第86話
俺も一応紙の類は持っている。新しいモンスターを発見した際に、図鑑の記述をメモして協会に報告するためだ。情報料として1万円貰えるからな。
その紙を虎鉄に渡すと、器用にペンを持って色を塗り始めた。
なんてことはない。虹の絵だ。
「お前、いつの間に虹とか覚えたんだ?」
『にゃ? にゃにゃっ』
再びセリスさんの部屋に走っていく虎鉄。戻ってくると一冊の本を持っていた。
虹がテーマのような絵本だ。虎鉄に言葉を覚えさせるのに、絵本を使っていたのか。
『虹にゃ』
「そうだな」
『虹にゃあ、どんなじゅんにゃんで並んでるにゃ?』
どんな順番って……あぁ、色の順番か。色の並びの決まりとかって、あるのか?
絵本では上から赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫か? 青がちょっと紺色に近い気はするが、そんな感じだろう。水色も濃いめか。
ちょっとの色の違いだもんなぁ。
「ん? ちょっとの違い?」
『にゃっとの違い?』
俺の真似をしながら虎鉄はペンで色を塗っていく。太く塗った赤い線の横にオレンジ色を塗るが、微妙に重なった部分が……二枚目の扉の色に似ていた。
26階の扉に赤色のものはいくつもある。その全てが同じ赤だったかと言われると、首を傾げるかもしれない。くすんでいたり、オレンジが混ざったような色合いだったり、違いがあった気がする。
虹……まさか虹色に関係しているのか?
でも最初の扉の先にオレンジは無い。あの赤っぽいのがオレンジの役割なのかと言えば、ちゃんとオレンジ色の扉だってあったし違うだろう。
地図を見て唸っていると、髪を乾かし終えたセリスさんがやってきた。
ほのかに香る石鹸の匂いがなんともいえない。ちょっと頭を整理するために深呼吸して、たくさん吸っておこう。
「色見とったん?」
「うん。それでね、虎鉄がこれ見て虹の絵を描き始めたんだ」
「それでペンを持って来たんやね。虎鉄、虹の絵描けるようになったと? 凄いねぇ」
『にゃ~』
頭を撫でられご満悦だ。羨ましいなんて思ってはいない。全然だ。
「虎鉄の虹がヒントになって思い浮かんだのが、虹色の法則かなって。でも最初の扉の先にあったのは、朱色っぽい赤と白、それに青だったろ? 虹だと赤の次はオレンジだし」
「そうですね。オレンジは他で見ましたけど……虹……これ、美術の授業で見たアレかも?」
「美術?」
セリスさんもペンを使って色を塗っていく。虹ではなく、色を塗った丸を使って、円を描くように。
俺が高校の時には美術がなかったが、こういうのはなんとなく見た気がする。色見本みたいなやつで。
「赤に黄色を混ぜるとオレンジになるたい。でも混ぜる量で微妙な色の違いも出るやろ?」
「……あの朱色の扉か」
うんうんとセリスさんが頷く。
彼女も正確な色の並びは分からないらしく、俺たちのパソコンにもさすがにそういう情報は入っていない。
地上ならネットのケーブルも伸ばして繋がってるから、検索できるだろう。
「よし。じゃあさっそく上で調べて貰うよう、頼んでくるよ」
「私も――」
そう言ってセリスさんが立ち上がる。
だが俺は彼女の同行を断った。
今日のセリスさんのパジャマは膝丈のズボンだ。だけど首元が大きく開いたデザインで、そんな恰好を他の冒険家に見せるわけにはいかない。
しかもお風呂上りだぞ! 石鹸の香りがするんだぞ!
俺だって思わず鼻の下を伸ばしてしまうってのに。他の男に見せられるか?
「セリスさんは虎鉄が悪戯書きしないか見ててくれ」
「あ、そうですね。見張ってます」
『んにゃー』
早速地図に虹を描こうとしていた虎鉄を摘まみ上げ、セリスさんがにっこり笑って見送ってくれた。
はぁん……新妻が子猫を抱っこして夫を見送る図みたいで、いいなぁ。
あぁ、俺悶え死にそう。
翌朝、芳樹たちは何種類かのカラー見本を手にしてやってきた。
「頼んでたって奴だが、これでどうするんだ?」
「うん。虎鉄がな、虹の絵を描いたんだ。その時、虹の色の順番はどうなってるんだって聞かれ、それで思いついた」
芳樹たちに昨日の事を話し、26階の扉の色を思い出させた。
1枚目は真っ赤。その奥にも赤い扉はあったが、色が微妙に違うように思えた事を。
「確かに……真っ赤じゃないよな」
「でも色の微妙な違いを、このカラー見本とすり合わせて調べるんですか?」
竹下さんが微妙に眉尻を下げ、難しいんじゃないかという顔をする。
翔太や省吾も同意見らしい。
というのも、パソコン画面と実際とでは微妙に異なるからだと。それに印刷したカラー見本も、同じコートナンバーなのに、種類によって微妙に見え方が違う。
「扉にカラーコードでもあればいいんですけどね」
そう言って竹下さんが溜息を吐き、カラー見本をテーブルの上に投げ出した。
『ニャラーニョード?』
「カラーコードだ。色には名前の外にもシャープから数字で表した物もあるんだ」
「アルファベットも混ざっているのもあるんよ」
『にゃー。数字にゃかー。そういえば数字あったにゃー』
数字があった?
何を言っているんだ、虎鉄は。
『これ黒にゃー。数字はー、変な記号の隣にジェロが6つにゃー』
「え? ゼロが6つ……合ってる。黒のカラーコードは#000000だ」
おい、待て。どういうことだ?
全員の視線が虎鉄に集まり、虎鉄は何故か照れ始める。人気者になったと勘違いしているのだろう。可愛い奴。
「虎鉄。カラーコードが読めるのか? なんで読める?」
『にゃー。読めるにゃにゃくって、見えるにゃー』
「見える?」
『にゃー。鑑定すると見えるにゃー』
それか!
俺たちは急いで26階へと移動。
目の前の赤い扉を虎鉄に鑑定させ、カラーコードを読ませた。
だがここには弊害があった。
虎鉄は数字とひらがな、カタカナは読める。だが英語――アルファベットは読めなかった。
竹下さんが分かりやすいように、ノートにアルファベットの大文字小文字を書き、虎鉄はその中から自分が見ている物を選んだ指していった。
『1……と、これとこれにゃ』
「1pR? カラーコードってこんなだっけ?」
「いや、カラーコードってシャープから始まるアレだろ?」
俺たちが首を傾げる中、カラー見本の紙をセリスさんが見つめる。
「これっ」
彼女が俺たちの前に出したのは、色で円を描いた物。
赤を頂点に、時計周りにオレンジ、黄色、緑と変化していく。その色の上にあった番号は、まさに虎鉄が言うそれと同じもので。
「色相環……」
と書かれた物だった。
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