第51話
豪華テント暮らしが始まって1週間。
「ふぅ~……草刈もだいぶん終わったかな」
草刈り機片手に、首に巻いたタオルで額の汗を拭く。
あれからずっと、俺は草刈をしたり建材運びを手伝ったりして1日を過ごしている。
階段周辺をぐるっと囲ったフェンスは初日で完成。いやぁ、自動でフェンスを立てて行く機械とかあるんだなぁ。
「浅蔵さ~ん。お昼ご飯にしましょ~っ」
「分かったよセリスさーん」
セリスさんに呼ばれた俺は、周囲で作業をする人や見張りの冒険家にも声を掛けた。
作業員や冒険家がゆっくり食事出来るように追加で設営されたテントには、既に10人ぐらいが昼食を貪っていた。
今日のお昼は唐揚げ定食か。
「浅蔵さん、座ってください」
「ありがとうセリスさん。君たちは食事を済ませたのか?」
「まだですけど、後で食べますから。皆さんも座って」
「いやぁ、こんな美人の店員さんがいたんじゃ、ダンジョンで仕事するのもいいなぁ」
「店員って言うならぁ、代金くださいよ~」
「しまった。余計な事言うんじゃなかった」
作業員とも打ち解け、ここでの暮らしも幾分慣れてきた。
たぶん二人に比べて、俺はスキル効果もあるから慣れるのに早かっただろうけど。
「浅蔵さん、菜園スペース出来ました?」
「あぁ、バッチリ。あいつらには広い畑でのびのび育って貰おう」
「今でも十分、のびのびしてますけどね……」
ホームセンターからプランターごと持って来た野菜たちは、まだ元気に実っている。
ケタケタ笑う化け野菜たちは、最初、作業員から冒険家、支援協会員を驚かせた。
ただずっと笑っているだけで、実害があるとすれば五月蠅いってことか。
「おっす浅蔵。働いてるか?」
「よぉ、芳樹。働いてるぞ、バッチリ。午後から野菜の植え替え予定だ」
「あの笑う野菜か……しっかしぽんぽん生るよなぁ」
「成長速度10倍なら、枯れるのも早いと思うんだけどそれは無いんだよな」
「じーさんが他県の支援協会にも声を掛けて、第1階層での野菜の栽培実験をするんだとさ。ここももう少し土地を広げ、大きめの畑を作るとか言ってたぜ」
土地――というのは、このフェンスで囲った内側の事を言っているんだろうな。
今でも十分広い。テントもなんだかんだと増えて、冒険家が寝泊まり出来るよう、ロッジタイプのが風呂以外に5つもある。
それに加え食事用のテントが二つ、風呂テント、家庭菜園スペースと結構広い。
これ以上広げるとなると、モンスターの生息区域を狭めることになる。
それに――。
「今はいいが、広げるとなるとここのモンスターを倒したときに、こっち側の土地にポップする可能性も高くなるんだよな」
各階層ごとにモンスターの生息する絶対数があるのか、倒せば倒した数だけ、その階層のどこかに
階段付近は比較的ポップしにくいエリアで、だからこそ階段下に俺たちが暮らす空間が作られているのだから。
「あぁ、そのことなんだがさ。ここを利用する冒険家に徹底させるそうだ。1階のモンスターには手を出すなってね。ここは2階も同じようなラインナップだし、レベル上げするっていうなら2階からにしろってことだ」
「わざわざそんな事させるのか……なんか他の冒険家に申し訳ない気がする」
「そんなことないさ。誰だって食料が大事だって分かってるんだ。文句を言う奴は居ないだろう。それに――」
ここから4WDのマイクロバスを出して、2階まで一気に送迎出来るようにするんだとか。
確かにそれなら移動が楽だし、不平不満も出なさそうだ。
「それとお前の図鑑を役立てて貰うんだってさ」
「図鑑を?」
一瞬ドキっとする。アイテムコピーの事、大戸島さんは会長や芳樹になんて話したんだろう。
芳樹のほうからは特に何も無いが……親友として、こいつらには話しておきたいとも思った。アイテムポケットの1つぐらいコピーしてもと。
「1階から24階の地図をコピーして欲しいんだと。んでそれを上でコピー機で量産するんだ。行き帰りの道が確定してるからな、これほど安全なダンジョン攻略はねーはずだ」
「……ダンジョンの拡張で変更されてたりはしないのか……」
「あぁ。それが気がかりなんだよな。9階で分かれたベテランが戻ってくればそれも分かるんだけど。まだ1週間だしな。戻ってくるのはもう少し先だろう」
芳樹の言い方からして、あの人たちは最下層まで目指すか、そう依頼されているのだろうか。
「んでさ浅蔵。明日朝一で3階まで付き合ってくれねーか?」
「俺は女の子とお付き合いしたいです」
「死ねよ。そうじゃなくって――」
一瞬真顔になりやがったな。まぁ言いたいことは分かる。
「図鑑の地図を見ながら、実際に構図が書き換えられてないか調べたいんだろ?」
「そういう事。自転車で行くから、夕方までには戻ってこれるだろ」
地下2階層も迷宮タイプではなく広大な土地そのもので、木々も疎らに生えた平原――そんな感じの構図になっていた。
1階はどこを見ても草、草、草だが、2階には街道みたいな道もあちこち伸びててオフロード自転車なら寧ろ2階のほうが走らせやすい。
図鑑の地図にはその道もしっかり描かれているので、それを見ながら間違いが無いかチェックすればいいだろう。
「変わってなければいいんだけどな」
「その場合、階層数が増えただけってことだ」
階層が増えたことは既に分かっている。俺の図鑑にその答えが書かれているからだ。
福岡ダンジョン02。50階層から成るダンジョン――と。
「特に地上のほうは、どこか巻き込まれて消えたとかは?」
「無い。下に増えるだけなら、地表はもう巻き込む必要もないんだろう」
それは喜んでいいことなのかどうなのか。
既に実際、ダンジョン生成に巻き込まれて、広大な土地が失われている。
俺の通勤ルートには田畑も多く、かなりの農地は無くなっただろう。また食料不足が深刻化するぞ。
会長はそれもあって畑をここに作ろうとしているのかもしれない。
失われた農地面積に比べれば微々たる物だろう。だけど作物の成長が10倍なのだから、食料不足を解消出来るかもしれない。
「それと……一応お前の耳には入れておこうと思ってな」
そこまで言うと、芳樹はちゃっかり唐揚げ定食を平らげ、それからステータス板まで来いと告げ戻って行った。
俺だけにって……何かあったのか?
「つまり……ここのダンジョン生成に巻き込まれたのは約4000人で、今のところ生存者は俺たち3人だけ……か」
「あぁ。田んぼとか畑も結構多かったし、10年前のアレに比べりゃあ随分マシな人数だけどな」
最初のダンジョンが出来たのは比較的人口密集地だった。おかげで万を超す人が飲み込まれたんだ。
それに比べれば十分少ないんだろうが、多かろうが少なかろうが犠牲者が出たことに変わりはない。
「それでな、生存者が居るって情報があっさり流れちまってさ」
「はは。まぁ仕方ないだろうな。冒険家に情報規制掛けても誰かしらがぽろりしちまうし、今回は一般人も多く来てるんだ。どっかで漏れるだろ」
「あぁ。けどな……生存者が居ると知れば、巻き込まれた人の身内なんかが『うちの家族は?』って……めっちゃ問い合わせ来てんだよ。中には『なんでうちの子じゃないんだ』って怒鳴り散らしてくるのも居てな」
生存者のひとりが会長の孫――大戸島さんだってのも知られているらしい。
自分の孫だけ助けたのかと、会長充ての電話も多いんだとか。
気持ちは……分かる。家族をダンジョンに奪われた者として、あの時生存者がもしいたとしたら……俺は恨んだだろうな、その人を。
なんで俺の家族を連れて帰って来てくれなかったのかって。
あぁ、そうか。芳樹が言いたいのは……。
「心配するなよ。どうせここから出れないんだ。文句を言われることも無いだろ」
「……だといいんだが」
「もし冒険家の身内に今回巻き込まれた人が居たとして、事情が分かる奴が文句言ってくると思うか?」
冒険家なら分かってくれるはず。楽観的かもしれないが、俺はそう願っている。
「冷静で居られたらな。でもみんながみんな、そうだとは限らないんだよ。まぁ兎に角さ、知らない奴に絡まれないよう気をつけろよってことで」
そっか……生きて戻って来たのに、それを恨まれるなんてこともあるんだな。
どこかやるせない気持ちで1階へと戻って午後の仕事へと取り掛かる。
俺の気持ちが伝わったのかいないのか、いや絶対伝わるはずがない。
『モケーッケッケッケッケ』
『ヒョーッヒョッヒョピヨ?』
いいよなぁ、
「これからここがお前たちの家だ。じゃんじゃん野菜を実らせろよ~」
せめて今生きている人の為に、少しでもこいつらを増やして野菜の供給に貢献しよう。
ということで。
「とりあえずお前ら収穫な」
『ぎょえええぇぇぇぇぇっ!』
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