第10話

 三ツ星を出したい。

 それぐらい美味しかった野菜炒めを堪能したあと、ナメクジケージ作りを開始した。

 あのバッタケージの強化版だ。

 バッタと違ってナメクジは飛ばないだろう。だから屋根を作る必要はない。

 だが地下1階モンスターと同じ気持ちでいては危険だ。


 基本、ダンジョンは階層が下がるたびに、生息するモンスターも強くなる。

 相手を押し倒して圧死させるぐらいだ。パワーはあるだろう。


 店にはスチール製の犬小屋もある。この小屋をパワーアップさせようと思う。


 木材使いたい放題。スチールラック使いたい放題!

 ホームセンターって素晴らしい!


「で、スチールラックの棚で小屋を囲み、結束バンドをこれでもかってぐらい使って固定してみました」


 更に、高さが足りなかった場合も考えて、太めの木材を柱にして高くしてある。

 問題は、上からしか攻撃できないんじゃね? ってぐらい隙間が無くなったこと。


「床に塩ぉ、撒きますねぇ」


 大戸島さんが1kgの塩を、ナメクジケージの床一面に振り撒いていく。

 その間にセリスさんが武器の用意をし、俺はゴム手袋を嵌めた。


 俺とセリスさん、それぞれ別々の足踏み台に上って準備をする。


「行くよ……」

「はい」


 図鑑のナメクジイラストに手を突っ込み――うぐっ。これは……スライムはぷるんぐにゅって感じだが、べたつきもなく触感は悪くない。だがこれはヤバい。ぬちゃあべちょーんぐにゅーんで、気持ち悪い!!

 こんなの何匹も触りたくねーっ。


「ああぁぁっ!」


 思わず悲鳴を上げながら、ケージの中にナメクジをぽいする。

 べちょんっと音をたて、ナメクジが落ちた。


 ――なにすんのよ!


 そんな抗議の声でも聞こえてきそうなほど、俺のこと見てる。

 が、それも一瞬。

 足元――いや、こいつに足は無いか。胴の下に撒かれた塩によって、体の水分が奪われていく。

 激しく身悶えし、パワーアップさせたケージ内で暴れ始めた。


「さ、刺していいですか?」

「あ、どうぞ」


 セリスさんが持つ棒もパワーアップしている。

 これは二本目の武器で、先端に細くて長い包丁をビニールテープでぐるぐる巻きにしてある。

 その包丁でナメクジを刺すのだ。


 気持ち悪いのか、セリスさんは少し躊躇っている。

 その横で、大戸島さんも同じ武器で「えいっ」とナメクジを一突き。


「大丈夫だよ、セリスちゃん」

「そ、そうみたいね」


 ある意味大物だな、大戸島さんは。


 俺は手がぬちょぬちょなので、トイレットペーパーの袋を破いてせっせと手を拭く。

 その間もナメクジから目は離さない。


 やはりこの巨体に1kgの塩は足りなかったのか。

 多少は縮んだが、二割弱程度で止まってしまった。

 上からもう一袋振りかけると、再び悶え苦しみはじめる。


 かなりずぶずぶ刺してるけど、一向に死ぬ気配が無いな。

 流石地下24階モンスター!


 関心して見ていると、何やらナメクジの体が紫色に変色しはじめた!?

 なんだこれは?


「『ダンジョン図鑑』何か載ってたか?」


 ページを開いて確認すると、さっきは無かった文章が追加されてる!

 もしかして最初に載ってるのは基本情報のみで、新しい行動を目視すると更新されるのか。


 追加された文章は――


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 瀕死状態になると体内の血液を沸騰させ、傷口から麻酔効果のある血液を噴射させる。

 この血液を誤って飲めば昏睡状態に陥り、肌で触れれば麻痺を起こす。

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


 ちょ、ヤバい!


「二人とも攻撃ストップ!」

「え?」

「どうしたんですかぁ、浅蔵さん」

「これを見て。今更新された文章なんだけど」


 そう言って二人に図鑑を見せた。


「麻酔?」

「眠っちゃうんですか?」

「昏睡ってあるからね。ただ寝るだけならいいんだけど、そのまま起きないなんて事になったらマズい」

「そ、それは怖いですね」

「やろ? ちょっと待っててくれ。対策防具を作るから」


 木材コーナーでベニヤ板を二枚と角材。それから手すりコーナーで一番短い物を二つ、釘、錐とノコギリを取って来た。


 ベニヤ板に、二人の武器が通るぐらいの穴を空け、盾のようにして持つための手すりも取り付ける。


「これだと前が見えないけど、俺が指示を出すよ」

「なるほど。これなら血が体に掛かることも無いですね」


 穴に棒を刺した状態でナメクジケージへと近づき、俺の指示で二人がずぶずぶを再開する。

 刺し傷から、ピューっと……予想に反して弧を描くように飛び出す紫色の液体。

 もっと勢いよく発射されるのかと思ったから拍子抜けだな。しかも1メートルも飛んでないし。


 まぁ勢いが無かろうが距離がなかろうが、接近戦闘をする人間には脅威だよな。

 短剣を一突きしたら、100%回避不能な位置に血が飛び出してくるんだし。


 こいつの麻痺がどのくらいなものか……確認もしておきたいけどな。

 外での戦闘中にパニックになるのもマズいし。


 意を決して俺はナメクジに近づく。


「浅蔵さん?」

「麻痺、されてみる」

「え? 危なくないですかぁ?」


 麻痺なら時間の経過で回復するだろう。

 そういった状態異常攻撃をするモンスターは、どこのダンジョンでも存在する。

 今まで、その麻痺が解除されなかったなんて情報は出ていない。


「どのくらいの時間、どのくらいの部分が麻痺するのか、知っておいた方がいいんだ」

「ここを自力脱出することになった時の為……ですか?」


 セリスさんの言葉に頷き、俺はナメクジケージに張り付く。


「刺してくれ」


 セリスさんがその指示に従い、躊躇いながらもナメクジの体を刺した。


 ピューっと、弧を描く紫色の液体に、自分の左腕を差し出す。

 肘のやや下に血が掛かると、直ぐに効果は表れた。


 じーんっと、痺れたような感じだ。

 だがそれもすぅーっと引いて、回復したのかと思ったらそうではない。


 自分で触っても、まったく何も感じないのだ。

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