第200話:不都合なノイズ

『次のニュースです。宇佐市に生成されたダンジョンが消滅して一週間。自衛隊関係者の話によりますと――』


 あれから一週間が過ぎた。

 俺たちが福岡に戻って来たのは一昨日。

 さすがに福岡01の攻略に~という気にもなれず、家でぼぉっと過ごしていた。


「浅蔵さん、そろそろ上にいかんと」

「んぁ。もうそんな時間?」

「12時48分ばい」

「うおぅ。遅刻するっ」


 今日は午後から、冒険家支援協会リモート会議が行われる。

 その会議に俺も出席する――訳ではなく、オープン会議になっているから見るだけだ。

 会議の内容は宇佐ダンジョン消滅後の報告と、今後、ダンジョンをどうするかというのが話し合われる。


 ダンジョンをどうするか……。

 宇佐を解放したあと、町は戻ってきた。

 戻って……来たんだ。


「浅蔵さんっ」

「あ、ごめんセリス。虎鉄、お前は留守番するのか?」

『にゃ~。小畑しゃんと遊んでやるにゃぁ』


 遊んで貰ってるのはお前だろ。


『うにゃ~ん』

「なんだ、ミケも来るのか」

『かーにゃんは、小畑しゃんの面倒を見てくれるにゃぁ』


 面倒見て貰ってるのはお前たちだろう。

 実際、俺たちが宇佐にいる間は、小畑さんや食堂の人たち、あと常連冒険家がミケの餌やりやら遊んでくれたりしている。

 そのせいか、ミケの体重が500g増えていた。


 地上に出て支援協会のプレハブ小屋へと入る。

 俺たちに気づいた小畑さんが手招きし、奥の部屋へと案内してくれた。


 大きなテレビが置いてあり、そこに会議を映し出すようだ。

 もちろんパソコンも用意されているが、そこには小畑さんが着席する。会議に参加するためだ。

 が、その前に小畑さんは――


「虎鉄ぅ、おやつ食べるかぁ?」

『仕方にゃいにゃ~』

『うにゃぁ~ん』

「何が仕方ないだお前。小畑さん、あんまおやつやりすぎんとってください。ミケなんて500gも太ってんですよ」

「や、あの……」

『あさくにゃ、ご飯を粗末にしたらダメにゃよ!』

『う~にゃぁ』


 くっ。またどこでそんな言葉を覚えてきやがったんだ。

 けっきょく虎鉄とミケは、小畑さんから猫用ジャーキーを貰ってご満悦だった。


 そうこうするうちにテレビには大戸島会長の姿が映し出された。


『ごほんっ。まずが宇佐ダンジョンの報告からじゃ』


 挨拶や前振りなんもなくて始まるのか。

 会長に代わって中年男性が、手元の紙を見ながら淡々と読み上げていく。


 宇佐で聞いてはいたけど、今回のスタンピードで死者はゼロ。

 各協会支部職員の声だろうな、死者ゼロという報告があった時、テレビの向こう側から歓声が聞こえた。

 同時に小畑さんが俺とセリスの肩を叩き、振り返ると満面の笑みを浮かべているのが見えた。


 死者ゼロ。

 これは俺たち冒険家にとって、物凄く嬉しいことだ。

 まぁ負傷者重傷者はかなりいたけど、あれだけの冒険家がいればヒーラーの数もそこそこ。

 そのうえ俺が何度かこっそり、ポーション類を分身させて増やしていたのもあったし、それでまかなえた。

 それがあったとはいえ、やっぱり死人を出さなかったのは大きい。

 だってハッピーエンドだったんだからさ。

 少なくとも俺たちにとっては。


 それから宇佐ダンジョンのあった地上区域のその後が報告された。

 道路や建物の位置は、ダンジョンが生成される前と全く同じであること。

 ただし損傷が激しく、とてもじゃないが人が住めるような状況ではない――とも。


『そこに住んでいたであろう住民ですが――』

「あ、俺ちょっとトイレ」

「浅蔵さん?」

「ごめん。家のトイレに行ってくる」


 慌てて部屋から出て行き、ダンジョン内の自宅へと戻る。

 

 あの続きを聞くのが怖い。

 怖いんだ。


 そこで暮らしていた人たちがどうなったのか。

 今は知りたくない。


 元のままではなかったものの、戻って来たんだ。

 家も、道路も、そこにあった草木も何もかも戻って来たんだ。

 だから……。






「た、ただいま」

「あ、おかえり浅蔵さん」

「そ、それで、今後はどうするって話出た?」


 たっぷり30分ほど玄関でぼぉっとして、それからまたプレハブへ。

 セリスは……たぶん俺が出ていった理由を分かっているんだろうな。

 特に何も言わず、隣に座った俺の手を握ってくれた。

 あと虎鉄が肉球を触らせてくれた。


「意見が分かれとるばい。ダンジョンを解放して元に戻せば、その土地には二度とダンジョンが生成されんって言っとったやろ?」

「あぁ。大阪の松田さんが質問したアレだろ? けどいまいち信用出来ないんだよなぁ」

「そうたい。スタンピードのあと、まさか町がそのまま戻って来るなんて教えてくれんかったし」


 その件に関しては、スタンピードのことを聞き出した翔太が「もっと詳しく聞きだすべきだった」と反省している。

 つまりあいつは、聞かれたことにしか答えない奴なんだ。

 しかも詳しくは説明しないから、今回のようなことになっている。


 まぁ宇佐でダンジョンが生成された範囲がそう広くなかったから、15分でなんとかなったけど。

 天神ダンジョンだと走って範囲外に出るのは……厳しいかもしれない。

 なんせ半径2キロぐらいあるからなぁ。


 ただ、生成前の詳細な地図があればなんとかなるだろう。


 あの時、分身を出して確認したところ、道路や何もない場所にいた分身は何事もなく立っていた。

 というか全員無事だった。

 まぁダンジョンが生成された場所のほとんどが、田畑だったってのもあったけど。

 だから同化がどういったものなのかは分からない。

 ただ、建物というか生成区域一帯は、突然ワープしてきたように現れたらしい。

 もし建物が出現する場所に立っていたら……SFホラーのようなことになるんだろうか。

 でもアスファルトや草と同化はしてないんだよなぁ。


「本当にダンジョンが生成されなくなるとして、その土地は本当に必要なのかって意見もあるんだ」

「なんでそんな意見が出るんです、小畑さん」

「うん。ダンジョン産の野菜、そして家畜――生産速度が早いだろ? 地上で同じように栽培しても、同じ生産量にはならないからね」

「あぁ……そっち優先ですか」


 確かに食料は大事だ。


「この10年で人口はかなり減った。食料事情もあって、出産制限もあったしね」

「え、あったんですか?」

「まぁ未婚の君たちはあまり知らないだろうけどね。子供を産むなっていう訳じゃない。ただ三人も四人も産むのは控えて欲しいっていう、そういうのが婚姻届けを出すときにね」


 し、知らなかった。

 でも仕方のないことだ。

 飢え死にするってほどじゃない。毎日三食ちゃんと食べられるぐらいの食料は、今までだってあった。

 だけどそれは……皮肉なことに、人口が三割減したから……だとも言われている。


 ただここ最近のダンジョン生成は、人口密度が密集しているとか関係なく発生している。

 山口がいい例だけど、生成された土地の大部分が田畑だったせいで、その土地で収穫されるはずだった野菜はゼロに。

 こんなことが続いたら、食料危機は免れない。


 となると、狭い土地でも成長速度の速いダンジョン産野菜は必要不可欠になる。

 

 分かっているけど、でも……。


『各ダンジョンの地上区画を吟味して、今一度どうするべきか話し合う必要があるのぉ』

『そうですね。各ダンジョン単位でどうするか、検討するのがよいかと』

『場所によっては戻した方がいい場合もあるでしょうしね』

『冒険家育成のことも考えるべきですな』

『それぞれの支部で、生成前の周辺地域を調べてまとめましょう。その後で町長、市長、知事らとも話し合われるのがよいかと』

『うむ。では地域の資料まとめを一カ月後までに用意するように。県の支部長は各知事に報告書をまとめて検討会議を開いてくれ』

『『分かりました』』


 ま、支援協会だけで判断することは出来ないよな。


 リモート会議はここで終わり、俺とセリス、虎鉄とミケは自宅へと戻った。




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話タイトルがどこに該当するのか・・・

というのを見つけていただけると、数話先で――

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