第9話

 ダンジョンに落ちて三日目の朝。


「大変だ! 大変な物を見つけたぞ!!」


 二人が起床して、食事の用意をと思い一度店内へ。

 ついでに外の様子をとサービスセンターの窓を開けると――。


「トマトが実っていたんだ!!」

「「トマト!?」」


 ここでの生活が始まって僅か三日。

 だが俺たちは飢えていた。

 

 新鮮な野菜に!!


 こんな凄いこと、知らせない訳にはいかない。

 店内から戻って来た俺が真っ先に見た物は、今日も元気にラジオ体操をするセリスさんの姿。

 どうも体がラジオ体操を求めているらしく、これをしないと体がシャキっとしないとのこと。


 大戸島さんはソファーに横になると、2秒と経たず眠ってしまう。

 元々はこんなに寝つきが良かったわけではないらしい。

 そしてセリスさんはラジオ体操マニア。


 ダンジョンで何かが変わってしまった二人だが、考えられるのはやっぱりスキル……かなぁ。


 今はスキルより野菜だ!


「たぶん売れ残った野菜の苗とかじゃないかなって思うんだ」

「売れ残りって、お店の人が栽培するんですかねぇ」

「ディスプレイみたいな感じやないと?」

「あぁ、そうかぁ」

「はい。だからきっとプランターごと置いてると思われます。ぜひとも、トマトを取りたいのです」

「「異議なし」」


 こうして三人でトマト奪還作戦が始まった。


「いや、俺ひとりでいいんだけど……」

「もしかするとトマト以外にもあるかもしれないじゃないですか!」

「これ使おぉ。台車ぁ。これならプランターごと運べますよぉ」


 くっ。なんて優秀な子たちなんだ。

 俺なんてトマトの事しか頭に無かったし、そのままもぎ取って抱えて帰ろうとしか考えて無かったぞ。


 台車2台を押してサービスカウンターへと向かう。

 シャッターの開け閉めの方法は分からないが、ここに非常口があったのだ。内側から鍵を掛けるタイプの、鉄製の重い扉だ。


「感知にヒット無し。じゃあ開けるよ」

「「はい」」


 静かにそう二人が答え、俺は鉄の扉をゆっくりと押し開いた。

 あ、これ。手離すと自動で閉まるタイプだな。俺が押す台車を扉に引っ掛け、閉まるのを防ぐ。


「お、セリスさんの言った通りだ。ナスとキュウリ、パプリカもあるぞ!」

「本当ですか! やった」

「野菜炒めも出来ますねぇ」

「俺がプランターを運んでくるから、二人で台車に並べて行ってくれ」

「はい」


 新鮮な野菜がたわわに実ったプランターは、さすがに重たかった。

 空の台車に乗せ、直ぐに別のプランターの下へと駆け寄る。


 感知……よし、反応無し。


 同じ種類の野菜を運んでも仕方がない。

 トマト、ナス、キュウリ、パプリカ、それにピーマン。この五つを運んで急いで店内へと戻る。

 非常口を閉じて直ぐ、俺の感知にモンスターが引っかかった。


「しっ。モンスターだ」


 二人はじっとして、息を殺し俺の指示を待っている。

 この三日間で二人は身の潜め方をマスターしてしまったな。

 パニック起こしたり、絶望したり……そういうのが無い分、俺としても凄く助かってる。

 何より生きるために協力してくれることが嬉しい。


 それにしても、なかなか遠ざからないな。

 カタツムリか?


 そぉっと窓を開けたが、あの特徴的な殻は見当たらない。

 代わりに白っぽい物がうねぇーっと動くのが見えた。

 それは店側ではなく、右から左の横穴に向かっているようだ。


「あれがモンスターですか?」


 囁くような小さな声でセリスさんが言う。

 じぃっとアレを見つめた俺は、しゃがんで図鑑を取り出した。


 地下24階に生息するモンスターのページが更新されている。

 俺は無言でそれを指差した。

 左右から俺を挟むようにして、彼女らが図鑑を覗き込む。


 女の子に挟まれるのって……悪くない。


 その二人は図鑑を見て、なんとも微妙な顔をしている。

 気持ちは分かる。

 だってなぁ、コレだもんあぁ。


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     【ダンジョンナメクジ】

 体の表面にある粘液のせいで、打撃攻撃は効果が薄い。

 また、強烈な打撃攻撃を受けた際、ダンジョンナメクジは分裂するので要注意。

 地上のナメクジ同様、塩が弱点。

 攻撃手段は、相手を押し倒して圧死させること。

 圧死させたあと、きちんと残さず食べる。

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 塩に弱いと言われても、普通はダンジョン攻略に塩なんて持ち運びませんから!!


「だがしかーし。ここはホームセンターだ」

「塩、ありますね!」


 ナメクジが感知範囲外に出てから、俺たちは勝利したように立ち上がった。






 ホームセンターにも一部の調味料が取り扱われている。もちろん店舗によって無い所もあるだろうが。


「ありましたっ」

「よし、これで勝てる」


 セリスさんと俺とで店内を探して回った。

 その間、大戸島さんは野菜の収穫に励んで貰っている。


 見つけた塩は1kgの物。漬物樽コーナーに並べられていた。

 同じく砂糖、そして酢もあった。


「しょうゆがあれば酢の物も作れたのになぁ」

「でももやしや春雨とかが無いじゃないですか」

「……それもそうか」


 売り場にあった塩を全部台車に乗せ、大戸島さんの所へと戻る。


「あ、塩あったぁ?」

「あったよ。とりあえず12袋だけどね」

「BBQコーナーに塩コショウありました~」

「おお!」


 これで野菜炒めが出来る!

 さっそくお昼は野菜炒めに決定だ。


 ダンジョンが生まれるようになって15年。

 ダンジョンによって地中に飲み込まれた土地は、地面が閉じた後荒野だけが残る。

 しかも荒野をどんなに土壌改良しても作物は育たず、ダンジョンが増えるという事は農地が減るということでもあり。

 年々野菜の価格は高騰するばかりだ。

 野菜たっぷりの炒め物なんて、ここ数年食べたことすら無いよ。


 いやぁ、楽しみだなぁ。


 料理担当は大戸島さん。セリスさんも認める料理上手なんだとか。 


「出来たよぉ~」

「おぉ。良い匂いだ」

「三日ぶり程度なのに、野菜がこんなに美味しそうに見えるなんて」

「よし、みんなで食べよう」

「「「いただきまーす」」」


 ホームセンター暮らしも悪くない。

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