第95話 アルルの過去

漆黒のローブに身を包み、鴉を模した仮面で隠した召喚術士アルル。しかし、勇者アキトが放った大技『エクススラスター』によって素顔を観客に明らかにされた。


思いがけない姿に観客全員が思考を停止し対戦相手である勇者アキトもまさか召喚術士の正体が背から翼を生やした可憐なる女性とは夢にも思わず、剣を振り下ろした体勢のまま目を見開いた。


 闘技場が騒然とする中、アルルと一緒にランキャスター王国へやってきたカサ・ロサン王国の使者だけが眉を顰め、苦り切った表情で試合を観戦していた。だが、攻撃を受ける前に召喚した大盾を手に持ち、白銀のフルプレートアーマーを着用した騎士に守られたアルルは種族がバレても気にせずにそのまま詠唱した魔法を勇者アキトへ向けて放つ。


 それから両者満身創痍の姿でギリギリの攻防が続いた。


『おおぉっと!召喚術士アルル選手。勇者アキト選手の追撃を何とか躱し、反撃へ新たな召喚魔法を唱えた!それよりアルル選手が女性で、羽族?と言う初めて聞く種族でしたとは何とも驚きですねエレニール王女殿下?』


『知らないのも無理は無い。私も書物に示された絵でしか見たことがないのだからな。元々羽族は他の種族と関りを持っていたらしいが、約五百年以上前、我々の人族の先祖が彼等の美しい翼に目を付けると、翼の羽は貴重な素材になると噂を流して乱狩りを行ったらしい。それから羽族は表舞台から姿を消し、書物では既に絶滅したと書いていたが…』


 エレニールが語る話に興味深そうに頷く美人司会者、試合を観戦する観客達も第三王女の演説を耳にしながらも目線はステージへと向けられている。


『成る程、悲しい惨劇が昔に起こったんですね~。確かにアルル選手から生えた白い翼は綺麗でまるで天使を彷彿させますけど。その…翼が片方しかないのはどうしてなのでしょうか?』


『答えは簡単だ。アルル選手が羽族のハーフだからな』


『ハーフ!?ハーフなんですか!!?』


『あ、ああ、食いつき凄いが大丈夫か』


『おっと失敬失敬…あはは』


『……細かい話は後にして今は試合の解説に集中しよう』


 ハーフの話が飛び出した途端、何処か不穏な表情を見せたエレニールだったが。王族として暮らしてきた経験から一瞬で元の表情へと戻る。



場面は羽族が暮らす集落にて一人の天使が生まれた二十二年前へ遡る。



 転移型魔方陣の罠に引っかかり、元居たダンジョンから遠く離れたジンソル樹海へ飛ばされた探検家ルードサイファが危機一髪の所を丁度狩りの為森へ降りていた羽族に命を助けられ早三年が経とうとしていた。彼は助けられた恩に応えるため狩りに参加したり、羽族の若者達に剣を教えたりして人族ながら他の村人と差別無く暮らしていた。


「おぎゃあ!おぎゃああ!」


 ルードサイファが住まう平屋から身体のどこかが破れてしまいそうなくらいの乱暴な泣き声が聞こえてくる。とても健康そうな泣き方だ。


「よしよしルーちゃん、お腹が空いたのね。ほらルーちゃんが好きなミルクですよ~」


 リビングに設置したベビーベッドから泣き叫び可愛らし我が子を母親らしき美しい女性がキッチンから現れ、慣れた手つきで可愛さかりの赤子を抱き上げ豊満な胸をさらけ出す。


 抱かれた赤子はたらふく母乳を飲み。母親らしき女性が背中をポンポンと軽く叩くと可愛らしくげっぷを鳴らし、そのままスヤスヤと寝てしまった。とても愛ぐるしい我が子を母親のアルマは幸せに満ちた表情を見せながら赤ん坊の髪を一撫ですると、ベビーベッドに敷かれた毛布の上へと慎重に戻した。


 羨ましく、そして幸福な生活がずっと続くと誰もがこの時思っていた。


 しかし、幸せの時間はアルマが三つになった頃、突然と紙細工のように簡単に崩壊し始めた。



「本当に行くのか。二人を此処に残しても」


「ああ、身勝手なのは百も承知だ。義兄にも迷惑を掛けるだろう、すまない。しかし、こればかりは――が朽ちる前に達成しなければいけないんだ」


「……俺の事はどうでもいい!だが、残された二人の事は考えたのか!?」


「………アルマとは既に話した…」


「娘はどうする。お前が消えたら特に年寄り共から余計なちょっかいを受ける事になるんだぞ」


「分かっている、この日の為に剣術や魔法の訓練マニュアルを書した書物を作成し終えた。多少なりともアルルの助けにはなるだろう」


「…そうか、そこまで信念を持っているのなら俺は何も言うまい」


「感謝する義兄、それともし――になったら――を――へ―――まで頼む」


「………」


 そして、突如羽族の村から一人の人族が姿を消した。妻と娘を残して。



「(この男強いっ!剣術では私が上の筈、だが馬鹿馬鹿しい威力の魔法のお陰で反撃のチャンスが作れない。召喚魔法も簡単な召喚だけではすぐに壊される。これが英雄級の実力なの!?)」


 一度距離を開けたアルルだったが、即座に魔法の追撃が傍まで来ており部位召喚で標的をずらす事しか出来ない。


「(彼は限界突破も使用して体力は碌に残っていない筈。ここはっ、強引にでも防御を崩しフェイントを仕掛ける!)」


 片方しか翼が無いとはいえ、他種族には決して有り得ない特性を活かして変則的な動きを披露して勇者アキトへ近づく。


「武器召喚『ロングソード』」


 宙で両腕の角度を曲げて手元に召喚した剣を真っすぐに構え、右上から目掛けて下へ斜めに振り下ろす。


 幼い頃から剣の訓練に明け暮れたアルルの実力は達人の域に達していた。


「まだ倒れないのか!?だが勇者の俺は負けない!俺が主人公の限り敗北の二文字は無い!!」


 勇者アキトも負けずと聖剣を振り切られた刃と刃が重なり合う。


「(私も負けない。お父さんの手掛かりを見つけるチャンスなんだ!)」



 記憶に残っている一番古い思い出はアルルが二歳と少し経った頃。山頂を整地した地から見える景色がそれはそれはとても美しく、大好きだったのは覚えている。


「わあぁーきれ~」


 座ったロッキングチェアに揺れながら景色に圧倒されるアルルの頭にポンと何かが置かれた。


 顔を上へ向ければ大きくごつい手が頭に乗せられている。


「パパ―!おかえりぃ~」


 その大きな手の正体が分かった瞬間アルルの顔に満面の笑みが浮かび上がった。


 記憶の中でうっすら霧掛かった父親の顔は覚えていない、けれど剣だこでゴツゴツに分厚い手は今でも不思議と覚えている。


 アルルが三つになった頃、彼女の父親は突如と居なくなった。


 数日たっても帰ってこない父親の姿に心配になったアルルは彼女の母親に尋ねた。


「ねぇママ?パパはどこにいっちゃったの~?」


「ッツ!?……お父さんはちょっと遠くまで旅に出掛けたの。でも何も心配することは無いわ、あるる。お父さんは直ぐに戻ってくるからね。それまでいい子にするのよ?」


「うん!」


 幼いながらもアルルは母の言葉に頷き、父親の帰りを待った。必ず帰ってくると信じて。


 一週間、一カ月、半年…だが、父は帰ってこなかった。それから四年後、不幸にもアルルが七つの誕生日の日、悲劇が起こった。


「お母ぁさん!!うぅ…目を覚ましてっ!ねぇ!!お願い、目を開けてお母さん!うぅ…うぅ」


 ベッドの上に眠るように横になったアルマにしがみつくアルルの姿。


 自ずと合掌してしまう神々しさを放っていたアルマの翼は見る影も無く絞れ、枯れている。彼女の胸にすがって大声で泣き叫ぶ娘に何の反応も示さない。どれだけ声を掛けようと止まった鼓動は動き出さない。


「アルル…」


 歯の隙間から声が洩れ号泣する姪の肩に優しく手を乗せるアロンの頬と目の縁にさっき泣いた痕跡がまだ残っている。彼は母親を亡くした娘に掛ける言葉が見つけられなかった。


 アルマは元々身体は弱く、日差しが強い日には日傘を差さなければ具合が悪くなる程。


 だが、ルードサイファと出会い、恋に落ちてから順調に回復の兆しを見せていた。


 しかしルードサイファが突如と姿を消え、それを機に人族を良く思っていない老人から陰湿な危害に内心ストレスを抱えだす。それでもアルマは慈愛する娘の為表情には一切出さなかった。


 何時しか容態は悪化の一途をたどり、遂には取り替えのきかない、この世にたった一つの命にまで牙を剥いた。



「………」


「此処に居たのか」


 三週間が経った日、アルルは何時も通りに母が眠る墓の前でぼんやりと座っていた。食欲も失せ、やる気も出せない彼女は只々墓の前で座る。


 すると背後から声が聞こえてきた。アルルは無言のまま声が聞こえてきた方へ顔を振り向くと叔父であるアロンの姿が見えた。手に愛武器の槍を持ち、もう片方の手には飲み物が入った皮袋がぶら下がっている。恐らく狩りから戻ったのだろう。アルルはそう考えた。


「よっこらせっと」


 傍まで歩いてきたアロンは片方の翼が生えた姪の横へ腰しを落とし、槍を地面に置いた。


「今日も妹の面倒を見てくれたのか」


「………」


 彼女は何も答えない。


「釣れないな、あれだけアロン兄、アロン兄ぃって俺の後ろをつきまとってたのに」


「………」


 思わず文句を言いたくなるが、唇をグッと堪えて何も言わない。


「墓の手入れありがとうな。俺が狩りで忙しいばかりに嫌な役目を押し付けてしまって」


「嫌じゃない!あッ…」


「おや?俺とは口を利かないんじゃ無かったのか?」


 しまった。と内心そう零したが既に遅し。


「…嫌じゃない。お母さんは一番綺麗だった。だから何時までも綺麗でいて欲しい。私が一番好きだったお母さんの翼みたいに」


「そうか…確かにお前さんの母は綺麗だった。なら娘であるアルルも綺麗でいなきゃダメだろ?」


「うぅ…うんっ、うんっ」


 ポロポロとその黄金の瞳から涙を滲ませてうつむく。


「これでも飲め、飲め。初めに水分を補給しなきゃな」


 手に持った皮袋の蓋を開け、それをアルルに手渡した。


「うん…ありがとう」


 礼を言い、手渡された皮袋を疑うこと無く受け取り、中に入った水を飲み干した。



「アルル」


「うん?」


 暫くしてアロンは再び彼女の名を呼んだ。ぼんやり墓を眺めていたアルルは真横に座った彼の顔を見上げる。


「すまない」


 ポツリと呟いた言葉に首を傾げる。


「え、何のこ…」


 言葉を続けようとしたが、次の瞬間強烈な眠気が襲う。


「な――」


 何故、と口に出そうとするが、口が上手く動けない。


 どうして、何故、何で。アルルの心の中でそう繰り返す。意味が分からなかった。理由も見つからなかった。


 どれだけ考えても腑に落ちない。


「アロン兄ぃ…」


 力を振り絞って最後の言葉を放つと同時にアルルはまどろみの中へ意識を落とした。




「う、うんぅ~…あれ?ここぉ、何処ぉ?」


 温かくやわらかい泥の中にずぶずぶと入っていくような感覚から目覚めた一人の幼女は未だ寝ぼけた目を袖で拭きながら周りを見渡す。


「ふぁああ~ん。ん?森の中~?…って、森の中!!?」


 意識を覚醒したアルルはガバッと起き上がりぐるりと全方向へ視線を動かす。


 彼女が目覚めた場所はどうやら森の入り口付近らしく、遠くまで続く街道が確認出来た。


 現在困惑中のアルルは必死に頭の中を回転させながら今まで寝ていた位置に手掛かりになるものを探した。


「これで全部…」


 五分後、芝生の上に腰を下ろしたアルルの目の前に父が使っていた魔法袋と、結界魔法を発動させる魔道具があった。魔道具は今も使用中らしく、籠めた魔力が尽きるまでは安全だと胸をなでおろす。


「それで袋の中には何が入っているのかしら?」


 早速魔法袋に手を突っ込み、手当たり次第外に取り出す。


 中には父の愛剣だったロングソード、胸当て等急所を守る子供サイズの防具。銅貨、銀貨に数枚の金貨。一カ月は過ごせるだけの食料。着替えの服。数冊の分厚い書物。アルルへ宛てた手紙二通。そして最後に――。


「これ…お母さんの羽根……」


 神秘的な輝きを放つ一枚の羽根。思わず泣きそうになるが、食いしばり強引に止めた。


「これは袋に戻しておこう。大事な、大事な形見だから…」


 そして、遂に二つ折りにされた手紙を覚悟して開いた。


 一枚はアロンからの手紙。内容は、睡眠薬を盛った謝罪とその理由が綴られていた。


 実は村人の数人がアルルを襲おうと企んでおり、その中には次期長の名も示されていた。


 戦士であるアロンは可愛い姪を四六時中守る事が非常に困難と分かった彼はアルルを眠らせて、その隙に集落から逃がしたの事。他にも色々書き綴られた。


「ふふ、アロン兄はいつもながら不器用なんだから」


 一枚目の手紙を読み終えたアルルは最後に苦笑交じりの笑みを浮かべ、開いた手紙を今度は丁寧に折り袋に戻した。


「もう一通は…ッツ!お母さんから、か」


 瞼に溜まる涙を堪えて最後の手紙を開いた。



 アルルはその後、真っ直ぐに続く街道を進んでいた。朝から夕方に掛けて伸びた道の先を進み、夜になると道の側で結界魔法が込められた魔道具を起動して魔法袋から干した肉を口に入れる。


 人影を見つければそそくさとマントで翼を隠し、フードを被り顔を隠す。


 そんな生活を続け四日後の昼。変わらない景色を堪能しながら道を歩いていると、後ろから音がしてきた。何処か緊張したアルルが後ろを振り向くと遠くからこちらに向かってくる何かが見える。馬車だ。


「馬車…初めて見た」


 馬車が近づくにつれその実態を確認できた。きらびやかな細工と重厚な作り。白馬を四頭引く豪華な馬車であった。


 アルルは面倒を起こさないように後ろから近づく馬車に道を譲り、端の方へ身を寄せた。


 目の前を土煙を上げながら馬車が通過していく、と思いきや。その場で停止すると扉が開かれ中から一人の老人が現れた。


「お嬢さんちょっとよろしいかのぉ?」


「な、何でしょうか」


 急に声を掛けられ、出来るだけ低く声で此方へ向かってくる老人に返答する。


「何も怖がることは無い。儂はカサ・ロサン王国に仕える宮廷筆頭魔術師、ザザン・ヨ―シン。いきなりで驚いていると思うのじゃが、儂の所へ来ないかの?」


「え、い、いや、な、何で。その、私に?」


 突然の状況に混乱しつつも理由を尋ねる。


「儂は鑑定スキルを持っていての。お嬢さんのステータスに『召喚魔法』と示されていての非常に興味を持ったのじゃ」


「――っつ!?」


 母と叔父のアロンしか知らない情報に思わず唾を飲み、数歩無意識に後ろへ下がった。


「おっと怖がってしもうたか、すまないの。いやはやお嬢さんの歳と会話するのは幾分久しいからのぉ」


「……」


「まぁ、羽族がこんな辺鄙な場所にいるのは何やら深い事情があるんじゃろ?儂と一緒に来れば危険が限りなく低い。どうじゃ?いい案じゃないかの?」


「わ、分かった…だったら。わ、私に、ま、魔法教えて」


 アルルは差し出された手をびくびくしながらも強く握り締めた。



 そして、今現在。宮廷筆頭魔術師から鍛えられた彼女はランキャスター王国が主催する闘技大会本戦の決勝戦まで上る実力を身に着けた。全ては父ルードサイファの手掛かりを探す為。


だが――。


――パリンッ!


 一定のダメージを受けた魔道具がアルルの首元で砕け、魔道具の破片がステージ台に転がる。


『ああああぁっとお!アルル選手の魔道具が壊れたぁ!?よって今闘技大会!数多く参加した選手の頂点に立った選手は召喚されし勇者あああぁアキト選手うううぅぅ!!』


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