第193話:業務連絡

 翌早朝。

 俺たちは再び宇佐ダンジョンの地下26階へ。

 大分ランカーの、あの連中が亡くなった仲間を想って引き上げてくれていれば――と思ったのだけれども。


「いたよ……」

「あいつら。ちっ」


 芳樹の舌打ちが聞こえたのか、階段の踊り場にいたひとりが振り向いた。

 その表情は暗い。

 更にもうひとり俺たちに気づいて振り返ると、何故かこちらは不敵な笑みを浮かべる。


「ずいぶん遅いご出勤だな。うちのエースたちはもう表ボスの討伐に向かったぜ」

「向かった!?」

「あぁ。一時間前に捜索隊から発見の狼煙が上がって現場に向かったから、そろそろ倒し終わるんじゃないか?」


 昨日の今日でボス討伐に向かうなんて、死んだ仲間のことをなんとも思っていないのかこいつらは!


「俺たちは俺たち流で仲間の敵を討ちに行くんだよっ」


 俺が考えていることでも分かるのか、イキり散らかすように彼が叫んだ。

 何人かが同調し、二人ほどが表情を曇らせる。うちひとりの頬に青痣があった。

 このチームはもう続かないだろうな。


「どうするぅみんな。今から行っても間に合わないよねぇ?」


 翔太がそんなことを口にしたまさにその時――


【大分宇佐ダンジョンの真なる最下層ボスモンスター『大分宇佐ダンジョン雪男イエティ』が討伐されたよ】

【討伐パーティーをこれより裏マップに転送するよ】


 ――とアナウンスが流れた。

 討伐パーティー以外にもアナウンスが聞こえるんだな。福岡02の時も、他のパーティーがそんな風なこと言ってたっけ。


「あいつら、まさかアイテムとかスキルを要求したりしないだろうな」

「一応、協会職員はああは言ってたが、どうだかな」


 芳樹と甲斐斗は不信感たっぷりな視線を彼らに向けている。

 俺も同意見だ。

 まぁ、その時はその時だ。

 本当はスタンピード規模とか、どんな風に行われるのかとか検証のためにこの小規模ダンジョンを選んだんだけど……。

 山口県のダンジョンも小さい規模だし、ここがダメならそっちで検証ってことになるだろうな。


 そんなことを考えたら、踊り場にいた大分ランカーの留守番組のひとりが声を上げた。


「狼煙だ!」


 全員が彼と同じ視線の先に目を向ける。

 遠くで薄っすら、それらしいものが見えた。


「赤……救助要請だ!」


 ひとりが叫び、何故か俺たちを見る。


「お前らの仲間だろ。自分たちで行けよ」

「で、でも……お、俺たち大したスキルも持ってないし」

「けどここまで自力で下りてきたんだろ? だったら戦えるってことだよな」


 省吾の低く、重みのある声に彼らは黙った。


「お、俺たちは予備の予備で、荷物持ちやこうして拠点の確保、他の奴らに獲物を取られないよう道を塞ぐのが役目なんだ」

「おい、余計な事いうなっちゃっ」

「おいおい、んなこと毎回やってたのかお前ら。よくそんなんでトップランカー名乗れるよな」

「最低ね。浅蔵先輩、もう帰りましょう」

「木下の言う通りだ、浅蔵。もしあいつらが真面目に5の選択肢を選ぶんだったら、念のため上に報告した方がいいだろう」


 そうだな。各階層で拡声器使って、攻略パーティーの誘導もしなきゃならないし。


「ま、待ってくださいっ。お願いしますっ。もうこれ以上仲間を犠牲にしたくないんですっ」

「福岡もんなんかに頼るなっ。俺らだけでいけるやろが!」

「まともな攻撃スキル持ってるの、お前だけだろうっ」

「そうだっ。索敵班にすら入れないんだぞっ」

「うっせーっ!」


 なんでこいつら、こんな所で喧嘩なんてしてんだよ。

 なんで……。


「あぁくそっ。芳樹、行くぞっ」

「ったく、しゃーねえな」

「行くんですか、浅蔵先輩」

「そうだよね。浅蔵さんやもん。行くに決まっとるばい」


 セリスが笑みを浮かべて、俺の隣に立つ。


『仕方ないにゃー』


 そう言って虎鉄は俺の肩によじ登り、そしてフードを被った。

 あの、そのフード、俺の……。


「よ、よろしくお願いしますっ」

「か、勝手なことすんなや!」


 そういいつつ、イキってる彼は階段から下りようとしない。

 俺たちは無視して、狼煙が見えた方角へと向かった。


 寒さに耐えつつ、時折襲って来るモンスターを蹴散らし進むこと十数分。

 この気温の中、体を寄せ合う四人の冒険家を発見した。


「四人だけか?」

「ほか、ほ、ほかは、裏」

「は? なんでお前らだけ残っとん?」

「おれ、おれた、ち、サポ、サポート班」

「はぁ?」

「芳樹、話は階段で聞こう。まともに会話も出来ないほど、体温が下がっとるけん」


 とにかく温かい所へ移動だ。

 図鑑転移で全員を階段まで移動すると、さっきの連中が駆け寄ってきた。


「どうだった?」

「木崎たちは無事に裏にいけたんか?」

「ドロップは?」


 ほとんどの奴らが、戻ってきた仲間を労う言葉をかけてない。

 痣のあった男ともうひとりだけが、湯気の出るマグカップを手渡したぐらいだ。

 仲間の心配より戦果か大事かよ。


「な、なんとかボスは倒せた。強かったよ。でも木崎たちは勝った」

「木崎は大分でもトップレベルの冒険家だ。きっと裏ボスも倒せるさ」


 四人のうち二人は、受け取った暖かい飲み物を飲んで落ち着いたようだ。

 勝ち誇ったような表情で、威勢のいいことを言い始めた。

 けどあとの二人は不安そうにしている。


「大丈夫、かな。攻略パーティーの荷物は俺たちが持ってたし、予備の武器も回復材も、木崎たちは何も持ってなかったんだぜ」

「そりゃそうさ。荷物は全部俺たちに運ばせてたじゃないか」

「索敵班で荷運びスキル持ちがお前しかおらんのやけん、しゃーないやんっ」


 お、おい……予備の武器も回復剤もって……まさか。


「裏ステージに行った奴ら、何も持ってなかったのか!? アイテムポケット類は?」


 俺の言葉に、心配そうな表情の二人が首を左右に振る。


「お、俺たち、そういったレアアイテムは持って……ないけん」

「やけん俺ら、運搬系スキル持ちが荷物持ちしとったんよ」

「マジか……いくらなんでもボス戦に回復剤無しで挑むのは無理だろ」

「うっせーっ福岡もんっ。俺らは大分のトップランカーやぞっ。お前らがクリア出来たんなら、木崎たちはもっと余裕でクリア出来るやぞっ」


 イキリ君の相手は疲れたな。

 まぁどう結果が出るかは、8時間待てば分かることだ。

 先に地上に出て知らせておくべきだよな。


 そう思った時――


【業務連絡だよ】


 奴の――自称異世界の神とやらの声がした。

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