第56話

 化け野菜収穫による愛の鞭は午前中のうちに終了してしまった。

 収穫する化け野菜が無くなったのではなく、武くんが慣れてしまったという。悔しい。

 昼食を俺たちの家で一緒に食べ、夕方にはちゃんと地上の自宅に帰るとのこと。


「俺んち、駅から近いんっすよ。だから親が駅まで迎えに来てくれるっす」

「そうか。駅ってどこの?」

「ここから一番近いとこっすよ。送迎してくれる駅っす」


 だから通えるんっすと、武くんは言う。


「タケちゃん、気をつけてね」

「おうっ。瑠璃もな」

「私なら大丈夫! スライムさんなんて怖くないんだから」


 うん、そうだね。スライムなんて敵じゃないもんね。

 武くん。彼女守りたいなら強くならなきゃな。頑張れ。


 野菜をカゴいっぱいに持った彼は、どことなく嬉しそうに見えた。

 大戸島さんと一緒に居られるからなのか、野菜がいっぱいだからなのか。

 とにかく良い笑顔だった。

 明日来るアルバイトの人も彼みたいに喜んでくれるといいなぁ。


 その夜。俺は久々に鞭を持って家を出た。

 2階層へと送迎してくれるバスの時間に合わせてだ。

 ここから出るバスは定期便で、1時間に1本、1日24往復している。


「どこ行くとっ」

「あれ? セリスさん」


 まだ起きてたのか。といってもまだ10時か。


「うん、ちょっと体を動かそうかと思って」

「鞭持って? 体動かすなら畑でもいいやん」

「いやぁ、久々に鞭を思いっきり振りたくって」

「む、鞭を?」

「そう。鞭を。こうビシィーってね」


 あ、何で後ずさるのかなぁ。何もヤバい事しようってんじゃないのに。


「ま、まぁそういう訳だから。ちょっと2、3時間行って来るよ」

「じゃあ私も行くけん、待っちょって!」

「え?」

「浅蔵さんひとりで行って、もし怪我とかして戻れんくなったらダメやけんっ」


 いや……でも行くの2階だし。出てくるモンスターもスライムとコボルトの2種類……あ、行っちゃたよ。

 ひとりで先に行ったら怒るんだろうなぁ。

 まぁいいか。


 彼女が出てくる間に、テントで休む冒険家の女性に声を掛けておいた。

 大戸島さんひとりだと心配だから、念のためだ。


「てことは浅蔵さん、夜のデート狩りですか?」

「え? デ、デート狩り!?」

「んふふ。2人っきりで草原マップで狩り……ロマンチックだわぁ」


 狩りのどこがロマンチックなのか……。何年も冒険家やってると、世間の人とズレてくるんだろうか。


 セリスさんが着替えて出てきて、俺たちは慌ててバス乗り場へと向かった。

 バスには10人ぐらいが乗っていたが、こんな時間から出発するパーティーもいるもんだな。まぁ人の事は言えないけど。


 それからバスに揺られる事30分。目的の2階へと到着した。

 階段を下りてみてビックリ。


「浅蔵さん、屋台がありますよ!?」

「ほんとだ……いつの間に」


 昔、子供の頃に行った祭りで見た屋台と同じような物がいくつかあった。

 ただし営業しているのは一軒のみ。


「らっしゃい! 夜食の用意は出来てるか?」

「ここで店を出してるんですか?」

「は? 見りゃあ分かるだろ」

「はぁ、まぁ」

「ははーん。さては新人冒険家だな。俺たちはな、ダンジョンを攻略する冒険家の腹を日々支えてやろうって言う露店組合のもんだ」


 聞いたことが無い。いつの間にそんなものが出来たのか。

 聞けばどこかのダンジョンの1階で、どこかの誰かが屋台を開いてボロ儲けしたのが始まりらしい。

 こんな所でも商売とは、人間って逞しいなぁ。


「けど1階はよぉ、ダンジョンから生還したっていう子の食堂が大繁盛で、あそこじゃ商売にならねーんだよ」

「そ、そうなんですか。はは」


 大戸島さんの食堂だ!

 それで屋台組合の人は2階まで下りてきたという訳だ。ここなら帰りのバスを待つ間にお腹を空かせた冒険家も居るので、そこそこ稼げるのだとか。


「他の屋台はどうしたと?」

「そりゃあ夜は売り上げが下がるし、24時間屋台やってる訳にもいかねーからな。交代制で夜の間は1軒だけ開けてんのさ」

「全部が全部閉めないんですね」

「まぁな。冒険家がいつ腹を空かせてここに来るか分からねーんだ。少しでも食わせてやりてーだろ」


 あぁ、こんな人たちも居るんだな。そして冒険家はこういう人たちで支えられているのかもしれない。

 中にはモンスターと戦うなんて正気の沙汰じゃないなんて言う者や、大勢が死んだダンジョンで金を稼ぐ人間のクズだとか言う者も居る。

 そういう人たちばかりじゃないけど、やっぱり温度差はあるんだよな。

 何もしようとしない人たちと、何かをしようとする人たちの間には。


 俺は、こんな世界が早く終わればいいと思っている。その為のヒントはダンジョンの中にあるとも。

 多くの冒険家が同じ思いだろう。確かに金銭目的や英雄願望の者も少なくはないだろうが。


 願わくば、これ以上ダンジョンが生成されませんように。

 毎日そう祈って眠っているが……。


「1時のバスで帰るんで、その時にまた来るよ」

「お、日帰りデートか。かーっ。新人の癖に、狩りデートだけはいっちょ前かよ」

「か、狩りデート!? なななな、なんなんそれ? え?」

「セ、セリスさん。いいから行こう。じ、じゃあまた」

「おー、モンスターが弱ぇーからって、茂みでやるんじゃねーぞーっ」


 何もやんない! やんないんだってばっ!






「じ、じゃあ……この辺なら人に見られることもないと思うけん」

「うん……じゃ、じゃあ……ちょっと久々に」


 バス停の近くにある大きな木の後ろで、俺は約一か月ぶりとなるエナジーチャージを行った。


 し、茂みじゃないんだ。別に後ろめたいことなんてしてないから!


「ぁ……んふ……」


 セリスさんも色っぽい声で喘がないでくれっ。


 バス停に戻った時、屋台の兄ちゃんはニヤニヤして俺たちを見ていたのはどういう事なんだ。

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