第121話

 クリスマス仕様の食堂に集まった冒険家は、だいたい50人ぐらいだろうか。

 厨房のあるプレハブの中にも、客用のテーブルと椅子はある。

 今はそのテーブルが片付けられ、椅子だけが並んだそこへ俺とセリスさんも座った。虎鉄は適当にその辺で遊んでいる。

 芳樹たちのパーティーの他にも、見覚えのあるパーティーがあった。

 ダンジョン内ですれ違ったのもいれば、ここで見た顔も。


「あんた、何階層まで攻略してんだ?」


 隣の椅子に座る冒険家に尋ねられ、43階だと答えると、相手は41階だという。

 後ろの席の冒険家は40階。


「どうやら下層攻略組だけ集められてるな」

「え? じゃああなた方のパーティーは、わざわざ呼ばれたんですか?」

「あぁ。外で見てる連中は呼ばれてないみたいだ」

「入場規制は話を聞かせたい俺らに声が聞こえなくなるからだろうな。だって普通に窓の外から覗かれてるけど、特に咎められてないし」

「本当なら上の協会施設でやればいいんだろうけど、あんたらが外に出れないもんな」


 つまり俺やセリスさんに合わせるため、食堂ここで何かをやるってことか。

 いったい何が始まるんだ?


 中の様子を見ようと集まった野次馬を押しのけ、大戸島会長や小畑さんらが入ってくる。

 どことなく、会長の顔が険しく見えるのは気のせいだろうか。


 厨房寄りに唯一テーブルが一つだけ置かれ、そこに用意された椅子へ彼らは座った。

 書類のようなものも手に持ち、まずは小畑さんが口を開いた。


「静かに。私の声が聞こえるかな?」


 その一声で食堂内外を問わず、全員が口を閉じた。

 それを確認した小畑さんが頷き、言葉を続ける。


「君たちも知っての通り、ここのダンジョンは他よりも攻略スピードが速い。理由は言わなくても分かるだろう」


 小畑さんがそう言うと、周辺の冒険家が一斉に俺を見る。

 地図――の存在だよな。

 俺が地図をコピーすれば、後発は最短ルートで次の階層へと進める。


「そこで、九州中国地方の支援協会で話し合った結果、ここの攻略を最優先に進めることを決めた。具体的には、攻略に必要な物資をこちらに回すという物だ」

「マジか!」

「それは助かる」

「もちろん全員にという訳ではない。ここに呼んだ10のパーティーに限定し、物資を流す」


 すると当然だが、外のパーティーからはブーイングが鳴る。

 が――


「せからしかっ!」


 会長の一喝で再び静かになる。


「最下層への攻略が最優先だ。この福岡02ダンジョンが生成されてから前後で、ダンジョンの仕様が大きく変わっている。東京や東北でも新しくダンジョンが出来ているらしい。この辺りの情報はなかなか入らないが、たぶんここと同じような感じだろう」


 これまでのダンジョンと異なる仕様。

 生成に飲み込まれた建物の一部が残っていたり、偶然その中にいた人が助かったり。

 そして生存者が外へ出ようとすると弾かれ、そのうえダンジョンが拡張される……。

 海外でも同じことが起きているのだろうか?


 小畑さんはこれまでと違うからこそ、きっと最下層に何か謎を解くヒントがあるはずだと話す。

 これまで最下層まで到達したダンジョンがあるにはある。

 だが最下層のボスを倒して何かあったという話はない。


 それも小畑さんの次の言葉で話は一変した。


「実は既存ダンジョンでも拡張が確認されたんだ」

「え?」

「どこっすか!?」

「京都だ。30階あったダンジョンだが、3年前に最下層まで攻略されている」


 最下層まで攻略されたダンジョンは、その後も調査やドロップアイテム目的などで訪れる冒険家は多い。

 ただ最下層のボスモンスターはなかなか出現せず、2、3日で復活する階層ボスとはちょっと違う。

 完全なランダムで、一カ月以上も現れないという話も聞いた。


 そういうのもあって、ある程度年数がたつと最下層は不人気になってしまう。

 モンスターの数も多く、危険度も高いからだ。


「12月上旬、たまたま最下層を覗いたパーティーがいてな。階段のすぐ近くでボスを発見し、スキル目当てで倒したんだが……」


 倒した時には何も無かった。

 だがそのパーティーが地上に戻ってダンジョンを出た瞬間――


「拡張のアナウンスがダンジョン内全体に流れたそうだ」


 その後、急いで最下層を攻略したパーティーが、転移スキルで30階を探索。

 そして見つけてしまった。31階へと続く階段を。


「今までのダンジョンでも、拡張されるようになるなんて」

「この変化を吉ととるか、凶ととるか……」


 セリスさんの言葉に、俺は独り言のように呟く。

 できれば前者であって欲しい。


 そういった変化から、協会ではここの最下層攻略を優先することを決めたらしい。

 もちろん理由は俺――ダンジョン図鑑があるからだ。

 もし最下層に謎を解く鍵があって、俺が外に出れるようになれば……。

 そうすれば他のダンジョンの攻略速度も加速する。


 ここに集まったのは冒険家としても経験が長く、最前線で活躍している人たちだ。

 俺が地図を早く完成させれば、それだけ早く攻略も……。


 セリスさん次第だが、もう少し攻略に充てる時間を増やすか。


 それともう一つ。


 ここでの話し合いが終わった後、俺は小畑さんと会長、そして各パーティーのリーダーを自宅に招いた。

 まずは小畑さんと会長だけに来て貰い、図鑑の転移機能の話をする。

 小畑さんは察していたので驚かず、会長はやや驚いたものの図鑑のことを考えればそうかなといったようす。


「それで、お前はどうしたい? そのことを公表するか?」

「してもいいと思いますが、それで下層の転移を頼まれまくる状況になると、それはそれで困るので」

「当たり前じゃ。お前と芳樹のチームが、今最も攻略が進んでおるのじゃから」

「でも転移が楽になれば、攻略も早くなると思います。さっき食堂に集まった連中だけでも、毎日送り迎えしてやれればと思って」


 地上で体を休めるというのは、階段でのセーフティーゾーンで休むのとまったく違う。

 肉体的な疲れもそうだが、精神的な疲れの回復具合はかなり変わるだろう。

 せめて最下層攻略パーティーだけでも、俺がしてやれることをやりたい。

 そう話すと、会長は少し考えたあとポンっと手を叩いた。


「小畑、アレが使えんか? 約束げんまん」


 約束げんまん?

 嘘ついたらっていう、アレのこと?


「あぁ、いいですね。それを承諾したパーティーにだけ、彼のサポートを受けられるようにすればいいでしょう」

「あの、約束げんまんって?」

「スキルに決まっておるじゃろ。ちょっと待っておれ。今連れてくるから」


 そう言って会長はなんだかうきうきした顔で部屋を出て行った。


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