第68話

 対峙してみて分かった。

 ゴブリンに見下ろされるって、物凄い屈辱的!!


『ゴブ……』


 三頭身で俺より大きいって……ビジュアルめちゃくちゃだな。

 身長がある分、当然横にも太い。これは俺の鞭で絡めとるという黄金パターンも出来ないな。

 となれば――


「正攻法で行く!」

『ブギャ!』


 鞭をしならせ奴の皮膚に裂傷をつける。常に一定の距離を取り、連続攻撃。

 

『ゲギャッ』

「おっと。ローションが乾いたか。じゃあ……こっちを使ってみるかな」


 投げたのは大根ボム。

 ローション地獄から抜け出してきた雑魚ゴブリンに当たる。すると大根は一瞬で大きくなり、まるで反物のようにしゅるるっと伸びた。

 真っ白な反物――それにぐるぐる巻きにされた雑魚ゴブリンがまた転がる。


『ゲッギャーッ!』


 あー、怒ってる怒ってる。まぁ待て。今はボスが優先だ。

 しかしこういう時、やっぱり人手って大事だなと思う。もうひとりか二人居れば、全てを同時に相手出来たりするんだろうけどな。

 居ない人材をねだっても仕方がない。


 ひたすら鞭を振るい、少しずつ奴の体力を削っていく。

 だがさすががたいが大きいだけはある。なっかなか倒れてくれない。

 奴も手にした短剣――のように見えるが長さ的には短めの片手剣並み――を振るって応戦してくる。

 ただまぁ、鞭と剣とじゃリーチが違う。

 懐に入り込まれさえしなければ問題は無い。


 そう思っていた。


「そろそろ倒れろっ」


 いい加減こっちも手首のスナップで疲れてきたんだけどな。


『ギギッ』

「げっ」


 手首の疲れのせいか、攻撃が甘かった!?

 放った鞭をゴブリンが鷲掴み。そして引っ張られる!?


「うあっ、ちょ、待て!」

『ゴギャギッ』


 くっ。綱引きやってんじゃないんだぞっ。っていうか引っ張るなっ、俺の大事な鞭を!!


「離せぇっ。千切れるだろうが!」

『ゴッギャァァッ』

「ふぬぅっ」

『ギギギィッ』


 相手は大きくてもゴブリンだ。ゴブリンに負けたくはない!!


「鞭は男のロマン!! 離せっ」

『ゴギャ!』

「お前みたいな三頭身野郎が触れていい代物ではないんだぞ!」

『ギャギィーッ!』

「鞭を手にしていい者はだなぁ、冒険心溢れるナイスガイだけなんだぞ!」


 渾身の力を込め引っ張る!


『ゴブッ――』


 お? なんか急に引っ張る力が弱くなった?

 これは、勝てる――


「どわあぁっ!?」


 勝てるとかいう以前に、まさかの放棄!?

 ゴブリンが力なく倒れ、思いっきり引っ張っていた俺に向かって飛んできた!


「さっきから何ひとりで恥ずかしい勝負してんっすか?」

「ゴブリンと変な勝負せんといて」

「あ、あれ? 二人とも……あれ?」


 倒れたゴブリンの後ろにセリスさんと、そして武くんまで居る。怪我人はどうしたんだ? あと雑魚ゴブリン……あ、居ないってことはもう倒したのか。

 じゃあ残ったのはこのボスゴブリンだけなのか。


『ゴ、ゴブ』

「触るな俺の鞭に!」


 鞭を諦めきれないのか、ゴブリンが手を伸ばすので天誅!

 図鑑を呼び出しその角で奴の脳天をぶん殴る。


『ギゴッ――』


 本の角が痛いのは全生物共通。

 それが止めになったようで、ゴブリンの伸ばした手はそのまま地面へぽとりと落ちた。


【福岡02ダンジョン15階層ボスモンスターを討伐したよ】

【討伐完了ボーナスとして『分身』スキルを獲得したよ】


 お?

 スキル獲得キタアァァァァッ!


 分身って……忍者のあれのこと?






 武くんが壁際まで避難させた子はひとりじゃなかった。


「三人は冒険家に?」


 三人……女の子たちはこくりと頷く。年齢を聞けば18歳と19歳。大学の友人同士なのだという。

 冒険家なり立てか。

 そんな彼女らはスキル目当てで15階まで来たが、レベルを聞けばなんと4……。


「レベル4で15階は無理だろ……よくここまで下りてこれたね」

「地図……ありますから。先に進むのも迷わず来れますし……」


 あぁ、俺の地図か。

 確かに進むことだけを考えれば迷いもしないし、楽に進めるだろう。それに5階層ぐらいまでは人が多く、モンスターの奪いみたいな状況だ。そう思えば戦闘回数も少なく、難なく下層に下りれるのだろう。

 うぅん、俺の地図も初心者には良しあしだな。帰ったら支援協会の人に報告しとかなきゃな。


 三人はここまで運よく下りて来られた。たまたま偶然なんだろう。各階層でモンスターとの戦闘も少なく、3人vs1匹でやってこれた。

 パーティー構成は盾を持った前衛タイプの子。火の魔法が使える後衛魔法タイプの子。そして――


「怪我は回復魔法で治した? ヒール持ちなのか。どうりでここまで来るわけだ」

「ヒールすっげーっすわ。俺見てたけど、しゅわーって傷が塞がるんっすよ」

「うん、知ってる。使える人はどこのパーティーでも引っ張りだこだからね」


 ダンジョンではポーションをゲットすることもある。ゲームでお馴染みのこのアイテムは、効果もお馴染みのものだ。

 だが数は少ないし、取引されても一本数十万もする。正直買えない。

 そんなポーションより重宝されるのがヒールのスキルだ。レベルが高くなると、ちょんぱした手足もくっつけられるという。


 ヒール持ちがパーティーに居るか居ないかで、生存率は数倍も違ってくる。

 だから……強くなった気になってしまうのだ。

 ヒールは回復魔法であって、攻撃魔法ではない。ヒールを持っているからといって、敵の殲滅速度が上がる訳ではない。

 そこを勘違いしている人がいるのだ。

 きっと彼女らもそうだろう。


「でも流石に無茶過ぎるだろう。なんでこんな所まで下りてきたんだい?」


 尋ねると、三人は俯いたまま暫く黙り込んでしまった。

 ようやく口を開いたのはヒール持ちの子。


「両親が……家族がどこかに居るんじゃないかって……そう、思って」

「え……まさかここのダンジョン生成に?」

「は、い。私の家、ここの地上にあったんです。私は北九州のほうの大学に行ってて、向こうでアパート暮らしでしたから」


 残りの二人も同じらしい。中学からずっと一緒だった、仲良し三人組。

 高校も、そして大学も同じ所に通って……そして三人の家族はこのダンジョンに飲み込まれた。


「生きて1階まで上がってきた方がいらっしゃるって、そうお聞きしたんですっ」


 ……居るよ。ここに。


「だから私の両親も、多恵さんのおばさま、有紀さんところのおじさまおばさまだって!」

「芽衣……」


 この子たちのご家族は、俺たちのようにダンジョン生成に巻き込まれた人たちだったのか。

 家族を探しに……あの時……10年前の俺たちのように……。

 俺たちは幼く、子供だったから中へ入らせては貰えなかった。だけどきっと生きているんだと、そう祈って、学校が終われば現場に通ってたっけ。

 きっと父さんも母さんも……姉貴も、ひょっこり出てくるんじゃないかと思って。


「だから私たち、もっと下まで行けるようになりたくて……でも5階は人多くてボスも倒せませんし、10階は誰かが倒した後でおりませんでしたし。それで」

「それで、ここまで来ちゃったのか」


 三人はそれぞれ頷く。


「君たちではまだここは厳し過ぎる。ボスを倒したってスキルが確実にゲットできる訳じゃないんだ」

「そうっす。俺、今のでスキル貰えなかったっすから」

「私も……」


 ……ごめん。俺、貰えてしまった。


「と、とにかく上に行こう。俺が送るから」

「あ、浅蔵さん」

「いいんっすか?」


 セリスさんと武くんが心配そうに小声で話す。

 大丈夫。テレポート系スキルのふりをして使うから。

 それに彼女らを放っておけない。


 10年前の俺と同じ目をしているから。

 そして……。


「先に言っておくよ。……ダンジョン生成に巻き込まれて生還したの……俺なんだ。ごめん。君たちの家族を見つけてやれなくて……ごめん……」


 そう言うと、三人は目を大きくして俺を見た。

 それから彼女らは、互いに肩を抱き合い泣き始めた。

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