第55話
「出荷の目途が立った!」
にこにこ顔でそう言って小畑さんがやって来たのは、家が完成した3日後だった。
随分と早い気もしたが、そこはそれ、地上の食料事情にあった。
「ここの生成に巻き込まれた農地が多くてね。野菜や米の収穫量が大幅に減ったってのもある。それに――」
一昨日、隣の山口県と長崎県にもダンジョンが出来た。どちらも今回初めて生成されたダンジョンだ。
この10年、未だにダンジョンが県内に生成されてない所も何県かあって、都会から逃げて来ている人も多い。
こうした県は、ダンジョンを持つ近隣の県への食料支援も担っていて――。
「農地がやられたんですか?」
「あぁ……生成に巻き込まれた人の数は2000人未満と少ないんだが、変わりに田畑がね」
山口と長崎は急遽、近隣の県への食料支援を当面見送ると発表したという。
東京が壊滅してからこっち、県が一つの国のようになってしまっているのが現状だ。
お互い助け合いながらやって来ているが、もしもの時には自分の県優先。
「でも山口にも長崎にも、冒険者はほとんど居ないのでは?」
「まぁその県出身で冒険家を目指したい若者は、ほとんどがここ福岡に居るからね。昨日のうちに故郷へ帰った者も多いが、さっそく両県はうちに救助要請を出して来たよ。その件で今朝から会長は長崎入りしてる」
助けは求めても食料は渡さないって……なんなんだろうなぁ。
「そういう事でね、何かあったら責任は全て支援協会が負うという内容で、野菜の出荷が認められた。それから――」
養鶏場や厩舎の増設も急ぐことになる。
今ここに居る鶏は卵を産ませるためのものだ。肉にするための鶏とは品種が違うらしい。
増設する養鶏場には、肉に加工するための鶏を育てることになる。
聞くと食用の鶏って、生後3ヶ月で出荷するんだってさ。ここだと3週間も経たずに出荷か……ヒヨコ可愛いとか言ってられないなぁ。
その3日後――。
「瑠璃ぃーっ」
「タケちゃぁ~んっ」
大戸島さんの彼氏君がやって来た。
恐怖の大王こと会長は、まだ長崎から戻ってこない。戻ってきたら大変な事になるぞぉ。
「相場武っす! 瑠璃のこと、助けてくれてありがとうござっす! ぜひ兄貴と呼ばせて欲しいっす!!」
「ぜひ名前で呼んでくれ……」
以前、スマホの写真でも見たけど、ほんとムキムキだなこの子は。小麦色に焼けた肌は、完全に体育会系だ。
そんな彼が何をしに来たのか。それは――。
「さぁ、むしっちゃるぞーっ!」
野菜の収穫のアルバイトだ。
あの募集を見てやって来た彼は、高校も中退している。大戸島さんの傍に居るためにだ。
若いなぁ……でもまぁこの情熱というか青春というか、羨ましくもある。
俺が彼らと同じ歳の頃は、冒険家になって家族の仇を討つ――そんな事しか考えてなかったもんな。
「武くん、そんなに張り切ったら、直ぐにバテてしまうぞ」
物凄い勢いできゅうりを収穫していく武くんだが、爽やかな笑顔で白い歯を光らせただけだ。
大丈夫かな、ほんと。
しかし俺の心配を他所に、彼はきゅうり畑を1周、2周と、まったく疲れるそぶりを見せない。まさか……。
「た、武くん? 君、ダンジョン初回入場時のスキルって……」
「はい! 『体力馬鹿』っす!! うおおおぉぉぉぉっ」
あぁ、うん。良いスキルだね。
彼がアルバイト第1号で、聞くところによると問い合わせは既に何件か来ているとのことだ。
「さっき上の事務所に行ったとき、明日から5人来るって聞いたっすよ」
「事務所? あぁ、支援協会の建物か」
「そうそう、それっす。5人のうちひとりは畜産農家の人みたいっすよ」
畜産! それは頼もしい。
子豚や仔牛が産まれるときは、県内の畜産農家の方になんとか来て貰えたが、やはりモンスターが視界に入る場所では働きたくないと言って逃げられてしまっている。
自分から来てくれる人が居るのは本当に有難い。
「うわっ! な、なんっすかこいつらっ」
『ヒョエーッヒェッヒェ』
「あ、収穫追いつかなくて化けたか。それな、収穫しないで1日放っておくと、そんな風になるんだ」
「は……これが……は、話には聞いてたっすけど、意外とキモカワっすね」
あぁ……うん。さすが大戸島さんの彼氏だけある。こいつらがキモ可愛いとか、どっか感性ズレてるよ。
「よかったなお前ら。可愛いって言われたぞ」
『ヒョエーッ!?』
本野菜たちもビックリなようだ。
「これも収穫するっすか?」
「あぁ。ただ化けるともう食えないから。その代わり、モンスター戦で使えるアイテムに変化するんで、大事に取っておいてくれ」
わざと化けさせるための畑も作ってボム野菜を希望する冒険家に売ったりしている。
ただ実って24時間放置しないと収穫出来ず、収穫後は次に実って熟してまた24時間後なので、だいたい2日に1度しか採れない。
思ったより量産出来てないのが現状で、中にはアイテムボックス内で自家栽培する冒険家もいるぐらいだ。
『ギャアアァアァァァっ』
「わああああぁぁぁぁっなんっすか、なんっすか!?」
「あぁ、そいつらね。収穫するとき断末魔あげるから」
「それ先に言ってくださいよっ」
ふふふ。ここでアルバイトする人の、最初の試練だがアレは。あとで化け野菜畑の収穫に連れて行こう。
後輩いびりって、こういうのもそうなのかなぁ。
いやいや、これは愛の鞭だ。そう、ピシィーっと!
そういや最近、平和過ぎて鞭の出番が無くなってるなぁ。
たまには思いっきち振り回したい! 鞭打ちたい!
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