第186話 帰国の旅路 その6

 ロスチャーロス教国で絶対の影響力と司る光神の信仰の象徴であるラヴァッグウルセラ教団。教団で人気がある職は、大きく二つに分かれる。一つは総本山に聳え立つ礼拝所で働く神官、もう一つは教団の教えを守り、外敵や魔物から信者を守護する聖騎士。


 家柄の血縁や富力を持つ高貴の出で固められた神官と異なり、厳しい訓練と試験さえ合格すれば例え貧しい生まれの人族でも成れる聖騎士は常に教国民から幕われる存在。


 聖騎士試験会場の元には、連日のように試験を受ける若人が舞い込んでくる。中には、高司祭の血筋を持つ人物もいるほど。


 聖騎士たちの日常は、訓練と瞑想に費やす。日々技を磨き、心身ともに自己を高め常に教団の理想を追求して過ごす。その姿勢に希望の色に燃えた若者が未来の聖騎士を目指して努力を重ねていく。


 苛烈な試験を合格して見事、聖騎士の座に就いた者等には教団より板金製の鎧、白地を基調に緑糸で縫製された貫頭衣とフード付きのマントに、腰に佩るテンプルソード。最後に聖騎士の証である聖印が支給される。


 


 長々と語り終えても状況はまるでブルドッグから溢れるヨダレ並みに変わっていない。


「神の下僕たる我らに悔いながら命を捧げろっ、神敵ショウッ!」


 夕暮れの光が今にも崩れそうな建物が並んだ貧民街の一角にある共同井戸が設置された広場をオレンジ色に染め上げる中、白ローブを身に纏った集団が聖属性を付与された武器を抜き一斉に突撃してくる。


 魔力で速度を強化した鋭い一撃は急所の首を狙い振り下ろされる。俺は剣を抜かず、身を低くして彼らの攻撃をかわす。彼らの剣が空を切り、俺は反撃の機会をうかがう。


 俺は素早く動き振り下ろした聖騎士の懐に飛び込むと、剣を両手の平で挟む白刃取り、動きを止める。


 動きを封じた男の顎に肘打ちで強い刺激を与え脳震盪を引き起こす。そのまま投げ飛ばした男の間を縫う光魔法が俺に襲い掛かるが、俺は彼らの動きを読み、一撃一撃の攻撃を避ける。俺の動きは、蝶が舞うように軽やかで、彼らの攻撃を巧みに躱す。


『(気配を消した弓手が三人、屋根の上から俺を観察しているな)』


 途切れない剣技と魔法を無傷で駆け巡る最中、貧民街に立ち並ぶ屋根の上からタイミングを窺う存在へ意識を向けていた。屋根の上には俺の死角に入った弓使いが静かに構えている。気配遮断の魔法具を身に着け息を凝らして戦いの場を見下ろす彼らの正体はさしずめ教団が放った教義に反する異端や他教を排除する異端審問官の隊員だと推測する。


 好んで汚れ仕事を引き受ける暗部の人間を送るとは教団は余程、計画を邪魔した俺を消したいらしい。


「聖なる力よ、怒りに光をもって、神の敵を貫かん聖茨ホーリーソーン!」


 首から下げた聖印を媒介にした詠唱を唱えた瞬間、足元に輝く魔方陣が浮き出し大小の刺状で構築された蠢く茨が俺の脚に巻き付いた。動きを封じられた様に見せたチャンスを敵側は食いつく。


「今だ!一気に仕留めろ!」


 聖騎士のリーダーが叫び声がタイミングの合図となり、戦いを冷静に計っていた異端審問官が矢を放つ。絶妙な好機で放たれた魔力の矢は音もなく空を切り、襟首を目掛けて飛んでくる。


 もし俺が一般人なら反撃の機会を窺うこと無く命を奪われただろう――、矢が迫る中わずかに首を捻傾け致命的な一撃を回避する、俺の耳元を掠めるように飛んでいく魔力の矢は壁に突き刺さる。


「ッチ!これでどうだ!」


 死角からの弓矢を完璧に躱した俺に苛立ちを覚えた聖騎士の振るう斬撃は銀光が疾る。しかし、どれだけ連携が取れた攻撃を振るうが傷一つ付けられない。手に握られた白銀の刃に全て弾かれる。


「…うん?」


 気付けば締め付けた魔法の棘が弱まっていた。


 泥にハマった雨靴から脱ぐ如く拘束から自由の身になった俺は、軽やかな足捌きで至近距離で不意に大上段から一気に振り下ろす剣を回避。数歩後ろに移動、重心を右足に移しつつ左足を後方へ引き、カウンターの水平斬りで胸部に深い傷を負わせる。大量の鮮血がしぶき流れ、生命の光を失った虚ろの瞳を開いたまま事切れた肉体が土に伏す。


「ッツ‼貴様!ヨクも仲間を!」


 戦いで初めて訪れた仲間の死に炎の逆鱗が全身に広がった。身体より魔力が溢れ、漏れた魔力は渦を巻いて立ち昇っていく。


「お前のような異端者が、死ぬのが定め!大人しく神の裁きを受けるがいい!」


 大袈裟に叫んだ聖騎士のリーダーは俺に向かって突進してくる。背骨を使って彼が振るう剣は雷の如く速い、しかし俺には決して届かない。身を低く屈めて彼の刺突を躱すと同時に――。


「神の裁き?戯言を」


 冷静に言い放ち、手にした白銀の刃が光を尾に引きながらリーダーの腕を切り裂く。表情が一瞬、痛みで歪むが直後に立ち直り、片手で再び襲い掛かる。


 戦いはさらに機微さを増していく。仲間の援護を受けたリーダーと俺の間には、剣と剣が交わる音が響き渡り、火花が散る。ステップで広場を駆けずり回る俺は建物の壁を利用して空へ跳躍、直後居た場所に突き刺さる魔法の矢。空の鳥となった俺は魔力が込められた拳を地面に向けて押す。


氷槍アイススピアー


地面から三十五度の角度から発射された氷の槍が二人の聖騎士を貫く。次々と倒れていく聖騎士たちは決して諦めることなく、最後の一人になるまで戦い続ける。


「うぅうおぉおおおおお!神よ!神のお力を我にイィ‼」


 遂には最後の生き残りになったリーダー格の聖騎士は残った生命力を振り絞り、全身全霊を賭けた最後の一撃を放つ。まるで爆発でもしたかのよう轟音を広場に響き渡った。…だが、素手で受け止めた俺に汚れ一つ付着していない。


「化け物が…ッ例え俺は天に召されようと神に審問が下る瞬間まで貴様に安穏無事の時は訪れん!貴様だけじゃない!教義に相反する第三王女も遠からず絶対的な死が差し当た――」


 呪言を言う終える寸前に聖騎士の心臓は鼓動を止めた。彼の体は力を失い、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。

 広場には、戦いの終わりを告げる静寂が戻る、広場には、戦いの痕跡と倒れた聖騎士の骸が残されていた。軽く息を吸い込み、星々を見上げる。


『(衛兵にどう説明するか…?)』


 兎に角、気配と姿を消した異端審問官にロックオンした無属性魔法の線をなぞって腕を水平に振り抜き、首を刎ねた。

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