第53話
本格的なダンジョン暮らしが始まった。
家は平屋建て。玄関を入ると右手にウォークインクローゼット。左はトイレだ。2個あって嬉しい。
廊下を挟んだ向かい側にセリスさんと大戸島さんそれぞれの部屋がある。廊下を右に行くとリビング兼キッチンに。俺の部屋はその奥だ。
そしてこの家には風呂が無い。代わりに風呂専用の建物が隣に出来た。ここは他の冒険家も利用するので、銭湯のように大きな浴槽だ。
ダンジョンで自室が出来た……そう考えると凄いよなぁ。
ベッドと机に椅子、そしてタンス一つとシンプルな内装で、部屋自体は10帖もあるからガラーんとした感が半端ない。
女の子2人は同じ部屋面積とは思えない程、あれこれ家具を用意して貰っていて広いとは感じない。
そうか。俺もソファーとかDVDデッキとテレビ、あとゲーム機とか頼めばよかったなぁ。今からでも受け付けてくれるかな?
夜はここで初めてのご飯を食べた。大勢でわいわい食べるのもいいけど、こう少人数で落ち着いて食べるのも悪くない。悪くないけど、この人さえいなければ……ね。
「瑠璃の作る料理は美味いのぉ」
「おじいちゃんありがとう~。でもお家に帰らなくていいの? おばあちゃんひとりで寂しいんじゃな~い?」
「ばーさんの事なんかいいんじゃいいんじゃ」
「えぇ~。おばあちゃん可哀そう。私ぃ、奥さんを大事にしないおじいちゃんなんて、だ~い嫌いかも~」
大戸島さんのその一言で、会長の顔色が変わった。そしてガタっと席を立つと、冷や汗を掻きながら、
「儂、ばーさんが心配じゃけん、帰るの」
そう言って出て行った。
有難い! よくやってくれた大戸島さん!
「もうゴメンね~。おじいちゃん、過保護過ぎて時々鬱陶しいんだよ~」
「で、でも瑠璃の事を大切に思っとるんやし」
「そうなんだけど~。プライベートにまで突っ込んで来て欲しくないっていうかぁ。おじいちゃんがずっとここに居たら、タケちゃん来れないし~」
タケちゃん?
あぁ彼氏の事か。確かにあの様子だと、彼氏を連れてきたりしたら大変なことになるだろうな。
「お母さんからだと、タケちゃんも私の顔を見に来たがってるって。すっごい心配してるって言うの。でもおじいちゃんがずっとここに居るからぁ……」
「ご両親は彼氏のことを?」
「あ、知ってま~す。でもおじいちゃんには内緒なの。居るって教えたら、絶対タケちゃんの家に怒鳴り込むだろうから」
気性が激しい人だとは噂程度には聞いていたが……孫にまで呆れられる程とは。
「セリスさんの方は? ご家族の方は夕方になると来ているようだけど。か、彼氏とか」
「お、おらんもん! 彼氏なんて……い、居たこともないけんっ」
「そ、そうなんだ。奇遇だね、俺も彼女無しだからさ。はは」
何故かほっとする俺が居て。
いやいや相手は女子高生だぞ。しかもこんな美人だ。俺なんか相手にしてくれる訳ないさ。
食事の後、外の風呂へと向かうと、何人もの冒険家の姿が見えた。
そのうちのひとりが話し掛けてくる。
「あんたが元冒険家で、ダンジョン生成に巻き込まれて生還した奴か?」
「あ、ああ。そうだけど」
一瞬警戒する。彼の身内が生成に巻き込まれていて、生還した俺に恨みを持っているとか、そういうのだったらどうしようと。
だが違った。好奇心からか、あれこれ質問してくる内容は「どうやって生きていたんだ」とか「ダンジョンで自転車に乗って移動した噂は本当か」だとか、そういった話題ばかりだ。
「へぇ。巨大スライムの中に車ごとどぼんかー。で、その車は?」
「25階に転がったままだと思う。まぁボディーが若干溶けてるし、廃車……あ……」
嫌な事を思い出してしまった。
「その反応だと、もしかしてローンまだ残ってるとかか?」
「まさにその通り……うあぁ、この2ヵ月忘れてたのによぉ」
「うはは。悪いこと思い出させたなぁ。支払いどうすんだ? 仕事は?」
「あー、仕事はまぁ……」
会社に俺の席はもう無い。そもそも死んだと思われていたし、生きて戻って来たがここからは出られない。
復職も出来ないのなら、そのまま辞職しとけと会長にも言われ、退職届は一応出してある。
ここだと衣食住、全てタダだ。お金の心配もしなくてよかったんだが……ローン……払わなきゃならないだろうなぁ。
口座には貯金が少しはあるが、いいとこ50万ぐらいだろう。
あぁ、アパートの解約とかもろもろの手続きもしなきゃならないのか。
いや、いつかここから出れるかもしれないんだ。その時帰る家が無いのは困る。でも家賃がーっ。
その日、俺は駐在する冒険家に頼んで協会員の人をここに呼んだ。
「あの、いろいろご相談がありまして」
「なんだい?」
やって来たのは中年男性で、俺が冒険家だった時に見たことのある人だった。
感知という珍しいスキル持ちだったのもあり、相手も俺の事を覚えていると。
「アパートや車のローンの事でして」
「あぁ……出勤中だって言ってましたね」
「そうなんです。で、車は今25階にありまして」
俺がそう言うと相手は大笑い。うん、そうだよな。愛車がダンジョン25階に駐車してあるって、ちょっとしたジョークだよ。でも本当のことだからこちらとしては笑えない。
「ローンがまだ残っているので支払いはしなきゃならないんですが、蓄えもそんなに無くって。あとアパートをどうしようかと」
「なるほど。ここから出れない以上、引き払ったほうが出費も無くて済むんじゃないかな」
「でももしここから出られるようになったら……帰るところが無くなってしまいますし」
「賃貸なのだろう? その時は新しく借りればいいじゃないか」
・ ・ ・。
そうじゃん! 何もあのアパートじゃなくてもいいんだよ。
新しいアパート見つかるまでは、例え出られるようになってもここに居ればいいんだし。
あれ? 寧ろお金掛からないんだし、ここでいいんじゃね?
「お金に関しては支払いを考えているよ。野菜の収穫、かなり多いからねぇ。ダンジョン産というのもあって、今はまだ市場に出してないんだ。ただ冒険家施設の食堂で出して、安全性を世間に訴えているところなんだ」
更に県の農林水産省に許可をもらう必要もあり、それにはまだ暫く時間が掛かるという事だ。
じゃんじゃん取れまくる野菜は、今現在、食堂で使ったり、ここの作業に携わった人たちに分けたり、欲しいという冒険家にも分けたりとしている。
それでも消費が追い付かない程収穫できるので、半分ぐらいを引っこ抜いてその辺にほっぽっている。
あいつら、流石に土から引き抜くと枯れて死んだようだ。
死ぬって表現も不気味だが、化け野菜の顔が死人そのものなんだからそうとしか表現できない。
「じゃあ、アパートは解約で。手続きなんかは?」
「こちらでやっておくよ。事情が事情だしね。まずはアパートの鍵なんだが……持ってないよね?」
もちろん車のキーと一緒です。
もろもろの話をし終えてから、彼――小畑さんが帰った後、この家初となる夜を迎えた。
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