第54話

 朝は6時に起床。顔を洗ったらそのまま畑へと向かう。


「おはようございます」

「おはよう豊君。今朝もいっぱい実っているぞぉ」


 そう話すのは元冒険家の園田さん、33歳。奥さんは今でも現役冒険家だ。

 追加の住宅が完成すると、ここで奥さんと一緒に暮らすようだ。奥さんもそろそろ冒険家の引退を考えているとかで、元冒険家だからダンジョンで暮らす事にも抵抗が無い。そんな風に話していた。


「さぁ、収穫してしまおう」

「そうですね。放置すると笑いだすし」

「あぁ……あれを夜中に聞かされた時は、畑を燃やしたくなったよ」

「分かります。ものっすごい分かります」


 他の人たちとも合流し、15人で畑へと向かう。ほとんどは冒険家で、暇だから、野菜が欲しいからと手伝ってくれる人が毎朝毎朝入れ代わり立ち代わり来るのだ。

 それぞれの班に分かれて野菜をどんどん収穫していくが、している傍から熟す野菜があるので正直大変だ。


「もっと人数増えるといいんだけどなぁ」

「15人でも全然足りねーな」

「まぁ市場に出荷できるようになれば、人を雇うって話らしいから。それまでの辛抱だな」


 出荷出来るように、かぁ……早くそうなればいいんだけどな。

 今だって畑の半分は空きスペースになってしまっている。それでも収穫が間に合わず、野菜が化けたり消費がそもそも追いつかなかったりするんだ。この上なく勿体ない。

 出荷できるようになれば当然収入も入る。アルバイトでもいいから、収穫を手伝ってくれる人手が欲しい。


 朝の収穫を終え一旦解散。

 俺は自宅へ、他の人たちは地上に戻ったりここの食堂テントで食事をしてから地下に潜ったりだ。


「ただいま。野菜採ってきたよ」

「あ、おはようございま~す」

「おはようございます浅蔵さん。毎日朝から大変ですね」

「収穫しないとあいつら、化けて笑い出すからね」

「五月蠅いもんね~、あれぇ」

「確かに……」


 1時間の収穫作業をして、朝食はその後だ。食後、再び畑に行ってまた収穫。

 うん。収穫してまた収穫して、昼食後にまた収穫。夕方にも収穫。夜8時頃からまた収穫して、それが終わったら風呂に入って寝る。

 一晩ぐらいなら化けることはないが、実って24時間以上放置すると化けるってことはここに来て分かった。

 収穫すればまたそこから新しい花が咲き、半日後には実がなるんだ。収穫しない手はないだろう。


「鶏さんの第2世代が卵を安定して産むようになったそうですよ~」

「マジか……あいつらが可愛いヒヨコだった時期はわずか3日だったもんなぁ」

「あれはガッカリでしたよね。可愛い時期があっという間に消えてなくなるんやけん」


 家畜については、鶏と豚、牛を、最初は数匹程度飼育してみた。

 それで分かったのは、連れてきた動物はただの動物で図鑑にも載らず、だがダンジョン内で産まれた動物は図鑑に載った。

 それぞれ『ダンジョンヒヨコ』『ダンジョン豚』『ダンジョン牛』と、なんの捻りも無いネーミングだ。

 その成長速度は通常の10倍。やはりダンジョン産は10倍なのか。


 ヒヨコの愛らしい黄色い羽毛は、だいたい一か月ぐらい掛けて大人の羽っぽくなっていくという。それが3日で終わったしまったんだ。早いし、同時に可愛い時期があんな短いなんて残酷だ。

 卵から孵って1週間もすると、何と卵を産み始めた奴まで出てきたんだ。すげーよ。親鳥もビックリだろうな。

 その親鳥は特に成長が早くなっていると言うか、老化が早そうとかいうのはない。

 ダンジョンで実る、産まれる。ここが大事なんだろうな。

 豚や牛も同じ。ただ産まれたのが遅いのもあってまだ辛うじて子豚仔牛と言える大きさだ。まぁ2、3日でそれも言えなくなりそうだけどな。


「はーい。今日はカリカリベーコンとスクランブルエッグ、採れ立て新鮮サラダで~す」

「あぁ、朝食らしい献立になってきたなぁ」

「そうですねぇ。特に野菜は充実しているので、いくらでも食べられるばい」


 お肉については、流石にここで捌いたりはしない。地上の業者に持って行って加工して貰う。そういう段取りだ。

 出荷できるようになるまでにはまだ時間が掛かりそうだけど。

 なんでも牛は2年ぐらい。豚でも1年ぐらいは通常掛かるようだ。

 成長速度10倍なので、豚は1か月ちょっと、牛だと遅くても3か月ぐらいだろうか。


「ふぅ、ご馳走さま。一休みしたらまた収穫だな」

「片付けが終わったら手伝いに行きますね」

「私は鶏さんの卵集めの約束してるの~」


 会長の配慮からか、2人と歳の近い女性冒険家が常に何人も滞在している。女子会のノリで畑仕事や鶏の世話をしているのだ。

 2人は高校を休学。まぁダンジョンから出れないし仕方ないのだが、会長が教員免許を持つ冒険家を連れてくると言ったんだが――。


「働きます! みなさんが私たちの為に働いてくださっているのに勉強? 勉強したからって、ここから出れる訳でもないじゃないですか」

「おじいちゃん。こんな世界になって、高校卒業したからって生きていける訳じゃないんだよ? 私はね、みんなの為に出来るお仕事見つけたから、それを頑張りたいの」


 大戸島さんはここで冒険家食堂を開くという。おかげで地上の冒険家施設にある食堂の売上はダダ下がりらしい。

 セリスさんもご両親と話し合った結果、ここで出来ること――畑仕事やダンジョン攻略をすると。

 畑仕事はまだしも、正直ダンジョン攻略をよくご両親が許してくれたなぁ。






「ふぅ~。それにしても、ほんと収穫追いつかんねぇ」

「そうだなぁ。トマト畑一周し終わるごとに、最初に収穫した苗にもう赤いのが成ってるからなぁ」


 赤くなったのだけを収穫していると、30分もすればさっきまで青かったトマトが真っ赤に。だから苗単位で全部が赤くなったら収穫するという方法でやっている。赤くなって20時間ぐらいは収穫しなくても化けない。それ以上放置は化けて笑い出す。

 

 その日の午前の仕事を終わらせ家へと戻ると、芳樹が来ていた。


「畑仕事手伝いに来たのか?」

「いや、例のパーティーが戻って来てさ。それで教えておこうと思って」

「例……9階で分かれたあのパーティーか!? 全員無事か?」

「他に生存者、おったと?」


 その問に芳樹は微妙な表情を浮かべる。


「あの人たちは、今福岡で1位2位を争う実力者だからな。当然、全員無事さ」


 ただし生存者の発見には至らず。戻って来たのはあのパーティーの6人のみ。

 それを聞いた俺は、僅かに背筋が凍るような思いになった。

 約4000人もの人がダンジョン生成に巻き込まれ、生き残ったのは俺たち3人だけ。何故俺たちだけが生き残れたのか……。


「まぁそう暗い顔すんな。もう一つ、こっちは凄い情報だぞ」

「凄い?」


 電気コードをダンジョン内まで伸ばしたが、残念ながらテレビやネットの類は使えない。

 どうにもダンジョン入り口でその手の電波が遮断されるようなんだ。まぁダンジョンの上空は怪電波が出てて、飛行機の計器が狂うから飛行も不可能なんだけどな。そういうのも原因の一つだろう。

 だからリアルタイムで情報を手に入れられないのが、ダンジョン暮らしの最大の欠点とも言える。


 芳樹の情報は確かに凄いものだった。


「ここのダンジョンが出来て2週間ぐらいに、大阪で三つ目のダンジョンが生成された。で、一昨日、そこから50人近くが救助されたってことだ」

「50人……凄いじゃないか。どうやってその人たちは? あとダンジョンから――」

「出れない。お前たちと同じで、捕らわれのって称号が付いてんだとさ」

「そう……か」

「で、救助した人が地上に出ようと、例の壁にぶち当たったら……」


 アナウンスが流れ、ダンジョンが揺れた――と。

 大阪のダンジョンで生き残った人は、ホームセンターやらスーパーに、生成当時居た人ばかりだという。


 生成されたのが夜8時過ぎだったので、ホームセンターは閉店業務の真っ最中だったこと。スーパーもこじんまりしたお店で、利用客と従業員合わせても50人程度。

 これが日中だったら、助かった人はもっと多かったかもしれない。

 同時に人数が多ければホームセンターなんかは食料問題でどうなっていたことか……。


「ダンジョン生成地区には、大型のショッピングモールもあったって言うんだ。けどダンジョン内では見つかってないらしい」

「ここでも残っていた建物はホームセンターとスーパー。あとパチンコ店か」

「あぁ。それだって全部が残ってた訳じゃねー。生き残らせようって感じでもないよな」


 ダンジョンが生成に巻き込まれた人間を、生き残らせようとしている。

 そんな事、微塵も思えないな。

 だったらそもそも、生成時に人間だけ地上に残すとかさ。せめて全員生かすとか、あってもいいはずだし。


 ダンジョンを作っている誰かが居るとして、生き残る為に必死に藻掻く俺たちの姿を見て楽しんでいるとしか思えない。

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