第192話:癒され

「や、山田……木村……なんで」

「だから言ったんだ! 一度の調査は5時間までにしようってっ」

「効率を考えたら10時間でも平気かもって言ったのはお前だろう!」

「てか暖房器具もちゃんと持たせていたじゃん。なんで凍死してんの?」

「使えねぇー」

「そんな言い方するな! だいたいてめーらの為に必死だったんだぞっ」

「必死なのは当然だろ? ロクに戦えもしないのに、報酬のおこぼれ貰ってんだぞてめーらは」


 遺体を階段上の25階に運び、そこから下りて踊り場手前に並べて行った。

 まだ運び切れていない遺体があるが、階段を陣取っていた大分ランカーたちは互いに責任のなすりつけ合いを始めたようだ。


「ちっ。さっきから聞いてりゃあなんだ! 死んだ連中への謝罪も、労いの言葉すらねーのかよてめーらはっ」

「あんな寒い中に5時間も歩かせること自体、間違ってるってなんで気づけないのかなぁ」

「ロクに戦えない……そんな連中が何故最下層で行動できるのか。彼らは十分、戦力に成り得る冒険家だっただろう」


 芳樹と翔太、甲斐斗が口を挟む。


「豊、行くぞ。あと三人だ」

「あぁ」

「俺も行く」


 省吾と春雄、そして俺はもう一度さっきのキャンプ地へと飛んだ。

 省吾の背中にひとりを紐で括りつけ、ひとりに触れ、空いた手で俺を掴む。春雄はひとりに触れ、俺を掴む。

 転移──


「浅蔵さん」

「お、お疲れ様です」

「省吾先輩の紐、外しますね」

「温かいコーヒー、入れてあります。浅蔵先輩はココアですよね」

『肉球ぷにぷにするかにゃ?』


 虎鉄のスキルレベル上げをしていた女子メンバーも、いつの間にかやって来ていたようだ。

 悲痛そうな、だけど俺たちを気遣ってか、涙は浮かべず、少しぎこちなさの残る笑顔で出迎えてくれた。


「悪い。頭に血が上って手伝えなくって」


 芳樹が罰の悪そうな顔でやってくる。翔太と甲斐斗も「ごめん」と言って謝った。


「いや、いい。おかげで殴り飛ばさなくて済んだ」

「はは。そりゃあ良かった。省吾の本気の拳は、痛いなんてレベルじゃねーだろうし」

「ボクなんて、甲斐斗が雷バリバリしないかちょっと心配だったよ」

「人殺しにはなりたくないから、そんなことするわけないだろう」


 抱擁するふりして、よくバリバリしてるよな。

 もちろん、それが冗談だって分かっているけど。


 大分ランカーは未だにギャーギャー言ってて、仲間の死を悼む気持ちもないようだ。

 

「……地上まで運ぶか」

「そうしましょう。かわいそうだもん、こんな所に置いておくなんて」


 木下は階段の踊り場やその下で繰り広げられる罵り合いを睨みつけるようにして見ながらそう言った。

 俺も同じ気持ちだ。他の仲間もそうだ。


 鳴海から渡されたココアを飲み干すと、スキーウエアの中に入れていたマフラーを取り出し垂らす。

 伸ばしたマフラーを仲間たちが掴み、反対側の手で遺体に触れる。

 

 宇佐の地下一階、階段の下すぐの所に転移した。






「まったく! なんでこんなことにっ。マイナス40度なんだから、長時間の活動は控えるよう言っていたってのにっ」

「冒険家カードの回収をします」

「あぁ……ご家族がいるなら、連絡も頼む」

「はい……」


 宇佐の支援協会施設でも、職員がやり場のない怒りをぶつけていた。

 人として、きっとこれが正しい反応なんだ。


「彼らはどうやっても自分たちだけで、ダンジョンボスを倒したかったようだ。どんな手を使ってでも」


 そう話すここの責任者は、拳で机を殴りつけた。

 ガンっという痛そうな音が響き、彼が顔をしかめるのが見える。

 けどそこまでで、大きなため息を吐くと電話の受話器を手に取った。


「すみません。ご遺体を奥の部屋に運んで貰ってもいいですか? 人手がなくって、本当にすみません」

「あ、いいですよ。シートはかけたままでも?」

「構いません。いま支部長が葬儀屋に連絡をしているので、あとで棺が来ますから」


 俺たちは手分けして遺体を奥の部屋へと並べていく。

 10畳ほどの部屋には何もなく、ここは回収できた冒険家の遺体安置室なのだと女性職員は話した。


「どこのダンジョン支部でもあるんですよ。まぁ……使われる機会は少ないですけどね」


 悲しそうにそう話す職員は、宇佐で使われたのは初めてだと教えてくれた。


 宇佐はもともと冒険家の数は少ないが、今まで死人がゼロだったわけじゃないだろう。

 遺体が回収されることなく、ダンジョンに呑み込まれたりモンスターの……戻ってこない遺体の方が圧倒的なんだ。


 最後に、遺体を発見して無事連れ帰った者として書類にサインをし、臨時報酬というのを受け取った。

 ついでに塩も。


「遺体を運んで、金一封か……なんか使う気になれないよな」

「だよねぇ」

「だったら供花代や香典にでもしてはどう?」

「お、木下ちゃん、ナイス」

「じゃあそうするか」


 ひとり当たり五万円の報酬を貰ってある。もちろん振り込みだが、職員に頼んで振り込まず、その金額で花と香典を包んで貰うことにした。

 

 手続きが終わって、だが26階の攻略を再開する気にもなれず。

 そのまま福岡02ダンジョンに戻って、まずは風呂で全身を洗った。


 リビングで項垂れていると虎鉄がやって来て、手を差し出す。


『ぷにぷにしてもいいにゃよ?』

「……じゃあ」


 ピンク色の肉球に触れ癒される。

 

「虎鉄、私も触って良い?」

『にゃー』

「あっ。猫の肉球!! ボクも触りたーい」


 俺とセリス、翔太で虎鉄の肉球をぷにぷにする。


「あ……なにこれ……めっちゃ癒されるんだけど」

「あぁ。虎鉄の肉球は、スキルなんだ」


 肉球がスキルってのも変な話だけど。とにかく触ったものの心身を癒してくれる。

 あと状態異常も回復できる。


 この日、みんなが交代で虎鉄の肉球をぷにぷにしまくった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る