第66話 破壊の望む者 その7 

 新たに発見された洞窟型ダンジョンに現れたゾンビを何事も無く撃破した後、その場で休憩を取りながら、今後の計画について皆で話し合った。


 結果、王都や大都市から遠く、上級冒険者も滅多に訪れない村の近くにこのダンジョンが現れたと言う事、更に不人気ダンジョンとして名高いアンデッドダンジョンとのことなので、話し合いでダンジョンコアを破壊することに決定した。


 資源として有用な鉱物、宝石を採掘出来るメタリックダンジョン。スライムやラット等、村の子供すら撃破することが出来るダンジョン、通称初心者(ニュービー)ダンジョン。大量の食材モンスターが出現する、肉ダンジョンならダンジョンコアを破壊する事無く、国とギルドの合同で管理するのだが。


 遺体が残るダンジョンではアンデッド系はその匂いから心底嫌悪され、獲得出来る素材も魔石のみとなっている。


「うむ。では先へ進むとするか!リディア、罠探知は常に作動しておけ」


「了解にゃ!私に見破れない罠にゃんて、何処にも存在しないにゃ!」


「おう!その意気だ!」


 10分程度の休憩が終わり、真っ先に立ち上がったゴウテツが丁度膝を曲げて準備運動をしているリディアに声を掛けた。


 彼女のステータスは見ていないが、確かに種族特有の夜目を持つ彼女に見破れない罠は無いだろう。それが出来るのがBランクの冒険者と言う事だ。


 故に国によっては騎士階級の特権を得る事が出来る。


 Aランクともなると、100メートルを2秒で掛け走る事も出来るし。ジャンプをすれば軽く7メートルは飛ぶことも可能。Sランクともなると周囲の人々からは敬意、羨望と嫉妬に満ちた眼差しを向けられる。勿論その分周りの同業者から憎悪の感情を集めてしまう。



「っぬん!」


――ぐちゃ!ぐちゃ!


「っは!」


――ぐちゃ!


 両手斧を手にしたゴウテツの一振りで二匹の屍鬼を真っ二つにし、内臓が地面に落ちる不快な音を立てる。


 更にユーリが突いた剣がレッサーデーモンの心臓部分を突き抜け、剣に付与されたエンチャントによって全身に青白い炎が燃え盛る。ついでに俺も鋭い牙を剥き出しで襲ってきたスケルトンハウンドの頭蓋骨を粉砕する。


 依頼の調査でダンジョンに潜り始めてから3日が過ぎた。

 洞窟内は薄暗く枝分かれた道が多く、そして長い。


 発見されたばかりのダンジョンに道が記された地図など無く、調査と同時にマッピングを行っていた俺達は余分な時間を食っていた。それに今回の依頼はダンジョンの調査であるので下へ続く階段を降りる度に地図の作成、出現する魔物の種類、ランク。張れた罠の種類、宝箱の有無、中身の内容。各階層の壁の耐久度等。それらをメモに書かなければならない。ハッキリ言って苦痛だ。


 ここに着くまでに落とし穴、踏むと毒ガスは噴射されるスイッチ、天上から降ってくる槍等の凶悪な罠があったが、全てリディアに察知され無効化にされた。恐らく一番過酷な役目を負っている彼女ですら額に汗がにじみ出ているが、疲労を見せないよう踏ん張っている。


 5階層へ降りる階段の扉を開く。大量に湧いてくるアンデッド系の魔物を撃退しながら通路を進むと、その先には広大な広場が広がっており、その空間だけ紫色の炎が灯された篝火で明るく。その中心にジッと動かず待ち受ける門番の姿があった。Bランクモンスターのデスナイトが三体の姿が。



「『牙突』!…ふぅ、流石にもう出てこないかな?門番を倒した後に50匹はキツイね」


 ユーリが繰り出した一撃で最後の一匹を蹴散らすと地面に置いたバッグからタオルを取り出すと頬を伝う汗を拭い、皮革製の水筒で失った水分を補給する。


「がっはっはっは!確かにBランク指定デスナイト三匹を叩き潰して休憩を取ろうと思ったらあれだったからなぁ!急に湧いてきて冷や冷やしたぜ。…いやぁギルドの連中はAランク冒険者3にBランク4名は余剰な戦力だと小言を言われていたが逆にギリギリだったからな!」


「…確かに三体のデスナイトを見つけた時は驚いたけど、それ以上に驚いたのはデスナイトの一体をショウがたった一人で倒した事よ」


 ギルドの決定に文句を呟きながらも倒した魔物の素材を剥ぎ取るゴウテツ。あれだけ激しい戦いだったが、彼の身体には怪我一つ負っていない。流石に先程の激戦で俺以外のメンバーは何回か攻撃を受けていたが、ロードリヒによる回復魔法で即座に治していた。全員の回復役にパーティーメンバ全員にホーリーエンチャントも付与続けた彼が一番疲労している。しかし彼は皆に疲れを見せないよう足に力を入れて踏ん張っている。


 彼の心意気は立派だが、無理をして倒れたら全て水の泡だと思う。まあ俺には関係ない、それで力尽きたらそれまでのことだっただけ。…だがお前の強靭な精神、この中級神が見届けた。来世では加護を授けようではないか。力をどう使うかはお前次第だが。


「ここの階層はこの空間だけらしいにゃ!向こうの通路は下へ降りる階段に繋がっているにゃ。罠も設置されていないにゃ」


 俺も彼等と一緒に倒した魔物から採れる素材を剥ぎ取っていると、先に確認しに行ったリディアが戻って来た。


 彼女の言葉に皆も深く息を吐くと同時に警戒を最低限まで落とした。

 どうやらここで一休み入れるようだ。


「そうか、っつう事は次の階層にダンジョンコアが置いてあるな。ダンジョンマスターが居ないダンジョンだと助かるんだが」


 フラグですよそれは。


 地面に腰を落としたゴウテツが発した言葉に俺は返答した。声には出さないが。


「あはは本当ですね。…それより皆さん食事にしませんか?僕の腹が減って腹が減って全身ガルルル状態なんですよ!」


 その瞬間ユールの腹がかすかに、くぅーっと情けない音を発する。小さな音だったが、この静かな空間で鳴った音が俺達に十分に聴こえた。


 すると、一緒に地面に腰を下ろし休憩を取っていた他の冒険者から笑い声が聞こえてくる。ユーリもあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤に染めた。意外だったのが普段は無口のマギウスもクスクスと笑っている。女性みたいな笑い方だな。


 俺も腹は空いていないが、何か食べたい気分だな。丁度いい。


「っお、俺も胃袋が背中にくっ付くほど腹が減っていたんだ。何か食べようぜ」


 皆にそう伝え背中に背負ったバッグから適当に食材と調味料を取り出す。


「がっはっは!それじゃ一旦飯とすっか!ほらっ他も出せ出せ!」


 そこら中に散らばった魔物の死骸を全て火魔法で燃やした後、皆で食事を取ることになった。

 王都の屋敷では皆ちゃんと食べているだろうか?まぁナビリスと銀孤は食事を取らなくても平然と生きていけるが。



「お前ら!腹一杯になった事だし最下層と思われる階段を降りるぞ。この先に何があるのか俺すら知らねぇ!そうゆう細かいことは王都の研究者にでも任せておけ。気ぃ絞めていくぞ!!」


 六層目へ降りる階段の扉の目の前でゴウテツが足を止め此方に振り向き大声で伝えると、俺達の返答を聞くことも無く扉を開き中へ入る。


 残ったメンバーは苦笑しながらその姿を見送り、剥き出しの岩盤といった階段を踏みしめて歩き始める。


「ん?なんだぁ」


 先に進んだゴウテツ六層目の最下層に到着し硬い地面に降り立つと同時に何か見つけたようだ。


 彼の声に反応した者達が彼の視線の先にある建物に目が引かれる。


「あれは…屋敷?いや城の方が正しいかな?」


「スキルで確かめてみたにゃ、生き物の反応がしない。何もいないにゃ、不気味にゃ」


「リディアが言う通り不気味ですね。それにダンジョンの中にお城って奇妙だわ」


「そうですね、私も皆様に合意しますよ。それにあちらのお城から何やら邪悪な気配を感じます」


「……うん」


「まあ城の色合いは微妙だが、あれはあれで見物だな」


 長い階段を下り、最下層に降りると他の階層とは比べ物にならない程の広大な空間に出る。目を正面に向けるとその広場の中心に聳える真っ紫な巨城。巨城の物質感に圧倒される皆が見上げながらそれぞれに反応する。


 周りを見渡すと洞窟の中なのに何処からともなく明るい光を放ち、目の前の城が結晶のようにキラリと輝いている。


 その巨大さと繋ぎ目の見当たらない城の壁、俺以外の者達がその建物に圧倒されながらも城のエントランスを目指して進む。勿論魔物の襲撃に注意を払いながら。


「おおーそこで止まって欲しいなー」

「うんうん、止まってねー」


「止まれ!!奇襲に警戒!」


 ゴウテツとリディアを先頭に進み、城の手前に広がった広場に足を進めた瞬間、城の中からどこかのんびりとした声が聞こえてくる。それも二つ。


 ゴウテツの叫び声を聞き即座に武器を構えた俺達がゴウテツの一言に表情を強張らせ、周囲を見渡す。ゴウテツが両手斧を手に取り握り締め、ユーリも剣を抜き城の入り口へ向けて構える。


 全員が武器を構え、ゴウテツが城に向かって一歩足を進めたその時だった。


「やあー」

「とおー」


 巨大な城の扉が急に開き、その中から二つの漆黒の影が飛び出し、俺達の前に降り立った。

 突如として現れたものの正体に皆がその表情を歪めた。


 身長150センチほどの小柄な体型、何故か二人とも黒と白のタキシードを着ており、双子なのか同じ体型、そして同じ緑色の髪。しかし、二人とも前髪を伸ばし目が見れないようになっている。


 最後に二人の手にはそれぞれ漆黒に染まった大鎌を持っている。それはまるで死神が持つ鎌に似ている。


「なんだあいつらは…すんげぇ気迫だな。ユーリ、奴らを鑑定出来るか」


「了解です――っ!どういう事だ!……奴らの種族は悪魔族です!!名前はヨ―ゼンオランデにメ―ゼンオファンデ!」


 どうやら鑑定スキルを持つユーリが二人に鑑定を掛けたようだ。


「悪魔だとっ!?っち!なんで悪魔がここにいるんだ!!」


 ユーリの鑑定した二人の正体に他の者達が思わず息を呑んだ。Aランク、Bランクの実力を持つ彼等でも、悪魔は強力な敵だ。その強さは一体でSランクパーティーに匹敵する。爵位が高い悪魔となると、Sランクより上のランク、エレメンタルランクとなる。勿論他の世界では悪魔を指一本で消滅させることが出来る人材も存在するが。


「おおーよく分かったねー」

「うんうん凄いよー」


 ユーリの言葉が聞こえたらしく、二人の悪魔が大鎌を脇に挟むと気持ちのこもっていない、乾いた拍手をし始めた。ぱちぱちと手を打つ音が静かな辺りに響きかえる。


「んーでも挨拶は大事だよねー、ではまず僕から。子爵29位のヨ―ゼングランデだよー」

「挨拶って大事だねー、子爵28位のメ―ゼングフォンデなんだなー」


「そうかい俺はゴウテツって言うんだ、短い付き合いになるがよろしくな」


「おーよろしくー」

「よろしくよろしくなー」


「ところで一つ聞きたい事があるんだが」


 手に持った両手斧に魔力を込めながら二人に質問する。


「んーなにかなー」

「なんだろー」


 コテンと頭を傾け、呑気に答える。


「俺達以外の人間が入って来なかったか?」


 ゴウテツの言葉を聞いた悪魔が突然ニヤリと下品な微笑みを口角に浮かべる。


「きゃはは、一階で迷っていた人間はねーきちんと骨一本残さずに食べたよー」

「だねー。味は微妙だったけど、丁度他の玩具にも飽きていたからねー」


「そうか……外道が!死ねっ」


 武器を強く握り締めながら、地を蹴り跳躍すると、二人の悪魔へ一直線に向かって渾身の一撃を振り下ろした。


 それが、悪魔との対決の鐘となった。

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