第83話

「大所帯だな」


 翌朝、うちに集まったのは芳樹たちのパーティーメンバー7人。そこに俺とセリスさん、そして――。


『行ぐに"ゃーっ』


 と、騒ぎ立てる虎鉄も加わって9人と1匹のパーティーが出来上がった。


「あぁ、俺も行きたいなぁ」

「タケちゃんはダーメ。今日は畑のバイト日でしょぉ。はい、これお弁当」


 指を咥えた武くんを押しのけ、大戸島さんが重箱をいくつも出してくる。昼と、それから夜の分だ。半畳の俺のポケットにちょうど入るサイズだったので、おやつのスナック菓子と合わせて詰め込んだ。


『あっしのは?』

「お前の分はこれだ」


 子猫用のチーズ入りキャットフード――の試供品で、食べきりサイズの物を3袋、それとおやつに猫用の鰹節を持って行く。

 虎鉄は鰹節を見て目を爛々と輝かせ、ポケットにしまい込むまでじぃっと見ていた。


「その猫、大丈夫か?」

「あぁ虎鉄か。うん、25階まで普通について来れるし、こいつの爪攻撃もかなり強力だから。あと野生の勘も」


 20階の蟻の弱点は触覚。あれを切り落としてしまえば、いっきに雑魚化することが判明。

 これも情報として支援協会に報告し、その報告が正しかったと判断されボーナスを支給して貰っている。そのボーナスで我が家には今度、大きなキャットタワーが届くことになっていた。


「なんだ。あの情報は浅蔵たちからのものだったのか」

「というか、虎鉄なんだ。触覚が弱点だって気づいたのは」

「マジか! おい猫。お前、鑑定スキルでも持っているのか?」

「何言ってるんですか、芳樹先輩。鑑定スキルじゃ弱点なんて分かりませんよ」

「む。そりゃそうか。じゃあ猫の勘か」


 一応虎鉄はケットシーという事になっている。芳樹たちにもそう話しているが、こいつはケットシーだと思っていても猫と呼んでいた。


「そういや、そっちのパーティーで鑑定持ちは出てないのか?」

「出てない。あのスキルは探知や感知以上に出にくいからな」


 俺がパーティーを抜けて4年半。その間に福岡01ダンジョンの30階層までのボス5匹は全て倒し、ダンジョン入場ボーナス含め全員が6つのスキルを持っている。こっちに来て階層ボスを何度か倒しているだろうが、鑑定は無し、か。

 俺たちのほうも鑑定スキルは出てないし……。

 まぁ無くても別に問題無いんだけどな。


「じゃあ出発するか」


 芳樹の合図で竹下さんが転移のオーブを取り出す。それを慌てて俺が制止し、図鑑の新しい機能について話した。


「――という訳で、書き込まれた地図の任意の場所に転移できるんだ。でもこれ、他に知られると転送屋をやらされそうだからさ」

「あぁ、黙っておく。こんな便利な機能があるなら、攻略組に入って貰った方が助かるからな」

「でも任意の場所だと、転送屋をやったほうがお金、稼げるんじゃないですか?」


 竹下さんの言う通り稼げるだろうけど……お金は正直いらない。

 ここは衣食住のうち、食と住がタダだからなぁ。

 モンスターから取れる僅かなドロップアイテムも、支援協会に買い取って貰えるし。

 最近は畑仕事も30分や1時間ぐらいしか手伝ってないので、そっちの収入はゼロになっている。その分が食費に回っていると考えれば、バイト料が無くても別にいいかなと思うし。

 それに攻略を進めれば地図も埋まる。情報も手に入る。それがまた支援協会に売れる。

 収支といえば……スライムに溶かされた愛車のローンだけなんだぜ。ふふふ。ふひひひひひ。


「浅蔵さん、大丈夫?」

「セリスさん。大丈夫。ちょっと25階のアレを思い出していただけだから」

「わ、忘れた方がいいけん。ね?」


 セリスさんは俺の頭を撫で、そして虎鉄も肩によじ登って肉球で頬をぷにぷにしてくる。どっちがぷにぷにしているのかは分からない。


「25階……あぁ、あれやっぱり浅蔵の車だったんだー。やぁ、なんかあるなーって思ってたんだぁ」

「しょ、翔太先輩っ」

「前見たときはまだ車の原型留めてたんだよねぇ」

「あぁ、そういえば。スライムが湧くたびに車を取り込んで溶かしてたな」

「甲斐斗先輩もっ。ダメですって、浅蔵先輩に止めさしちゃっ」


 やっぱりあのスライム……俺の愛車をおぉぉっ。






 図鑑の転移機能で26階へと移動し、目の前にある紫色の扉を見つめる。

 ふと、俺はある裏ワザを思いついた。


 マッピングは俺を中心に10メートルで行われる。

 扉がワープ装置でも、扉を潜らず、転移機能で向こう側に飛べばいいんじゃないか?

 そうしてワープ装置を無視してどんどん先に進めば、自ずとゴールである下り階段まで到着出来るはず。


「浅蔵、お前すげーな!」

「図鑑の機能があればこそだね。普通の転移スキルじゃ、階層入り口にしか転移出来ないから、そういう裏ワザ使えないもんね」

「はっはっは。俺が居て良かっただろ」

「あぁ。良かった。でも却下だ」

「え?」


 芳樹がにこにこ顔でダメ出しをする。

 なんでだよ!


「お前以外に出来ないことだろ、それは。そうなると他の冒険家がやっぱりここで足止めされる」

「あ……」


 俺たち冒険家はライバル……というよりは、ダンジョンの謎を探す同じ仲間みたいなものだ。

 中にはモンスターから取れる僅かな素材を売却したお金で生活している者もいるが、ほとんどの冒険家はダンジョンの謎を解く為に潜っている。身内の敵討ちを含めて。


 俺や芳樹たちだけが26階を攻略できても、他の冒険家が攻略できなければ27階から下は俺たちだけで攻略しなきゃならなくなる。

 それじゃダメなんだ。


 となると、やっぱりコツコツと扉を潜って、正解のルートを探さなきゃならないのかなぁ。

 大きなため息と共に前方を赤い扉を見つめていると、後ろで虎鉄が『カッカッカッカ』と、奇妙な声を上げ始めた。


「虎鉄?」

『ニャー……ニャニャッ。カカカカカカカ』


 あぁ、この声は獲物を見つけた時の声だ。猫ってこういう声出すんだよなぁ。

 いったい何を見つけたっていうのか。

 だが虎鉄が見ているのは階段の上で……上に居るモンスターに反応しているのか?


「この上って、浅蔵の車が溶けてた所だよねぇ」

「つまり階層ボスが湧くポイントだ。ここは固定湧きするようだから――おい浅蔵!?」

「うおおおぉぉぉぉっ。愛車の仇ぃぃっ」

『にゃーっ』


 虎鉄と階段を駆け上がり、見えたのはあの巨大スライムだ。


「あぁあぁぁぁっ。俺のドアを食ってやがる!」


 わずかに残っていたドアをゆっくり溶かしてやがる!

 溶かされて堪るか!


 リュックから取り出したピーマンボム、パプリカボム、そしてオクラボムを一斉に投げつける。

 奴の体内にずぶりと取り込まれた瞬間、弾け、ゼリーが四散する。

 そこへ追加のボムを投げ込み、スライムのゼリー体をそぎ落としていく。

 ドアがあらわになると鞭を振るい、窓枠に絡め取って思い切り引き抜いた!


「せいやぁぁぁっ!」

『にゃー! "奥義・爪磨ぎスラッシュ"にゃーっ』


 ドアを引き抜いて出来た隙間に虎鉄が飛び込み、そして巨大な――自分ほどもある核に爪を深々と突き立てた。


『"奥義・爪磨ぎスラッシュ"連続コンボにゃーっ』


 おぉ! あいつ、連続コンボなんて出来るようになったのか!?

 二発目、三発目と、露になった核を引っ掻きまくる虎鉄の攻撃に、スライムは成す術もなくゼリー体をびよんびよん伸び縮みさせ……そしてどろりと崩れた。


「ふ……取り返したぜ。俺の愛車」

『にゃ! にゃんかスキル貰ったにゃっ』

「お、そうか! 何貰ったんだ?」


 喜ぶ虎鉄の後ろで、階段から上がって来た芳樹たちの姿が現れる。


「おいおい、もう倒したのかよ」

「なんでそんな早いの? 浅蔵、何持ってるの?」

「豊、ドア一枚持ってたって、車はもう戻ってこないぞ」


 うっさい、ほっといてくれ!

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