第162話 大野外演習その28

「同士達よッかかれー!」

「ここを抜けられたら野営地の生徒等が危ない!なんとしても此処で食い止めるぞ!」

『『おおおぉぉぉ!!』』


 両陣営リーダーによる号令が森に生い茂る落葉樹に振動を与える。先程まで小動物の鳴き声すら聞こえなかったこの空間は一瞬の内に、矢と魔法が飛び交う戦場に成り果てた。


 冒険者陣営に学園教師を含めた人数は合計20名弱、対する相手側の革命軍部隊は軽く見積もって300人は超えている。圧倒的な人数差にコチラが不利に見えるが断じてそんなことはない。この星は地球と違ってレベルやスキル等のシステムが祖父である創造神の手によって組み込まれている。結果高レベル、スキル持ちの実力者には雑兵が幾ら集合しても傷を与える確率は極めて低い。


 此方の配置は純魔法使いレンナ、E級で経験不足は拭えないが気配りと調理が上手い弓使いの青年…名前はバッシュと言ったが。その二人が教師陣と横一列に並んで後方より遠距離攻撃を革命軍へ放っている。他の冒険者は身体強化魔法を施し、向上した肉体を動かして平面まで続く斜面を砲弾如く土煙を蹴立てて突き進む。


「ダリア、近接攻撃に不向きな後方まで戻って彼等の背面を守ってくれるか?万が一、森の中に奇襲部隊が隠れていたら大打撃を貰う」


 剣を正眼に構えたまま傍に佇むダリアに気持ちを伝えた。この瞬間裏切って向こう側に付くか不明の今、願わくば結社幹部二名を同時に相手するのは骨が折れる。能力を元に戻せば全員束に掛かってきても瞬きする間に壊滅出来るが、相手側に正体をバラす切っ掛けを与えるのは本末転倒。


「えっ…ピッピピヨッう、うん任せて!…お兄さんも気を付けて、あの大男相当な実力者だよ」


 彼女からの意味深な忠告に短く「ああ」とだけ返答すれば、目に悲しい影が過る面持ちを帯びた表情を俺に見せたダリアはその場で踵を返すとブカブカに着た花柄のローブが蝶みたく舞い浮かび、頭に乗せた花冠から提供させる膨大な魔力をスプーンで掬う風に両足に循環させれば、間髪いれず魔力を解放させる。彼女の体が霞み消えた直後、風切音が通り過ぎて点から点へ高速移動していくダリアの気配は後方へ移動していた。


「(結局ダリアは中立の立場を貫くか…感情の起伏を抑制される人間の気持ちで言い表すなら、肩の荷が下りると喜びを露わにしてただろうな)」


 喜怒哀楽を手放した無表情で剣の構えを保つ俺が嘘のかげりない本心を覗く。自分が知らずの内にダリアを行動を共にする内、彼女の人間性を気に入ってしまったのか。…否定は出来ない、誰からも認識されない幻覚の鳥を裸眼で正確に把握して使役するダリアの存在は他者からすれば異端、近寄りがたい存在。


 神眼でダリアの過去を覗いたが、幼少の頃より人から遠ざけられた彼女は孤独に生き、両親に捨てられても鳥達のみ会話を続け世界を憎む事なくこれまで一人暮らしてきた。彼女は文字通り誰にも頼らず幼子の頃から一切の妥協せずに努力を重ねてきたのだろう。


「ぼんやりしてんじゃねぇぞガキんちょ!」


 上の空、意識を戦場から背けていたらゾアバックの咆哮が耳に一節の波が響いてくる。瞬きのあと、ゾアバックの拳が眼前に迫ってきているのが鮮明に見えた。人の理よりも研ぎ澄まされた神経が反応してロングソードを目線の高さまで持ち上げて剣身で拳を受け止める。その瞬間、反射の能力で強化された拳を正面で受け止めた俺の全身に衝撃が生み出され、足が地面に陥没する。


「取った!」


 雑草が生い茂る地面にめり込んで動けない俺を好機と捉えたかニヤリ、その凶悪な顔面を更に凶悪した笑みを浮かべたゾアバックは両手の指を交互に組んで大きく振りかぶった彼は脚を土で固定された俺の脳天一直線目掛けて振り下ろす。一般人が的確に食らえばトマトが潰れる風に頭部が破裂する威力が合わさった拳に込められていた。

 残念だが俺以外が相手だったら効果は見込めた一撃だったのだろう。魔力とは異なる闘気を少量解放して俺の剣に流し込む。魔力伝導率の数値が高いミスリス製の剣に闘気は意外にも馴染み、剣身が夕陽を描いた光を照らした。


「光烈斬」


 捻った腰の回転から上半身に伝達した力を利用した強烈な高速剣技。ゾアバックが振り下ろす拳が当たる前に横腹に到達した此方の剣より柔らかい何かを押し込む感触が手に染み移る。剣を押し返そうと働く反発の感覚、ゾアバックは予防線に予め隙を露わにした腹部に強めの反射を張っていたか。そのまま神力で能力諸共真っ二つに斬り捨てても良いが此方に向けられた視線の多さに断念せざるに得ない。


横腹で停止した状態を維持、剣の柄を両腕で握り、バットを振るう感じでゾアバックの巨体を遺跡へ吹き飛ばす。


「っう、うおおおおぉ!」


 彼も後ろへ飛ばされるとは想像出来なかったらしく、受け身も上手く取れず遺跡の壁に重々しい響きと共に激突した。彼は今スローモーションで景色が変わった経験をしただろう。


「ゾ、ゾアバック殿!?召喚部隊指輪を捧げよ!あの青年を生かせば我々が目指す大願に支障をきたす!革命軍の負担になる前に全身全霊を持って奴を始末せよ!」


『サー、イエッサー!』


 頼みの綱だったゾアバックを吹き飛ばした結果なのか、怯えた表情で指揮棒を俺に定める部隊長の命令に応じる敵陣営よりひと塊に固まっていたグループが人差し指に嵌めた指輪を天に差し伸べる。指輪に埋め込まれた宝石より紫色の眩い輝きを放った瞬間――森が揺れた。

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