第139話

「浅蔵がきもぃよ~」


 そう言って翔太が鳴海さんの背後に隠れる。


 2月15日。バレンタイン翌日の朝、俺はセリスさんから貰ったチョコを口に頬張りながら46階の攻略を始めた。

 全部を持ち歩きたかったが、途中で落としたら大変だし、情熱で溶けたりしても大変だ。

 ポケットの中にはいろいろ入ってるし、それと混ざっても嫌。

 泣く泣く自宅の冷蔵庫に入れて、一つだけポケットに入れていたのをさっき、みんなの前で食べたばかりだ。


「うめぇ」

「お前、わざと俺たちに見せびらかすためにさっき食べたんだろ」

「いや、小腹が空いていただけだから」


 セリスさんは今日もお休みだ。

 なんでも秋嶋さんたちにボタン縫いを大量に頼まれているからだとか。

 彼女に縫って貰ったボタンは、決して取れることがない。まぁボタンのほうが何かの拍子に割れたりすれば、その時はさすがに取れてしまうんだろうけど。


「ちなみに浅蔵。残念なお知らせがある」


 甲斐斗はそう言ってポケットから小さな包み紙を取り出した。

 飴を包むような金色のそれ。

 嫌な予感がする。


「全員、チョコを貰っている」

「お前彼女いないんじゃなかったのか!?」

「豊、いつから彼女からしかチョコが貰えないって錯覚するようになった?」

「そうだよ浅蔵ぁ。バレンタインって、義理チョコだってあるんだよぉ?」


 義理なんて貰ってないし!

 あ、木下さんも鳴海さんも視線逸らしてるし!


 な、なんか……負けた……。


「ま、まぁまぁ。浅蔵先輩、サクっとここをクリアしましょうよ。そしたら買ってきますから」

「すみません先輩。あちこち配ってたら、数足らなくなっちゃってて」

「い、いや。わざわざ買ってきてくれなくてもいいんだよ。お、俺はセリスさんから貰ったチョコがあるし」


 くれるって言うなら嬉しいけど、でもわざわざ買いに行かせるのも申し訳ない。

 そう思ったが、


「義理チョコ足らなかったし、ついでですよ」

「はい。ついでなので気にしないでください」


 ついで──そう強調されると、断ることも出来ず。そして虚しさを感じながら46階を進んで行った。


 俺、そして分身の俺で高僧ミイラのバリアを相殺し、すぐさま芳樹たちが止めを刺す。

 その繰り返しで芳樹たちのパーティーは昼過ぎに下り階段へと到着。


 1時間ごとに分身の補充をして各チームへと送り届け、最初のスタート位置がそれぞれ違ったので時間差はあったものの、夜までには全チームが階段へと到着した。


 夜はまた地下1階のテントで報告会。

 俺は誘導係で47階はまだしっかりと見ていないし、図鑑にはただ『森の洋館エリア』と書かれているだけ。

 そう。47階はオープンフィールド。

 階段を下りた場所は開けているが、階段を囲むようにして森が広がっていた。


「とりあえずマーキングしながら真っすぐに歩いてみたんだが、出てきたのがワーウルフだ。つまり狼男」

「銀製の武器とか効くのかなぁ」

「俺たちは西寄りに進んだが、キメラに遭遇したぞ。上半身がライオンで、背中から山羊の頭が生えてて尻尾が蛇の典型的な奴だ」

「浅蔵、図鑑にはなんて書いてあるんだ?」

「ん。森の洋館エリアだってさ。ってことはどこかに建物があるってことだろう」


 下り階段はその建物内という可能性もある。

 明日からはその建物を探すのが目的になるだろう。


 他にも緑色のスライムと紫のスライムの発見報告があった。

 緑は近くの植物の葉っぱを操って飛ばしてきて、紫は触れるだけで毒に犯される厄介さ。


「ま、遠距離から攻撃すれば関係ない」


 と、甲斐斗が余裕の笑みを浮かべる。


「代わりに俺たちは手が出せないけどな。まぁ酸じゃなかっただけマシさ」

「だな。強酸だと後衛が倒すまで持ちこたえようにも、こっちの装備が溶かされて耐えきれなくなるし」


 下層って怖いな……。絶対スライムなんて素手で殴るもんか。


 46階よりはモンスターの数も少ないようで、だがその分個々の強さが増しているという。

 キメラの上半身ライオンはパワー型だが、山羊が火属性魔法をぶっぱしてくる。尻尾のヘビは当然噛まれれば毒に犯される。


「ランダムなのかもしれないけど、麻痺もした」

「マジか~。毒のほうは解毒ポーションでなんとかなるば、麻痺の解除ってスキルの『リカバリー』とかだけだろ?」

「麻痺した仲間は効果が切れるまで下がらせるしかないな。全身なのか?」


 誰かの質問に、実際に麻痺したという冒険家が頷く。

 ただ意識ははっきりしているし、口も動かせる。特に呼吸困難とか、そういったものもない。

 ただひたすら体が痺れて動かなくなるだけだそうだ。


「効果時間は1分ぐらいだ」

「長いな」

「蛇の首を真っ先に切り落とす方がいいんだろうな」


 そんな感じで報告会は進み、支援協会のある地上に戻って解毒ポーションを用意してもらうことになった。






「ってことだ。セリスさん明日は?」

「ボタン縫いは終わったけん、明日は一緒にいくばい」

「ほっ。よかった」


 リビングでさっきの報告内容をセリスさんに伝えていると、背後で何者かの気配を察知!


「セリスちゃんがいなくて、寂しかったんですねぇ~。ふふふぅ~」


 ぐっ……大戸島さんだ。

 今だに彼女はことあるごとに俺をからかいに来る。

 まぁそれも最近は慣れたもんで、


「あぁその通りだよっ」


 と、照れながらも応戦できるようになってきた。

 ただ隣でセリスさんが顔を真っ赤にさせているもんだから、つられて俺も恥ずかしくなって顔が熱くなってしまうんだが。


『あっしも寂しかったにゃよぉ~』


 虎鉄は恥ずかしがることなく、セリスさんの膝の上に顔を乗せごろごろと喉を鳴らす。

 羨ましい奴めっ。

 仕方ないからミケを撫でて気を紛れさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る