第120話
25日、クリスマスの朝。
畑へと向かう道中にいくつものテントが並んでいる。
中では冒険家が眠っているので、なるべく起こさないよう静かに歩いた。
「さて、"分身"」
『アルバイトの人も、酒が入ってたから起きてこれないみたいだな』
『こういう時、飲めない人間は辛いよなぁ』
「俺も居るっすよ兄貴」
『君はそもそも未成年なんだから、酒は飲めないだろう』
「ふふ。嫌なら浅蔵さんもお酒飲めばいいとばい」
いや、飲んでも美味しくないし。
そんな風にぼやきながら、酒が飲めない組が野菜の収穫をしていく。
同じように酒が飲めず、早起きしてきた冒険家が何人か手伝ってくれて朝の収穫作業は終わり。
今朝の朝食はお茶漬けかサンドイッチと簡単な物だが、散々チキンだピザだケーキだ食べたあとなので、この方がいい。
「そうだ浅蔵さん。昨日の雪が積もってるか、見にいきませんか?」
「雪? いやぁ、あの程度だと積もってないだろう」
「もうっ。見に行きましょうよぉ」
「だって上行くと寒いじゃん」
ダンジョン内だと20度前後に保たれている。
ここは地上から近い分、少し肌寒いのでそれより下だろうけど。
とはいえ、地上よりは暖かい。階段上のゲートの所でも、十分寒いんだよなぁ。
「クラァ! 姉ちゃんがデートに誘っとーとに、きさん馬鹿か?」
「ちょ、ハリス! いらんこと言わんと!」
「え? そ、そうだったの? え、じゃあ行く」
ハリスくんと武くんは昨日、俺の部屋に泊まった。
セリスさんのご両親と、途中で来た大戸島さんのご両親、あと会長は夜遅く帰って行った。
流石にご両親を泊めるスペースは無かったし、そんな心の余裕も無い。
まぁご両親はその点理解してくれていたみたいで、にこにこ顔で帰っていったが。
そうして食後、セリスさんと暖かい格好で地上へと上がった。
ゲートが見え、コンクリートの壁で囲った地上部分が見える。
地面には薄っすらと白い物が残っているが、地面も見えている訳で。
「果たしてこれは積もっていると言えるのかな」
「言えんばい。ふふ、でも少し残ってましたね」
「夜中は寒かったんだろうなぁ。今も放射冷却で寒いけど」
「晴れてますね~。昨日の雪が奇跡のよう」
コンクリートの壁の上。ここからでもわずかに見える空は、澄み切った青色をしていた。
見える限り雲は無い。
「おはよう二人とも。今日は冷え込むなぁ。こういう時はダンジョンの中の方がいい」
「おはようございます小畑さん。快晴です?」
「うん、そうだね。あぁ、ちょっと待って」
ダンジョンの入り口のすぐ脇にある、冒険家支援協会のプレハブ小屋。
そこからやってきた小畑さんは、一度コンクリートの壁の向こうへ戻って行った。
しばらくして戻ってくると、俺たちにスマホ画面を見せてくれる。
そこには周辺の景色と空が写った写真があった。
雲一つない、晴れ渡った空だ。
そして辺り一面荒野と化している地上の風景。
遠くに建物がうっすらと見えている。
それがダンジョン生成によって失われた土地と、無事だった土地との境界線……。
昼はラーメン。
味はもちろんとんこつ!
出前はできないので、お土産コーナーにあるとんこつ生ラーメンだ。
地元人気ラーメン店が監修したものなので、実に美味い。
「ここの片付けはいつするかなぁ」
「もうケーキも食べちゃったし、クリスマス終了って気分ですよね」
「あれ? ケーキって24日に食べるもんだったっけ? 25日だったっけ?」
「え? ……どちらかというと……クリスマス前後の週末?」
「あぁ……うん、そうだね」
平日にクリスマスがあっても、その日にケーキ食べるなんてことはしていなかった気がする。
クリスマスを祝うなんて、もう10年前からしていなかったけど。
我が家は親父が生クリームが苦手で、クリスマスはだいたいアイスケーキだったなぁ。
こんな寒い季節にアイスなんてと思ったが、それでも家族で一番がっついてたのは俺だったかもしれない。
一度、アイスが硬すぎて、切り分ける際に包丁が中で折れたことあったなぁ。
「浅蔵さん、楽しい思い出でもあったん?」
「あ……変な顔してた?」
「ううん。笑ってた」
そう言って隣に座るセリスさんが微笑む。
そんな彼女の背後に誰かが立ち、まさしくその顔に影が差した。
「もうさ、お前ら結婚しちまえよ」
「きゃっ」
「よ、芳樹!?」
気配に気づかなかったセリスさんは驚き、危うく椅子から落ちそうになるのを俺が支える。
彼女の後ろに立っていたのは芳樹と、その隣に木下さん。
お前らこそ結婚すればいいだろ!
と反論できない俺はチキンすぎる。いや、優しいって言うんだきっと。
「やっと起きてきたのか。お前、もう昼だぞ」
「起きてはいたんだよ。10時頃にはな」
「芳樹先輩、二日酔いでうだってたんです。もう、浅蔵先輩見習ってくださいよ」
「うっせー。こいつは酒が飲めないおこちゃまなんだよ。一緒にすんな。おぉ、頭に響く」
頭を押さえて蹲る芳樹を、木下さんが支えてやる。
仕方ないので椅子を譲ってやろう。
芳樹を座らせると、セリスさんは木下さんに椅子を譲る。
ラーメンも食べたし、自宅でのんびりするか――そう思って帰ろうとすると、
「あ、浅蔵先輩、セリスさんも、待ってください」
「ん?」
ちょうどこの時、あとからやって来た省吾らが合流。
「最下層攻略に向け、会長から話があるんだとさ」
そう甲斐斗が言う。
わざわざ会長が出てくるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます