第110話 いざ魔導国へ

 神の一柱であるショウが集うランキャスター王国使節団が王都から出発して早くも三週間が経った。今回の旅にて彼等は多くの集落、村や町に訪れ、その地に住まう民と会話を勤しみ住民との交流を作ってきた。ショウも神眼を通して月からの視点で眺めてきた見晴らしでは決して味わえない雄大な景色、途中で見えた大規模な滝は見る者を圧服と魅了させ、地平線まで続く金色に揺れる麦畑があったり、歩きも困難な岩石地帯などがあった。


「はぁ、はぁ、はぁぁキツィ。休憩はまだなのか!」


「…ついさっき身体を休めたばかりだろう?文句言うなよ」


「あアぁあ゛あ~だるぃー。おーい!誰か食べ物持ってないか?腹が減って減って仕方ねえ。おいシャナ、鹿肉ジャーキー残ってたら一つくれよ」


「はぁ~!?アホじゃないの?アンタにあげる食べ物なんてある訳ないでしょ!有り金全部娼館でつぎ込んだアンタの責任でしょ!其処らに生えてる雑草でも口に含んでなさい」


「ガハハハッディーノもシャナ、そこまでにしておけ。喧嘩でもおっぱじめてみろ。王国兵士が問答無用で襲ってくるぞ!ガッハッハ」


「リーダー…笑い事じゃすまないでしょ。ディーノ君、シュタリナタさん、二人も言い争いはその辺に、食料でしたら私の残りを差し上げますので」


「おぉ!さっすが我がクランの参謀!シュナと正反対で頼りになるっす」


「アンタ…次の町に着いたら覚えておきなさいよ」


 しかし、少なくともこれまでの旅は決して楽とは言い切りれない。人間の器からかけ離れたショウはまだしも、普通の人間には酷な態様。特に礼法や流儀を気にしない冒険者達の口喧嘩から拳を用いた喧嘩まで繰り返すように起こっていた。


 例外なくショウもC級、B級に成り上がったばかりの若者達に絡まれたりしたが、全員一撃で気絶させていれば何時の間にか彼に話しかける輩は居なくなっていた。




 話題は変るが…。


 昨晩訪れた辺境伯が治める大きく豊かで栄えた街の宿で一晩過ごそうと部屋に設置されたベッドで横になっていれば、領主の館から抜け出してきた王女エレニールがショウの部屋に侵入してきて一夜を共に過ごした。


 王都にいた頃はあんまり進展が無かったのだが、今回の旅でショウとエレニールの絆はより一層深まった、勿論初めて夜を過ごした数時間後には神眼で盗み見していたでナビリスから小言も幾つか貰ったりしたがそれは一旦端に置いておこう。




 そんなこんなあった翌朝、出発して暫く進んだ彼等の眼前に現れた多雨林。林道らしき細い道には木の根っこが剥き出し、舗装もされていない土を足で固めただけの険しい細道。


 旅の間、馬車に乗り魔物や賊から非戦闘員を守ってきた冒険者達もこの時ばかりは拭いきれない後悔した表情を出していた。しかし、依頼者兼使節団総団長のエレニールは一言も文句は言わず先頭を進み始めた事で後ろで固まっていた冒険者達もお互いに顔を見合わせ深い溜息をを付いて多雨林の中を進んだ。そして休憩を数回取り、やっとの思いで多雨林を抜けた先にはもはや道すら見つからない沼地であった。


 その光景を見た者達は呆けたようにキョトンと口を半開きにして、考える事を放棄した表情を全員見せていた。普段無表情を貫くショウにも何処か面倒くさそうな顔をこの時ばかりは表に出していた。


「うえぇ!靴の中に泥が入り込みやがった」


 一歩、一歩前へ踏み出す度にぬかるんだ地面が沈み、靴底にくっついたあんこのような泥が重さとなって歩く者の体力を消耗させる。太陽はまだ真上にくる前であるが今にも雨が降り出しそうな厚ぼったい雨雲がどんよりと曇っている。馬車に乗っていた冒険者達は重量で車輪が泥道に沈むとの理由で女性冒険者と体力に自信が無い非戦闘員以外降りる羽目になり仲良く徒歩で進んでいる。


 騎馬に乗った先頭を進むエレニールもぬかるみに足を取られる軍馬の制御に手こずっている。素顔には凛々しい表情を浮かべているが、婚約者となったショウの視点から見れば疲労感が見え隠れしていると一目瞭然。


「魔物の魔素を探知しました!その数、凡そ70!方角、北から45、北東から24!上から1!戦闘に控えてください!」


 気配察知に長けた魔法使いの高声に『またかよ』と、深層うんざりした雰囲気が護衛の冒険者から漏れ出すが熟練者だけあって文句一つ垂れず即座に自分の獲物を手に取り、馬に跨り紺色の軍服に義手をはめた鉄腕の王国軍隊長の指示を仰ぐ。部下と約一カ月半ば共に依頼を歩んできた冒険者達の視線を集めた鉄腕部隊長は「ふむ」と一言だけ前置き、彼等に指示を出す。


「泥道で少々距離が開いた王女殿下率いる先頭部隊に合流しつつ私達は北側の魔物を殲滅せんとする。結界使いは魔法で非戦闘員と馬車の守護を!食料や物資が詰まった馬車を守りきれ。抜刀!」


「テメぇらあ!兵士軍に弱腰見せるんじゃねえぞ、全滅しろ!全滅だ!怯んだ野郎がいれば俺がたたっ斬る!行くぞおおぉ!」


『おおおぉ』


 使節団で一番Sランクに近い腕達者の男に合わせるように己の武器を空へ掲げ、魔物の集団へ掛け走ってゆく。


 やや後方を歩いていたショウも前方から聞こえてきた一筋の風のように響いた声に従うように腰に携えた黒革の鞘からミスリスロングソードを抜くと足裏に力を入れぬかるんだ泥を踏み込む。一瞬で一番魔物の数が多い位置まで飛んだショウは背中ががら空きのスワンプマンを微塵切りに斬り裂く。


 視点をエレニールに移動すれば、馬の上に両足をつけた彼女の姿が。王都一とも言われる職人が素材に制限することなく作製した豪華な鞘から神剣プロメテウス(レプリカ)を両手に持ち、馬から宙へ飛び上がる。足が地面に当たる瞬間を狙ってエレニールは魔力を集め空中に空気の球を作るとそれを踏むことによって宙を翔ける。


 この技術はナビリスとの訓練中に思いついた空中戦を可能にし後に『エアステップ』と名付けた。


 それでもナビリスに剣が届くことは無かったが…。


 兎にも角にも白銀色に輝く甲冑を装着したエレニールの空中を掛け走る姿はさながら聖典に出てくる戦乙女。戦闘中だと言うのに彼女の姿を目で追いかける者にパーティーメンバや同僚から頭を突かれる。


 魔物の頭上を取ったエレニールは回転しながら五匹丸めて斬り落とす。木の枝から飛んでくる遠距離攻撃を易々剣で弾き、反撃にと雷魔法『ライトニング』を飛んできた方角へ撃ち放つ。


 ぴか一の剣術と魔法技術を周囲に見せつけた彼女は一瞬だけ愛する男性へ視線を向け、その後魔物の壊滅に勤しんだ。


 その後全ての魔物を撃破した彼等は足を進めやっとの思いで沼地を抜け、馬車に戻り暫く進んでいると道らしき道を発見した。そしてその道を沿って進んでいけば『この先ラーヘム魔導国関所』と示した木製の看板を見つける。


 そして…王都から出発し長い時間を移動で費やした彼等の目に薄っすらと影が見えてくる。


「ここが…」


「ああ、あれがヴェンロン要塞。そしてあの突き出た忌まわしき砲身が魔導国が設置した長距離連動魔導砲だ」


 さてラーヘム魔導国ではどんな物語がショウを迎えるのか。それは彼自身知らない、今は…まだ。


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