしら?人一倍頭部が大きい割には、詰め込んだ脳は案外と小さいらしいわね」


 フフ、と広げた扇子で口元を隠してかすかな冷笑に似た奇妙な笑みが、この場に居る全員の瞳に映る。

 怒りの限界を超えた大男はこめかみから額に、蚯蚓のような青筋をみなぎらし椅子を蹴飛ばして立ち上がる。男の腕には彫られた絡み合った一対の蛇がドス黒い妖気オーラを浴びて青白い光を薄暗い部屋を照らす。


「…はぁ、全くこれだから野蛮人達は…。幹部同士の争いは御法度ですよ。それに盟主様も降臨されし神聖なる御前で等…思わず卒倒してしまいそうです」


 呆れかえって視線すら合わせない白衣姿の二柱は咎める事を諦め円卓に置かれた書類の束を読み進める。


「……三。…戦い方…は?」


 すると今まで黙っていた男が呟く。鍛え抜かれた肉体にグリフォンから剥いだ皮から加工したコートを羽織った四柱、一年中孤独で旅をするこの男は優秀な魔法使いであり、同時に武人気質を持った無口な変わり者。


「幻鳥さんに聞いてみるね!…チュンチュンチュンチュン、ピピピピッピーチュチュン――うんうん、ニーニーチッチ…へぇ~そうなんだ~分かったよ!」


 『鳥使い』ダリアの目にしか映らない鳥達と意思疎通を共有する間、誰も口を挟まない。ダリアから得られる内容は教団が今一番欲している情報、絶賛険悪中である五柱と真六柱の二人もダリアへ耳を傾けている。


「……分かった、か」

「うん!お兄さんがねぇ!ビュンビュンビュン、ズッ、ッサ!ウーウォンウォン!ゴーゴウンーシュージュドンー!でガディ爺を倒したらしいよ!」


「「「……」」」


 満面の笑みでショウの戦い方を説明したダリアの話を聞いた結果、束の間の沈黙が起った。効果音のみの説明に今まで結んだままの唇にかすかな笑いを浮かべる盟主も思わず困惑した様に頬がほんのり引き攣っている。


「……」

 その中で、ダリアに問いかけた四柱のみ、納得したのかうんうん唸ってうなづいている。


「ダ、ダリアちゃん…は、意味分かるの?そしたら無知の私に教えてくれる?」


 毎回敬意を持って席の称号を呼ぶ新六柱もこの時ばかりはダリアの本名を口に出していた。


「ん~私にも分かんない!鳥さん達がそう言ってただけだもん」


「そう…、それは残念だわ…」


 困った顔のまま愛想笑いを浮かべる六柱の女、固まった空気を変えるようと急に話を転じる事にしたが上手く話題性が見つけられない。



「……調査不足の『孤独狼』の件は一旦横に置いておいて一柱殿、革命軍と連絡は取れたのですか?」


 雲如く指の隙間より掴めないショウの全体図が見えない存在に貴重な時間を潰すのは得策では無いと思考した数学者の二柱。彼は報告書に示された他の内容について話を再開した。


「ええ、運よく革命を指揮するリーダーと連絡交わす機会がありまして既に良い返事を貰いました。対価として、来る革命ののために練られていた奇襲作戦に心ばかりの手を貸す事。後、人材確保に必要に物資と金銭の譲渡」

「っけ、魔力も碌に扱えねえ出来損ないの軍団が随分と偉そうに上から目線じゃねえか!今からでも遅くねえ!俺様が直々に潰すか!」

「…その必要はありませんゾアバック」


「盟主…」


 大男に答えたのは今まで口を結び、静かに会議を母の如く見守っていた盟主本人。予想も付かない人物からの返事に普段から横暴な五柱も子猫みたくか細い声となる。

 盟主が言葉を発した瞬間に、神秘的な不調和が、部屋の空気が重くのしかかり、感覚が無言のうちに冴えはじめる。


「彼等との脈絡は結社の悲願に欠かせない存在になりましょう。…再臨計画の第二段階はつつがなく完了し、しばしの猶予ある第三段階の開始まで至るには革命軍の奮闘は必要な盛儀」


「ああ~。…そうゆうことでしたら」


 それから半刻程、滞りなく会議は進み、やがて終わりを告げる錆鐘のかすんだ音色が部屋の端に置かれた置時計から聞こえてきた。

 幹部達を取り纏める第一柱の男が立ち上がり、主たる盟主に礼を魅せつつ今会議の終了を告げる。


「では散華した元六柱の後釜の目星を付けつつ、首級を上げたランキャスター冒険者ショウの実力を見極めながら革命軍との連絡をやり取りが次回までの課題ですね。三柱殿は冒険者ギルドで縁を深めてください」


「ハーイ!鳥さんと頑張る~」


 手を挙げて元気な大声で答えるダリア。


「四、五、新六柱殿等は…もし敵対者ショウと巡り合っても先走って攻撃を仕掛けないで下さい。情報が揃うまで耐える時です」


「……ああ」

「クソッ…分かったよ!」

「私も死ぬのは困るから了解したわ一柱様」


 残りの三名も不本意ながらも許諾する。


「それでは我が主様、御言葉を…」


「ええ、……我らの悲願達成まで後三年。母なる救世たる女神メシアの再臨」


 盟主による高らかな宣言。円卓の御前にずらりと整列した皆の思う心は同じであろう。

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