第199話:田園風景
「カウント900から始まったよねぇ」
「つまりえぇっと……15分です」
翔太の言葉に、鳴海さんが答えた。
15分で建物と同化……さっぱり意味が分からないが、嫌な予感しかしない。
そう思ったのは俺たちだけじゃなく、ここにいる全員がそうだった。
アナウンスを聞いてすぐさま、全員が行動に出る。
[すみやかにダンジョン地区から退避してくださいっ]
[怪我人は自衛隊の車両で運びますっ]
[元気のある者は自力で走れ!]
自衛隊、そして協会職員の慌ただしい支持が飛び交う。
とにかく走った。
「そ、そうだっ。自転車あったよね?」
「あっ」
言ってすぐにセリスがポケットを広げれば、翔太も同じように鞄を広げた。
「乗れ乗れっ」
レベル上位のペーティーは最後までダンジョン近くにいたから、必然的に逃げるのも最後尾からになる。
取り出した自転車に跨ろうとしたが、後ろから駆けてきたパーティーの女性が疲れ切った様子で――あれじゃ走るのは無理そうだ。
「自転車、二人乗り出来るか?」
「え? あ、いいのか?」
「お仲間の女の人、走れないだろ。使って」
「悪い、助かる。絶対返すけんっ。アキ、後ろに乗れ」
「う、うん。ありがとうね」
さぁて、頑張って走るか。
いや、誰かの後ろに乗せて貰えばいいのか――あ?
「もうほんっとお人好しなんやけん」
「セリス。あれ、自転車は?」
「か、貸したと」
「貸したって……え、おい芳樹。まさかお前らまで!?」
「豊ひとり置いていけるわけないっちゃろ」
「そうそう。あぁあ、浅蔵病が移っちゃったなぁ」
「何言ってるんですか、翔太先輩。 鞄広げてすぐ、足がもつれて倒れそうだった人に自転車渡してた癖に」
「ゆ、由紀ちゃんそれ言っちゃダメだってばぁ」
お前ら……なんて……なんて……
「せめて半分残してみんなで二ケツすりゃよかったやろ!」
俺が真剣な顔でそう叫ぶと、一瞬の間があってからみんなが「あぁぁぁ」と声を漏らす。
はぁ、ほんっと――
「お前ら、最高にバカだよな」
自然と笑みが零れる。
「お前にだけは言われたくないなぁ」
「そうだぞ浅蔵」
「先輩たち、いいから走ってっ」
「そうばい。ほら、浅蔵さん」
『んにゃー。あさくにゃー、走るにゃよぉ』
虎鉄お前……俺より足早い癖に、なんで肩によじ登ってんだよ。
笑いながらも俺たちは走り出す。
ただ、走りながら気になったことがあった。
「なぁ、建物と同化って、どういうことだと思う?」
「どう、やろう?」
「もしかすると、元々ここにあった建物が戻って来るとか?」
「芳樹もそう思うか?」
「だとしたら、建物がなかった場所なら安全とか?」
そんな話をしてみるが、核心は持てない。
さらに言えば、どこに建物があってどこならないのか、それも知らない。
知っているのは元々この辺りに住んでいた人や、この辺りに詳しい人だ。
そして元々この辺りに住んでいたという住人はダンジョン生成に巻き込まれているし、その周辺住民は避難していない。
「結局どこがそうなのか、分からないってオチじゃん」
「走るしかねぇってことだ」
幸い、この宇佐ダンジョンは規模が小さく、ダンジョン生成部分もそう広くはない。
半径1キロあるかないかだろうか。
15分あればなんとか範囲外に出れる距離だ。
けど確かめておきたい。
「"分身"――頼むぞ」
『おう』
『とりあえず適当に散らばるけん』
「浅蔵さん? 分身なんてどうすると?」
「確かめたいんだ。建物がない位置なら、安全なのかどうか。場所が分からないから、適当に分散してみる」
最後尾から他に逃げ遅れている人がいないか見ながら走っていると――
「君たち、乗りなさい」
と、自衛隊の人から声を掛けられた。
大きな護送車みたいなので、送れている人たちを回収してくれているようだ。
残り者には福来るってこと?
「やった~、車だぁ」
「ありがとうございますっ」
最後尾あたりの冒険家は、ほとんど自衛隊や協会員の車に乗せて貰えたようだ。
ダンジョン区域外に出るまでの間に、自転車を貸したパーティーとすれ違ったのはちょっと気まずかった。
上空には複数のドローンが飛び、逃げ遅れた人を探している。
[全員、無事に区域外に出たようです]
[警戒を怠るな]
そんな声が聞こえた。
ダンジョン入口から離れてしまったことで、あのボーカロイドの声は聞こえない。
神――とか言ってたけど、ダンジョン内でしか存在を示せないのか?
[カウント約30]
どうやら協会員の人が、ちゃんとカウントを取っていたようだ。
何が起こる?
いったい何が。
[カウント約10――9――8――]
待機している冒険家たちが武器を構えた。
俺も図鑑を握りしめる。
肩にいた虎鉄も今は地面に下り、じっとダンジョン区域を見つめた。
[3――2――]
カウントゼロを待たずに、地面が揺れた。
「セリスっ」
「あ、浅蔵さん」
『うにゃあぁぁ』
セリスを支え、虎鉄は俺の足にしがみつく。
震度いくつあるんだよ、これっ。
けど揺れはすぐに収まった。
いや、むしろドカンと一発あっただけみたいな。
そんな大きな、そして一瞬の揺れのあとには――
「は、はははは」
「浅蔵、さん」
「戻って……きた」
目の前に広がるのは、田園風景が広がる街並み。
ただ、美しい田園風景ではなく、荒れ果てた、ゴーストタウンのような景色だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます