第26話 エリックの本音
――カリカリカリ…カリカリ
羽根ペンで書類を書く音が鳴り続けている。
ここはエリック・フォン・ウィドウが普段使用している執務室だ。
同年代の貴族達に長年従ってくれる家臣達、部下からその実力を信頼されている彼は休むことなく、その実用性に長けた執務室にポツンと完璧な配置に置かれた机で溜まっている重要な書類をチェックし、サインが必要な書類には昔から書き慣れたサインをサラサラと流すように書き、次の書類に取り掛かる。
コンッコンッコンッコンッ……コンッコンッ。
一定のリズムで天井裏から音が響いた。
「入れ」
一応見られたら不味い書類を隠し、音を鳴らした人物をエリックは招き入れた。
すると、天井からある部分が開き。黒ずくめの恰好をした人物が音を立てる事も無く床に降りた。そして一定の距離まで近づくと、片膝を床に躓き頭を下げた。その黒ずくめの人物は性別は分からないが、体格的にどうやら男性のようだ。
「楽にしてくれ」
エリックが床に膝まづく人物に一言声を掛けると、掛けられた方は頭を上げ、顔に巻き付かれた黒色の布を外した。布を外した男の素顔は特に整ってもおらず。逆に何処にでもいそうな外見をした男性であった。しかし、彼こそ裏社会でで恐れられる伝説の暗殺者とは誰も夢に思わないだろう。
そう言うエリックも、妻であるガーネットと結婚をした時。妻の実家から彼を預けられた時は実際に実在したんだ、と驚愕していた。
「どうだった。何か分かったか」
エリックは手に持っていた魔道具で作られた羽根ペンを置き、早速要件について聞いた。
「あれから彼は普段通りに塔を挑みに行きました。不審な行動も取っておりません」
実は彼を放っていた理由はショウを監視する為であった。
実際エリックが初めて彼の姿を見た瞬間、何故か寒気がした。
…まるで全てを見ている、知っている、だと言わんばかりの不吉な雰囲気を感じた。
でも、彼を信用した結果。彼の愛娘は元通りになり、今日も中庭で遊んでいる。
「(…でも、元気になって本当に良かった)」
口には出せないが。心の内ではショウに感謝していた。
エリンが治ったお蔭で、あの悪夢の日から元気が無かったガーネットも、笑い、今は一緒に娘と遊んでいるはずだ。
「そうか。それは安心した。娘を治療してくれた恩人。しかしなんせ彼を完全に信用することは出来ないからな」
そう言ったが実はエリックは既にショウを完全に信用している。ただ一大貴族の次期当主故、むやみに言い広める事は無い。他の貴族に知られたら不要なやっかみを買う可能性がある。
そのことも、目の前に跪く男性にはすでにお見通しだが。
「…ショウに関して何か情報は?」
もう一つ、エリックは気になっていた事を聞いた。
それはショウが隠している実力だった。
どこからともなく、いきなり現れた冒険者。ギルドに登録してから瞬きをする暇も無く頭角を現していった噂が多い人物。それにずっとパーティーも組まず、ソロで塔に挑み続ける男。今まで治療出来なかった愛娘を奇跡如く直した高位聖属性魔法。
エリック自身も説明できない違和感を感じた。
まるで、妻ガーネットの実母であるアレキシア・フォン・グランジ公爵が放つ威圧感に似た何か。
「申し訳ございません。主様の名を出しギルドマスターに情報の提供を求めましたが。彼が冒険者に登録する前の事は何も。…ただシノン様曰く、ショウはステータスを偽造していると。隠している為、勇者の血縁者の可能性が高いと」
「そうか。勇者…か」
両手を組み肘を机に突くエリック。今彼の脳内では様々な思考が考えられている。
「君はどう思う。君も勇者の血を継ぐもの。何か。こうシンパシー的な物を感じないか?」
「…いえ、実際に私も彼を鑑定しましたが、シノン様から渡された情報に示されたステータスと変わらず。余程の高スキルで隠蔽をしているのか、それとも強力なアーティファクトを装備しているのか」
「…勇者の血を継ぐ者のみ使える君の鑑定スキルでも無理だったか…」
事務室の窓から見える中庭に目線を向ける。そこには愛する二人の女性が仲良く遊んでいた。その光景は他の貴族が見たらだらしないと嫌味を言われるが。エリックは楽しそうに遊んでいる二人を見るのがとても好きだった。
「それに、シノン様も彼を鑑定したそうですが、結果は何も変わらなかったと」
彼の言葉にエリックは今日初めて驚く表情を見せた。
「本当か?あの、シノン様でも…。そうか、分かった」
このランキャスター王国最強で名高く、最も勇者の血が濃い人物と言われるシノン・カータウェルでも分からなかった事実に驚きを隠せない。
「絶対にショウに敵対行動を見せるな。私からアレキシア様にも伝えておく」
「っは、畏まりましたエリック様」
跪いたまま右手を胸もとに、左手を後ろ腰に回し頭を下げた暗殺者。
「それと、もう一つお伝えしたいことが」
「ん?何だ」
エリックが興味深そうに聞いた。
「貴族派の貴族たちが疾速のショウを噂で聞きつけ、彼等が雇った裏の人間が彼を見張っておりますが、どうされますか」
その事にエリックは組んでいた両手を解き、指をトントンっと机を突きは始めた。
そして音が止むと暗殺者に伝えた。
「ただ遠くから見ているだけならほっといてもいい。しかし、何か仕掛けるつもりなら…排除しても構わない。ただ、バレないように、やり方は任せる」
「っは!」
彼の姿は既に消えたように居なかった。まるで煙のように。元から誰も居なかったように。
エリックも何も無かったかのように書類を確認しはじめた。彼の頭には書類の内容など眼中に無かった。エリンのこと。娘を襲った集団。ショウのことに関して考えていた。
「(彼が何者でもいい。僕の家族に被害が届かないなら僕は彼の味方だ。それよりエリンを襲った襲撃者。大体襲った理由は変わった。でも、確実な証拠が見つからない。ガーネットに助けを頼むか?いや、今の彼女の幸せを奪いたくない。彼女の笑顔なんてあの日以来だ。それに、今公爵家は忙しい。煙に消させるか。エリンも煙の二人は薄いが勇者の血を引く者同士。拒絶はされないだろう。それより、ショウがエリンを治してくれた本当に助かった。彼のお蔭で余計な事を考えずに反撃が実行できる。焦らずに、ゆっくりと…)」
時間は過ぎていった。
『へぇーああ見えて賢いなエリックは』
『…そうですね。ショウを敵対しなかった事は英断です』
相変わらずの毒舌だなナビリスは。
『何か?』
『…なんでもないよ』
――怖えぇ。
さてと、無駄話はここまでにして。折角40階層の門番を倒したんだ、ドロップアイテムに期待を持とう。
撃退した門番の姿が砂漠に吸い込まれるように消え、代わりに素材と、魔石、それに門番を倒したら必ず落とす宝箱が置いてあった。
早速宝箱の元へ向かい、罠など気にせず豪快に宝箱を開けた。
中には宝石や、魔法使いが使う杖などが入って居た。
『んー全部ギルドに売るか。珍しい素材もドロップしていなかったし』
一人で愚痴る。杖を取り出すと、箱の奥底に何か輝く物を発見した。
『ん?何だこれ』
手に取ると、それは地球ではよく見かけた腕時計だった。
たしか、この世界では腕時計を所持しているのは珍しく、金額も馬鹿高いと聞いていた。
『…勿体無い気もするが、これもギルドに売るか』
俺が時計を持っていなかったら嬉しさのあまりジャンプしていただろう。だが、時計のカタログから創造できるし、このデザインも正直微妙。それなら売った方がましだと。
『さて、41階層の石像に登録して今日のところは帰りますか』
こうして俺は、塔で一番の難所とも言われている砂漠フィールドを攻略した。
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