第85話

 はぁー。今日も元気でご飯が美味い!

 昨夜、結構ガッツリとエナジーチャージしたようで、疲労なんて一切残っていなかった。

 毎晩でも彼女の首筋に牙を立て――いや牙は立てないが、吸いたい。


 あぁ、もう俺ただの変態だろチクショウ。


「浅蔵さん、どうしたと?」

「はうっ。ど、どうもしてませんっ」

「浅蔵さぁん、鼻の下長いですよぉ」


 長くない! もし長いとしたら、それは元々そういう長さだ!!


 朝食を済ませ、今日も大戸島さんの重箱弁当を用意してもらい、芳樹たちを待った。

 7人がやって来て今日の段取りを話し合う。

 二人掛けのソファーに芳樹と……ん? 竹下さんが座るのか? そういや昨日も二人一緒だったような……え、まさか?


 こういう時、情報通の翔太が知っているはずだ。

 翔太を見ると、あいつの横には鳴海さんが寄り添ってて……翔太は床に直接座っているが、少ないクッションは鳴海さんに。


 え……どういうこと?

 困惑して春樹を見る。こいつには彼女が居る。高校ん時からずっと付き合っている子で、俺も知っている人だ。冒険家ではなく、地上で普通に働いている。

 春樹……教えてくれ。この状況って、どういうこと?


 と目で訴えかけると、隣の省吾が鼻で笑った。

 鼻でだ。


「浅蔵。お前、いつまでも俺たちに彼女が居ないなんて、思ってたのか?」


 え……えぇ……嘘ん。

 その言い方だと、まさかお前もか!?


「芳樹は竹下と「あぁーあぁー。添田先輩余計なこと言わないでっ」え、なんで?」

「え……省吾、それマジで言ってんの?」

「マジだぞ。こいつらこの前から「省吾、その話はまたなっ。また!」いいじゃん別に」


 この前から……いつだよ! いつ二人は付き合い始めたんだよ!

 俺の救出後か? 前か?


「あとねー、僕と鳴海由紀ちゃんも、お付き合いしてるんだよぉ」

「し、翔太先輩……恥ずかしい」


 ……鳴海さん、本気か……。

 翔太は甘いマスクでショタ好きに大人気だけど、こいつ、腹黒なんだぜ。


 パーティーの女の子に手を出した二人が、他の奴らに嫉妬されるんじゃないかと思えばそうでもなく。

 省吾は支援協会のスタッフと一年前ぐらいから交際中。春雄は言わずもがな。

 甲斐斗はどうだろうな。こいつ顔はいいしマメな男だが、恋愛にはあまり興味が無いようだ。彼女が居たことはあるが、全部相手から告白されてのことだ。ぐいぐい押しの強い女は苦手らしく、告白してくる子全部がそのタイプで、結局別れてんだよな。

 イケメンはいいよな。


「え、ちょっと待って。じゃあ何か? いつでもどこでも恋人のひとりやふたりこさえられる甲斐斗は除外するとして、独り身なのって俺だけ!?」

「お前も早く彼女作れよ」

「だよねぇ」

「出会いが無いだろっ」

「出会ってるじゃん。そこ――「はいはいそこまでです先輩。もうさっさと行きますよっ」はぁい」


 竹下さんのポジションが強いのって……芳樹を尻に敷いているからなのか?

 きっとそうだ。彼女、きっと芳樹を尻に敷いてる。


 まず転移したのは26階の入り口階段。

 昨日模写した地図のコピーは竹下さんが持っている。腰にはカラーペンを何本も居れたポシェットをぶら下げているそうだ。


「扉の色ごとに分ける?」

「はい。扉も地図に載っていますので、ここに丸を書いて――」


 丸を色塗りして番号も記入。そうすれば何色の何番にワープするか、一目で分かるようになる。

 地図は拡大コピーしてあって、すでに丸は記入済みのようだ。


「凄く大変そうやね」

「こういうマップだからね。こういうマッピングは大事なんだよ。抜け出せなくて、そのまま出られなくなる冒険家もいるぐらいだから」


 二度と戻ってこない……この手のダンジョンには多いことだ。

 芳樹たちも転移のオーブを持っているから挑戦するのであって、持っていなければ誰かが攻略するまで待つしかない。

 運を天に任せて突っ込めば、迷って食料が尽き、そして待つのは死だ。


 今日は扉のワープ記入もしながらなので時間を掛けて移動。昼は一旦階段へ図鑑転移し、食後にまた同じ位置へと戻る。

 扉ワープを夕方遅くまで繰り返し、昨日は見えなかった階段が遂に地図に現れた。


「残念なのは壁の向こうだってことだなぁ」

「くっそ。この向こうに階段があるのかよ」

「転移する?」



 裏ワザを使うかと尋ねたが、それだとやっぱり正解のルートが導きだせない。だからいい、と全員一致で自力攻略を目指す。


「残りは明日にするか。明日はここからスタートすればいだろう?」

「まぁ扉に法則が無いか、上に戻って考えてみよう。今日はとにかくワープ先を調べるのを優先したからな」


 それもそうだ。

 1階に戻ってから、芳樹は俺たち用にカラーコピーした地図を持ってくると言って地上へと出た。

 今日もくたくただ。さっさと風呂に入って寝よう。


 その前に――


「セ、セリスさん。その……元気を頂いてもよろしいでしょうか」

「ど、どうぞ……。あ、浅蔵さんと一緒におったら、全然疲れんけん。い、いっぱい吸ってもいいとよ」


 耳まで赤くしてそんなこと言われたら、俺、めちゃくちゃ嬉しいんですけど。

 もうね、ゆっくりじっくり吸う!


 いつも吸い付くと力の抜けてしまうセリスさんを、今日はソファーに座らせ、俺が覆いかぶさる形で吸わせてもらう。

 あまりお下品にならないよう、音を立てず静かーに吸っていると。


「もうさ。お前ら早く付き合っちまえば?」

「浅蔵先輩、手慣れてますね。毎晩そうやってセリスさんの首に噛みついてるんですか? 首元にキスマーク付いてるの、見えてましたよ?」

「……芳樹……竹下さん……」


 地図のコピーを持ってきた二人が玄関からこっちを見ていた。






 にまにました芳樹と、汚れ物でも見るような目の竹下さんが帰ったあと。

 気まずくて二人っきりなのも恥ずかしいから、お互い風呂に行くことにした。

 とっとと上がってきたが、セリスさんはまだみたいだな。あのサラサラの髪を洗うのも大変だろうなぁ。


『にゃにゃー』


 風呂上りは体がほてっているからか、虎鉄がやたらとすり寄ってくる。

 虎鉄は俺の足によじ登って全身を密着させ、頭をごりごり擦り付けてきた。

 はぁぁん。癒し死にしそう。


 そのまま虎鉄を落とさないようにしながらソファーに座り、テーブル上に置かれた地図を見つめた。

 扉の色に何か規則性がないか、じぃっと目を凝らしヒントを探す。


 26階に降りてすぐ、赤い扉がある。その先は十字路で、通路の先にそれぞれ異なる色の扉があった。

 赤、青、白だ。

 扉は一方通行じゃない。引き返すことも出来る。ただ引き返すと元の場所に戻るのではなく、25階に上がる階段前に出る仕組みだ。

 まぁおかげで野宿したいときにはすぐ階段に戻れるっていうメリットもあるんだが。当然攻略は最初からになってしまう。


『にゃ?』


 よじ登って来た虎鉄が地図を見て首を傾げる。


「このダンジョンの26階の地図だ」

『にゃー。ドア、綺麗にゃったなー』


 綺麗なもんか。あの色に規則性があるのかどうか、それだけでも分かれば……ん?

 猫って全色ちゃんと見えてるんだっけ? 確か違ったような……。


「虎鉄はこれが何色に見えるか?」


 指差したのは赤い丸だ。これを虎鉄は『あか』とちゃんと答えた。他の色もだ。

 こいつ、色の見え方は人間と同じなのか。

 それから虎鉄はセリスさんの部屋に無断で侵入し、中からカラーペンをこれまた無断で持ってきた。


「いいのか? 勝手に持ってきて」

『いけにゃい?』

「そう。いけないことだ。借りる時はちゃんと本人に言ってからだぞ」

『にゃぁ……』

「ふふ。使ってもいいわよ虎鉄」

『にゃ!』


 いつから居たのか、セリスさんが濡れた髪をタオルで包んだ姿で現れた。


「お、おかえり。ペン、いいのかい?」

「はい……わ、私、髪を乾かしてきますね」


 お風呂で火照ったのか、それとも芳樹たちに見られたのを思い出してか。セリスさんは赤い顔のまま部屋へと入っていった。

 彼女のお許しを貰えた虎鉄は、マジックペンを取り出し――


「待った待った待った。地図にらくがきするんじゃないぞ。ちょっと待ってろ」


 持ってきてやった真っ新な紙に、虎鉄が描いたものは……。


「虹……か?」

『虹にゃー』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る