第82話
上田さんの依頼を終えてから十日。
24階の地図は完全に埋まり、25階もあとは階段まで行けば終わるという頃。遂に武くんのレベルは25になった。
「ありがとうございました。あとは俺、瑠璃の傍に居てやろうと思うっす。そろそろあいつも限界っぽいっすから」
「そうだな。出発するとき、いつも暗い顔してたもんな」
心配で堪らなかったんだろう。だけど自分が着いて行ってしまうと、彼女のレベルも上がってしまう。そしたら武くんはもっとレベルを上げると言い出す。
だから大戸島さんは待つことにした。
「これからは畑仕事しながら、瑠璃の食堂の手伝いをするっすよ。あ、でも人手が必要な時は言ってくださいね。俺、手伝いますから」
「体力がありあまっとるもんね、相場くん」
「おう。体力だけは毎日に余ってるぜ! あとお使いも出来るっすよ。バイクやけん、いつでも動けるっすから」
確かに武くんはよく動く。
レベル上げを終えて帰ってきたら、俺たちが風呂に行っている間に帰った――かと思ったら、猫の玩具だの漫画の雑誌だのを買ってきてくれていた。
大戸島さんから頼まれていた物もあったようだが、外に出れない俺たちの事を気遣って、退屈しないですむ物を買ってきてくれるのだ。
あとお菓子も。
レベル上げの後でも元気な武くんは、さっそく食堂へ行って大戸島さんに報告するようだ。
さて、俺たちは――。
「26階まであと少しだし、地図埋めを済ませてもいいかな?」
「そうですね。明日から26階の攻略を?」
「いや、下の階の地図埋めがまだ残ってるし、そっちをやってしまってからにしようと思っているんだ」
「そういえばまだでしたね」
ふふっと笑うセリスさんの下では、にゃにゃっと笑う虎鉄が居る。
もうこのひとりと一匹ってば可愛いんだよ。お持ち帰りしたいぐらいだ。
いや、ある意味毎日お持ち帰りしているんだが。
こうして武くんのレベル上げが終わり、本格的に俺のダンジョン攻略が始まる。
武くんのレベル上げに付き合っている間に、俺のレベルは27、セリスさんが26になっている。
基本的に俺とセリスさんは武くんのサポート役で、パーティーを組まず、彼に止めを刺させていたのであまり上がっていない。
それに24階と25階でレベル上げをしていたから、階層より高いレベルに上げるのにはかなり討伐数が必要となる。それもあってセリスさんと肩を並べそうな勢いだ。
さて、準備を整え25階へとワープ。もちろんセリスさんと虎鉄も一緒だ。
「25階層も最後の階段付近だけですよね?」
「うん。たぶん200メートルも進む必要が無いんじゃないかな」」
図鑑を確認しながら、俺たちは『俺たちが落ちた場所』へ向かった。きっとそこには俺の愛車があるはずだ。
そうだ。階層転移する時に、俺が車に触れていたら……車も持って行けるだろうか? 試してみよう。
「さて、そろそろかな」
「浅蔵さんが見たっていう巨大スライム……居ますかね?」
「どうだろう。25階を攻略したパーティーもいくつか居るって話だからね。直近で倒されていたらまだ出てないかもしれない」
出来れば倒されていて欲しい。
あの時は車で突っ込んで核を破壊できたが、今回はそれが出来ない。スライムの体内は酸性だし、核を破壊しようとしたら中に入るしかないんだよ。体が持たない可能性もあるしなぁ。
「俺の鞭がギリギリ届くかもしれないが……殺傷力は低いし、時間が掛かるだろう」
「薙刀は届きそうにないですか?」
「うーん……大きさがどのくらいか実際に見てみないと分からないからなぁ」
セリスさんの武器は本物の薙刀にパワーアツプしている。素材もダンジョン産で、丈夫なのに軽い奴だ。しかも柄の部分は分離式になっていて、1メートルぐらいの長さとその倍ぐらいの長さとの二段階に調節できる。
狭い通路では短くして使っているが、25階では長い状態でも問題ない。
巨大スライムの核はだいたい体の中央だ。奴のサイズが直径3メートルを超えなければ、ギリギリ届くかも?
そして到着した、天井がそこだけひと際高い空間。
5メートルの高さはあるだろうか。そこに――
「うああぁぁっ。お、俺の愛車! ローンがまだ残ってたのにいぃぃぃっ」
鉄の塊が落ちていて、かろうじてドアだと分かる物体が残っていた。あとナンバープレートも。
「お、落ち込まないでください。どうせダンジョンじゃ乗れんかったんやし」
「うん。そうだね。分かってるよ。うん」
『あさくにゃー。元気だせー』
奴め、リポップするたびに俺の愛車を溶かしてやがったに違いない!
くっそ。今度あったらぐっちゃぐちゃの、べっちょべちょにしてやる!
「でも居なかったってことは、最近ここを通ったパーティーが居るってことですね」
「そうだろうね。24階までの直通ルートは前々から出回っていたし、ホームセンターもある。あそこを拠点にすればダンジョンに籠っての攻略も出来るだろう」
「ですね。現に私たちが運び入れてた食料も、毎日少しずつ減ってましたし」
「うん。誰かの役にたったのならいいさ」
セリスさんの4畳半にインスタント食品や缶詰、水を入れては、毎日ホームセンターに置いて来ていた。
次の日行くと減っていることもあった。「食料ありがとう」というメッセージが置かれていたこともある。
そういうの見ると、人と人との繋がりがダンジョン内にもあるんだって思えて嬉しくなるんだよな。
26階への階段を下り、目の前にあったのは紫色の扉。
通路は一本道で、しかも狭い。だいたい2.5メートルぐらいの幅しかないだろうか。
コンクリートで塗り固められたように、綺麗に四角く整えられた通路は、10メートルも進まないところに扉はあった。
「扉ですね」
「あぁ……あれを開かないと先に進めない仕様か……ただの扉とも思えないが。あ、こら虎鉄! 勝手に行くなっ」
『にゃー……にゃっ。おにゃか空いたにゃ』
猫は自由だなぁ。
セリスさんと頷き合い、そして笑いながら俺たちは帰宅。
あの扉がなんなのか気になるが、今日はゆっくり休もう。
その扉については翌日、芳樹から聞くことになった。
「おーっす、浅蔵ー」
朝食用の野菜の収穫をしていると、芳樹がやってきた。若干お疲れ気味のようだ。
「おはよう芳樹。こんな朝早くからどうした?」
「おう。なんか最近お前も忙しそうだったけど、まだ忙しいのか?」
「ん? いや、武くんのレベル上げは終わったし、今日から協会に頼まれてた地図埋めを再開する予定だ」
「そう……か」
何かあったのか? もしかして下層の攻略で道に迷って進めないとかか。
「地図埋めの依頼は何も上層に限った事じゃない。下層で先に進めなくなってんなら、そっちに向かってもいいけど」
「本当か!? お前、26階は行ったことあるか?」
「昨日行った。目の前に紫色の扉があって、そこで引き返したが」
「あぁ、先へは進んでないんだな。えっとな、あの扉ってのが……ワープ装置なんだ」
そこまで聞いて俺は理解した。
他のダンジョンにもそういった仕掛けのある物がいくつか報告されている。日本でも東京にあるダンジョンと、北海道のダンジョンにあるらしい。
足元に装置があったり、まさに「ワープゲートです」と言わんばかりの装置が置かれていたり、見た目は違うが、そこに足を踏み入れると同じ階層のどこかに飛ぶという点では同じだ。
そして装置を回避することは出来ず、どうしてもそれを使わなければならない点も。
26階にあったのは扉。扉はコンクリートに埋め込まれたような形だったので、壁を破壊して進むなんてのも難しいだろうし、たぶん出来ない。
そして装置はひとつではなく、何十何百もある。しかも複数の装置から正解を選んで進まないと、ゴールにはたどり着けない。
攻略の中では一番根気と時間のかかる階層だ。
「どこにワープしたのか、マッピングしようがないからな。ただ今回は扉の色をメモして何とかならないだろうかって、頑張ったんだ」
「色が違うのか?」
「あぁ。かなりの色が用意されている。俺たち以外のパーティーも頑張ってるが、まだあそこを突破したところは居ないんだ」
「げ。一か月以上経ってんのに、実はまだ26階も攻略されてなかったのか」
不貞腐れたように芳樹が唇を尖らせる。
「だからこうしてお前に頼みに来てんじゃねーか。なぁ、俺たちと一緒に来てくれないか?」
そりゃあ頼まれれば断らないさ。こいつとは小学校の頃からの友達だからな。
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