第52話

 翌日、朝から芳樹たちとサイクリングに出かけた。


「は? お前らもアイテムボックス持ってんのかよ!」

「あぁ。大容量の鞄だぜ」

「僕が持ってま~す」

「なんだよクソ! せっかく分けてやろうと思ったのによ」


 畳半畳サイズの奴を。

 その事に関して俺は芳樹たちに図鑑の仕様を思い切って告白。他言無用という念を押して。

 話すかどうか悩んだが、こいつらならコピー能力を強要したりしないだろうし、それに……俺としてもこいつらのダンジョン攻略の役に立てたいと思っているので今話しておく方が良いだろうと思った。


「うっわ。浅蔵、それマジ性能ヤバいって」

「だな。確かに他の奴らには喋らない方が良いだろう。劣化とはいえ、鞄クラスのアイテムボックスが出れば、それのコピーを望む奴らは無数に出てくるだろうし」

「誘拐してでもコピーを強要してくっだろうな。あ、ここから出れないから誘拐は出来ないか」

「ここのダンジョン内で誘拐してどっか連れていけばいいじゃん。ボクならそうするよ。んで指の1本か2本切り落として……ぐふふ」


 おい、誰か翔太を止めてくれ。

 こいつ、23歳にはとても見えない超童顔で、女性冒険家の間でも可愛いって人気なんだが。実は結構危ない奴なんだよ。


「そのDBPってのは、どんな条件で増えるんだ?」

「ん、あぁ。新しい階層に入ったり、モンスター倒したり。図鑑のページが増えるのもそうだ。ただ階層入場は最初の1回だけ。ボス討伐の時もデカイの貰えるが、最初だけで次からは300ぐらいしか増えないんだ」

「となると、お前はもう25階から上は全部行ってるから、ポイントの増加はあまり見込めないんだな」

「増やしたいときは俺らも手伝うぞ」

「サンキューな、芳樹」


 まぁポイントが増えなくても特に困らないんだけどな。

 残りDBPは5万ちょっと。2階から24階までの地図をコピーしたのでここまで減った。

 その後コピーした地図をコピー機に掛けたようだが、出てきた紙は真っ白。どうやら簡単にはコピーさせてくれない仕様のようだ。

 だが模写は出来た。その手のスキルを持つ協会員は多く、結局あっさりこのダンジョンの地図は出回ることに。


「けどさ、豊が実際に見たアイテムしか図鑑に載らないようだけどよぉ。他所のダンジョンで出たアイテムを見せたら、載るのか?」

「甲斐斗にしては珍しく、良いこと言うじゃないか。それは試したことが無い。試しに翔太のアイテム鞄見せてくれよ」

「俺にしてはってどういう意味だ! ってお前見てるじゃんか。翔太が今背負ってるリュックがソレだぞ」

「ほうほう。じゃあ図鑑を確認っと」


 自転車を止め図鑑を取り出したが、アイテム鞄のページはどこにもない。

 となると、実際にドロップしたか、したのを見たか。そういう事にになるんだろうな。

 ポケットはセリスさんが手にしていたが、それを出したカンガルーは俺たち3人で倒している。

 止めを差した人の手に渡るってだけで、俺や大戸島さんも「ドロップした者」に数えられるのかもしれない。


「って事は~。浅蔵、誘拐されて連れまわされる決定だねぇ~」

「おい翔太! 物騒な事言うんじゃねーよ!」

「ぐふふ。レアイアイテムドロップしないかな~」


 不敵な笑みを浮かべ、じゅるりと涎を啜るふりする翔太を、俺は全力で抜き去った。

  もちろん冗談だってのは分かってるし、俺もふざけて翔太をぶっちぎっているだけだ。

 あぁ、懐かしいなぁ、この感じ。いつもこうやって遊んでたっけ……10年以上前からずっと。


 そしてやって来た2階。図鑑の地図を確認しながら走ったが、道は地図の通り続いている。一切変更はなかった。

 つまり拡張されたのは――。


「下に伸びただけってことか」

 





 図鑑の地図との差異が無いことを調べた数日後。

 畑スペースの拡張工事も始まり、俺は朝から草刈り機を持ってチュインチュインと働いていた。

 草むらに隠れていたモンスターは倒さず、網で捕獲して移動させる檻の中へ。フェンスが完成したら外に離すことになる。

 ついでに2階へと真っすぐフェンスを伸ばし、送迎バスが安全に走れる環境も作るようだ。


 うん。

 まるでサファリパークだな。見れるのはスライムとバッタとミミズだが。


「はぁー……こう範囲が広いと、全然草刈りが進んでる気がしない」

「ははは。心配しなさんな。この分ならあと2日もあれば終わるったい。ほれ」


 草刈り業者のおじいさんが指差すのは、物凄い勢いで草刈りをする男性だ。

 この人、鎌で手刈りなのに、機械の俺たちよりスピードが速いという。超人かよ。


「あいつは『草刈り』のスキルをあっちのダンジョンで貰っとうとよ。それでバイトと掛け持ちでうちで働いとるっちゅう」

「はぁー。天職なんですねぇ」

「あぁ。しかもああして草刈りしとる間は、全然疲れんっちゅうんやから、羨ましい限りやけん」

「うわ! それ本当に羨ましい。俺なんて草刈り機使ってると、振動で腰のあたりが……」


 ちょっとした腰痛もあって辛いです。

 一階ここに来てからは人目が多すぎて、セリスさんの首筋もちゅーって出来てないしなぁ。

 代わりに湿布を支給して貰っているが、作業員からは「マッサージチェアをお願いしろよ」と言われている。もちろん本人たちが使いたいからだ。俺だって使いたいんだからな!


 そうこうするうちにフェンス建て作業は終わり、草刈りも終了すると、今度は地上からトラクターが運ばれて来た。

 元冒険家で今は農夫だという人が何人か来て、畑を耕す作業を行っていく。

 植える野菜の種類は多い。

 根菜だと人参、玉ねぎ、大根、じゃがいも、さつまいも。

 葉物野菜でキャベツにレタス、ほうれん草と小松菜、白菜。

 あとはトマト、きゅうり、ピーマン、なすび。それに、ダンジョンが涼しいというのを利用していちごの栽培もすることになった。

 くぅ~っ。あまおう、楽しみだぜ!


「これで肉も確保できりゃあいいんだがなぁ」

「食えそうなモンスターはここにはいねーのか?」

「え……食べるんですか?」


 俺の質問に元冒険家の農夫がにかーっと笑う。


「イノシシのモンスターは食えそうだろ?」

「……そりゃあ見た目で言えば普通のイノシシと変わりませんが……そもそも倒したら消えてなくなるじゃないですか」


 イノシシに似たモンスターは、10年前に出来た――福岡01ダンジョンに生息している。

 似たようなことをあちこちの冒険家が口にするのは聞いたことあるが、食べたという話はまったく聞かない。

 肉を捌く前に消えてなくなるのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。


「そうなんだよなー。どうにかして消えねーようになればなー」

「はは。それを考えるより、家畜をここで育てた方がいいんじゃないですかね?」


 そう俺が言った瞬間、元冒険家が一斉に俺を見た。


「それだ!」

「え? マジで?」


 やる気らしい。

 さっそく会長に報告だと、ひとりがダンジョンを出て行った。そしてその日のうちに家畜小屋を建てる計画が始まった。

 あぁ、また草刈りしなきゃならないのか?

 出来れば家畜小屋は遠くに建てて欲しいなぁ。匂いが届かないような遠くに。






「ふぃー。遂に完成かぁ」

「こうして見ると、なんだかここがダンジョンじゃないみたいやね。空だって見えとるし」

「そうだなぁ。でも今日の天気は雨。実際外はどしゃぶりなんだよな」

「毎日晴れとるもんね、ここ」


 しかも24時間ずっとな。

 それもあって、完成した住居の窓は全てスモークガラスになっている。その上で雨戸と遮光カーテンで、夜対策はバッチリだ。

 俺たちの住居以外にも3棟の建物が建設中だ。元冒険者で今農夫な人が4人程ここに住むことが決まり、他にも駐在する冒険家が寝泊まりするための建物や食堂兼風呂専門の建物になる。


 今日完成したのは最初から着手されていた俺たちの家だ。それと畑に家畜小屋。この家畜小屋は俺の要望通り、かなり遠くに建てられた。

 俺たちの家、畑、畑、畑……そして家畜小屋。徒歩で向かうと1時間近く掛かる。


「スライムさんたちの暮らす場所、狭くなっちゃいましたね~」

「そうだなぁ……まぁ1階は元々数が少ない階層だし、お互い身近になっていいんじゃないかな」

「そっか~。寂しくないってことだもんね~」


 相変わらずズレた大戸島さんにも慣れてきた。

 だが彼女の言う通り、モンスターの生息エリアは確かに狭まれている。

 野菜の種類ひとつごとに、テニスコート2面分の面積がある。×15だ。かなりの広さになる。

 そこに家畜小屋だの居住エリアだの、そして送迎の為の道路。


 元々1階層あたりの面積って、ダンジョン生成に巻き込まれた土地面積と同じなんだよな。

 今回のダンジョン生成で四つ五つの町内が丸ごと飲み込まれた。

 その半分が今は人の為の生活空間になってんだから、モンスターに取って見れば俺たちは侵略者なんだろうなぁ。


「るうぅぅぅぅりいぃぃぃぃっ。やっと完成じゃぞぉ」

「うん、おじいちゃん。ありがとう~」

「これで儂と一緒に住めるの~」


 え? い、今なんと仰いましたか会長?


「えへへ。絶対やだ~」

「る、瑠璃いぃぃぃっ」


 年頃の女の子なんだ……幾ら身内だからって、同じ部屋で暮らしたいとは思わないだろう。


「浅蔵あぁぁっ、儂と一緒に暮らせ! お前の部屋に寝泊まりさせるんじゃぁっ」

「お断りさせていただきますっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る