第140話

 47階の探索を初めて半日。

 キメラ山羊の魔法攻撃は俺が図鑑で防ぐ。尻尾を切り落とすのは虎鉄の役目だ。

 山羊がほんたいを睨んだ状態でその首を絞めあげ、攻撃対象をこっちに絞らせる。

 そうしてセリスさん、残りの分身でキメラ本体に攻撃を仕掛ける作戦だ。


 ただこれ、キメラが一体だった時に有効な手段で、たまに二体、三体と同時に出てくるとどうにもならなくなる。


「そっち!とにかく山羊の魔法攻撃を相殺して、あとは逃げ回れっ」

『虎鉄は先に三体の蛇を切り落としてくれ』

『任せるにゃよ~。"シュババッ"』


 キメラ一体につき分身一体。ライオンの攻撃は接近スタイルなので、とにかく一定の距離をとるようにする。

 すると山羊が必ず魔法攻撃をしてくるが、それは新スキルで相殺させ逃げ回ることに専念させた。

 その間に一体ずつ残りのメンバーで倒していく作戦だ。

 虎鉄はシュババッで蛇の頭を先に落として貰うようにする。


 解毒ポーションはあるが、麻痺を回復させる手段は時間の経過しか今のところ俺たちにはない。

 分身が麻痺した場合は一度どろんと消えて貰って、再分身するだけで済むが、本体の俺やセリスさん、虎鉄がそうなった場合はそこから動けなくなってしまう。

 極力リスクは犯したくないし、ポーションだって節約できるならしておきたい。


 そうやってキメラにばかり気を取られていると――


『へぶっ』

『うわっ。紫スライム!?』

『うぉい、分身ブラックが毒にやられたぞ!』

「スライムを先に潰せっ」


 と、真打登場でパニックに!

 くっそ。スライムなんてこれまで雑魚扱いだったのに!


 しかもこの階層のスライムはそれほどデカくない。バレーボール2個分だ。

 その上ここは森の中。そんなサイズの奴が地面をのろりのろりと歩いていても、草木で隠れて見えやしない。


『毒、持続時間とか検証しとくか?』

『え? 俺実験台!?』

『まぁ俺ら分身だし、死なないから痛くも痒くもないしさ』

『いやいや、痛覚はあるだろう』


 割と俺の分身って、自虐的なの多いよな。

 決して俺が自虐的な訳ではない。過去にナメクジの毒をわざと食らったが、あれは大事な検証のためだか──あ、やってること同じか。


 キメラやスライムを片付け、毒に犯された分身をみんなで観察する。


『めっちゃ見られるの、恥ずかしいんだけど』

「分かる」

『あ、ちょっと気分良くなってきた。けどこれ、持続時間長いぞ』

「5分ぐらい経っとー?」

『そのぐらいか』


 ゲームと違って、毒に犯されたからと言って持続ダメージがある訳じゃない。

 そもそもHPの数値がないから、そういうのは検証の仕様がないからな。


 毒状態になると起こる現象は、定期的な痛みの発症。これがゲームでいう持続ダメージなんだと思う。

 2、3秒ごとに体の内側からズキズキとした痛みが起き、そのせいで集中できなくなったりする。

 その上、吐き気や腹痛に襲われたり、時には吐血することもあったり。

 解毒手段があるとはいえ、結構きついらしい。


 実際分身ブラックも元気そうにはしているが、その場に座り込んで顔は真っ青だ。

 生あくびが出ていたことから、かなり吐き気症状が出ていたようだ。


『オケ。もう大丈夫っぽい。トータルで6分ぐらい?』

「そうやね。顔色もすっかり良くなっとるけど……最低でも5分は動けんのやない?」

「5分か……長いな」

『これだと解毒ポーションの出し惜しみも出来ないな』


 とはいえ、解毒ポーションだってそうほいほい買えるものではない。

 これはポーション製造スキルを持った人が、ダンジョンで採れる解毒草から作ったものだ。

 これを作れるようになるまで、7年ぐらいかかったんだ。

 実際にダンジョンでドロップする解毒ポーションの成分分析から始まり、草がダンジョンで採れるってことが分かったのが3年前。

 オープンフィールドの草をたまたま鑑定した人が見つけたものだ。


 傷を治すポーションの成分分析も出来ているが、それと同じ成分を含む植物が未だに見つかってないから量産はできず。

 麻痺を解除するポーションに関してはその存在が確認すらされていない。


 鑑定──そうだ。


「虎鉄。お前、この辺の草を鑑定してみてくれないか?」

『にゃ? いいにゃよ』


 虎鉄は草を鑑定し『草にゃ』と答える。

 次々に鑑定し、『これも草にゃ。こっちも草にゃ。これも草。草、草、草。これはあさくにゃにゃ』と、俺を見上げにんまりと笑う。


 お前……可愛いなぁもうっ。

 撫でてやると虎鉄も満足げに頭をこすりつけてきた。


 まぁ草の鑑定つったって、膨大な数があるんだから飽きるよな。

 虎鉄には『草』だった物とは違う外見の草を見つけたら鑑定してもらうことにしよう。


『あっ。紫出たぞっ』

『毒食らう前に潰せっ』


 茂みからまた出てきたスライムに、分身がわいのわいのと騒ぎ出す。

 すぐに分身の鞭で四散したスライムだが、俺はふとあることに気づいた。


 分身は──俺の所持品も同じく持っている。スキルも使えるが、図鑑だけはユニークスキル扱いなようで、本体である俺にしか使えない。


 じゃあ……ポーションは?


 俺のベストにくっつけたアイテムポケットに解毒ポーションが入っている。

 高級品なので普通のポケットに入れて割れたりでもしたら大変だから、安全なアイテムポケットに入れていた。


「なぁ、分身たちもアイテムポケット……あったよな?」

『ん? あるけど?』

『でも俺たち、1時間で消えるからアイテムポケットに物入れたまま消えたら怖いからって、追加で物を入れたりできないぞ』

「いや、分身使う前に俺が入れてあったアイテムは、分身されてるんだよな?」


 お互い顔を見合わせ、『あ』と声を漏らす。

 どうやら気づいたようだ。


「どうしたと?」


 気づいていないセリスさんがこちらにやって来て、慌てる分身を見つめた。

 分身ズがポケットを広げ取り出したのは、解毒ポーション!


「やっぱりあるのか!」

『効果あるのか?』

『効果あったとして、でも俺たちが消えたらアイテムも消えるんだぜ? 効果まで消えたらどうする?』


 ……検証するしかないだろ!

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